# 第四十九話 数字が怖い(レクシア視点)
その女性を見かけたのは、市場の外れにある、両替商の前だった。
小柄で、痩せた女が、震える手で、差し出された硬貨の枚数を、何度も、数え直していた。並んでいた客が、苛立ったように、舌打ちをする。それでも、女は、数え終えることができず、俯いたまま、身を縮こまらせていた。
「あの、すみません、少々、お待ちを……」
消え入りそうな声だった。私は、その姿に、見覚えのある既視感を覚え、足を止めた。
最終的に、両替商の主人が、代わりに数え、女は、逃げるように、その場を後にした。私は、思わず、その後を追いかけていた。
「大丈夫?」
声をかけると、女は、びくりと肩を震わせ、警戒するように、こちらを見た。
「あの、私は、怪しい者じゃない。ただ、その、少し、心配で」
女は、しばらく、私を、値踏みするように見ていたが、やがて、諦めたように、肩を落とした。
「お恥ずかしいところを、見られました」
名を、ミラといった。話を聞くうちに、私は、彼女が、拠点に来る生徒たちと、どこか似た匂いを持つ人だと、気づき始めていた。
「昔、ある商家で、奴隷として、働かされていました。帳簿番を、任されて」
ミラは、静かに、そう語り始めた。
「計算を、一つでも間違えると、鞭で、打たれました。数字は、私にとって、恐怖そのものでした」
その言葉に、私は、胸の奥が、冷たくなるのを感じた。
「それに……私自身も、昔、奴隷市場で、売られたことがあります。競りの声が、数字を読み上げる声が、自分の価値を、勝手に、値切られていくような、あの感覚。今でも、忘れられません」
その一言に、私は、思わず、息を呑んだ。かつて、自分自身が経験した、あの奴隷市場の記憶が、鮮明に、蘇っていた。
「今は、自由の身になりました。でも、数字を見るだけで、身体が、竦んでしまうんです。仕事も、選べるものが、限られていて」
ミラは、力なく、そう続けた。
私は、少し、迷った後、拠点のことを、話してみることにした。
「うちに、変わった先生がいるの。数字とも、向き合い方を、一緒に、考えてくれるかもしれない」
ミラは、驚いたように、顔を上げた。
「でも……私は、もう、数字とは、二度と、関わりたくないんです」
その拒絶には、深い、切実な響きがあった。私は、無理に、勧めることはしなかった。ただ、静かに、頷いた。
「気が向いたら、いつでも、訪ねてきて」
その日は、それだけを伝えて、別れた。
だが、それから、数日後。拠点の門を、ミラが、震える足取りで、訪ねてきた。
「やっぱり、このままじゃ、いけない気がして」
その声には、恐怖と、それでも、前に進もうとする、微かな決意とが、同時に、滲んでいた。




