# 第五十三話 数字が救うもの(レクシア視点)
翌朝、目を覚ましたミラは、机の上の帳簿が昨夜とは違う頁で開かれていることに、少し首を傾げた。だが、そこに記された、日付の書き換えの痕跡に気づくと、はっと目を見開いた。
「これ……これです。この日付、明らかに、後から書き換えられています」
ミラは、震える指で、その頁を、何度も、確かめた。
「見つけた……私、見つけました!」
その声には、これまでにない、確かな喜びが滲んでいた。傍らで、サジタが何食わぬ顔で、そっと微笑んでいるのを、私は見逃さなかった。
証拠を手に、ミラは、王都の商業ギルドに設けられた、公正取引局へと向かった。震える足取りながらも、その背筋はまっすぐに伸びていた。
「この帳簿には、明確な不正の痕跡があります。少女の解放を、意図的に遅らせ、別の相手への転売を企てた証拠です」
局の役人たちは、ミラの持ち込んだ証拠を慎重に検分した後、すぐさま調査に乗り出した。
数日のうちに、商館には公的な捜査が入った。帳簿の不正は明るみに出て、あの少女は無事、正式に解放されることになった。
だが、話はそれだけでは終わらなかった。一度、調査のメスが入ると、その商家の不正は次々と明らかになっていった。不当な労働、不正な取引、そして、他にも何人もの解放されるはずだった奴隷たちが、同じように書類を偽造され、囲い込まれていたことも判明した。
商家は罪に問われ、廃業に追い込まれた。だが、それは、同時に、そこで働かされていた多くの元奴隷たちが、行き場を失うことも意味していた。
「あの人たちを、放っておけません」
ミラは、そう言うと、かつての仲間たちを、一人一人訪ね歩き始めた。
「私たちで、小さな商いを始めませんか。帳簿は、私が見ます。誰も、不当に、傷つけられることのない、そういう場所を、作りたいんです」
その呼びかけに、応じる者が、少しずつ集まっていった。廃業した商家の空き店舗を格安で借り受け、ミラを中心とした、小さな商会が、王都の片隅に産声を上げた。
開業の日、ミラは拠点を訪れ、私たちに深々と頭を下げた。
「先生、レクシアさん、サジタさん。皆さんのおかげです」
ミラの目には、涙が光っていた。
「あんなに、怖かった数字が、今は誰かを救うための道具になった。数字が、人を、救うこともあるんですね」
その声は震えていたが、確かな、誇りに満ちていた。
センセイはいつものように、静かに頷いた。
「その道具を、これからも、大切に使ってください」
ミラは、深く、頷いた。それから、少し照れくさそうに続けた。
「今度、帳簿の書き方について、皆さんに講義でもさせてもらえたら、嬉しいです!」
その申し出に、私たちは思わず、顔を見合わせて笑ってしまった。




