# 第四十一話 選べない理由(レクシア視点)
学長からの、正式な打診状が届いたのは、対練から半月ほど経った頃だった。
立派な紋章の入った封筒を、センセイに見せると、彼は、目を細めて、それを眺めた。
「教授としての招聘、か。大したもんだな」
その声には、誇らしさが滲んでいた。だが、私は、その言葉に、素直に喜べずにいた。
「学院内に、住居を用意する、、、そう」
私が、そう告げると、センセイの表情に、一瞬、影が差した。だが、それは、すぐに、いつもの、落ち着いた顔に戻った。
「学院で教えれば、俺の知らないことを、もっと学べる。同じ志を持つ、優れた者たちとも、出会えるだろう」
「それは、そうかもしれない、、けど」
「お前の人生だ。俺のお守りで、選択肢を狭めるべきじゃない」
センセイの言葉には、迷いのない響きがあった。だが、私には、その迷いのなさが、かえって、何かを押し殺しているように見えた。
その夜、私は、拠点の裏庭で、一人、月を眺めながら、センセイの過去について、以前、断片的に聞いた話を、思い返していた。
前の世界での、教え子との辛かった経験。良かれと思って、進路に口を出したことが、その子にとっては、重圧に感じ、それに耐えられなかったのかもしれない、と。
センセイは、今、また、同じ過ちを、繰り返すまいとしているのだろう。私の将来のためにと、自分の気持ちを押し殺してでも、私の選択を、尊重しようとしている。
その優しさは、痛いほど、伝わってきた。だが、私が、本当に望んでいるものは、果たして、それなのだろうか。
考え込んでいると、裏庭の入り口から、サジタが、そっと顔を覗かせた。
「まだ、悩んでるの?」
「サジタ」
サジタは、いつもの、飄々とした調子で、隣に腰を下ろした。眼鏡越しの視線が、月明かりを受けて、微かに光っていた。
「学院の話、聞いたわ。教授として、招かれたそうね。おめでとう、でいいのか、それとも、違うのか、私にはまだ判断がつかないけど」
「私にも、まだ、わからない」
サジタは、しばらく、黙って、月を見上げていた。それから、ぽつりと言った。
「私も、この間、似たようなことを、考えたばかり。一族の里で、認められて、それでも、欲しかったものは、そこにはなかった。結局、私が戻りたい場所は、ここだったの」
その言葉に、私は、はっとした。サジタの帰郷の顛末は、断片的にしか聞いていなかったが、今、その意味が、初めて、はっきりと、胸に落ちた。
「あなたが、どちらを選ぶにせよ」
サジタは、静かに、続けた。
「この場所が、なくなるわけじゃない。ただ、選んだ道の分だけ、ここにいられる時間は、減る。それだけは、覚悟しておいた方がいいわ」
「うん」
「センセイとの時間もね」
「な!!」頬を赤るレクシア
「私はもう寝るわね。おやすみ」
その言葉は、何かを吹っ切ったらしい、サジタらしい言葉だった。それが、かえって、私の心を、静かに、落ち着かせてくれた。
ちょうどその頃、もう一つの誘いも、私のもとに届いていた。
「大盾」よりもさらに格上の、王都でも屈指の実力を誇る冒険者パーティから、加入の打診があったのだ。破格の待遇、確かな実績。冒険者としてなら、これ以上ない好条件だった。
学院からの、教授としての招聘。トップパーティからの勧誘。どちらも、これまでの私なら、飛びついていたかもしれない話だった。
だが、今の私の頭を占めているのは、そのどちらでもなかった。
学院の教授になれば、住居も、拠点から、学院内へと移すことになる。トップパーティに加われば、遠征の日々が増え、拠点に戻れる時間は、格段に減るだろう。
どちらを選んでも、私は、あの廃教会での、当たり前の日常から、遠ざかることになる。センセイの、あの素っ気ない「おかえり」を、毎日、聞けなくなる。マレアの槌の音も、アウラの気配りも、サジタの飄々とした軽口も、日常から、少しずつ、失われていく。
それを想像するだけで、胸の奥が、締め付けられるように、苦しくなった。
センセイは、私のために、と言う。だが、センセイ自身は、私が離れることを、本当に、望んでいるのだろうか。それとも、また、あの過去の過ちを恐れるあまり、自分の本心に、蓋をしているだけなのだろうか。
答えを探すように、私は、しばらくの間、月を見上げ続けていた。




