# 第四十話 学長の裁き(レクシア視点)
ハーゲンに向かって、私の魔力が、なすすべもなく迫っていく。そう思われた、その瞬間だった。
演習場の観覧席から、一人の女が、音もなく降り立った。
見た目は、三十代前半ほどだろうか。緩やかに波打つ髪と、どこか気だるげな、それでいて、有無を言わさぬ気配を纏った、妖艶な雰囲気の女だった。彼女が、軽く手をかざすと、ハーゲンの周囲に、淡く光る結界が展開された。
私の放った魔力は、その結界に阻まれ、大きな音を立てて、四散した。
演習場が、しんと静まり返った。
「危ないところだったわね、ハーゲン」
女は、気だるげな声で、そう言った。ハーゲンは、腰を抜かしたまま、地面に座り込んでいた。
「が、学長……!」
学長。その言葉に、私は、目を見張った。
学長は、腰を抜かしたままのハーゲンを、冷たい目で見下ろした。
「妨害の魔力、四箇所から、随分と、あからさまだったわね。誰の差し金かは、聞くまでもないでしょう」
ハーゲンの顔から、みるみる血の気が引いていった。学長は、彼が、対練の最初から、不正を仕組んでいたことを、初めから、見抜いていたのだ。それでいて、あえて、黙って見守っていた。
「な、なぜ、止めなかったのです」
「見たかったのよ。妨害を受けてなお、この子が、どう立ち回るのか。結果は、見ての通り。妨害の魔力を、そのまま、利子をつけて、送り主に送り返した。それも、四箇所同時に、寸分の狂いもなく」
学長は、私の方に、視線を向けた。その目には、値踏みするような色ではなく、純粋な、興味深さが浮かんでいた。
「見事なものね。並の魔術師なら、妨害に気づくことすら、できなかったでしょうに」
それから、学長は、再び、ハーゲンへと向き直った。声の温度が、一気に、氷点下まで下がった。
「文字が読めないから、魔術書を持たないから。それだけの理由で、この子の実力を、頭から疑ってかかった。その挙句、卑劣な妨害まで用意して、それでも、負けを認めない。教務長として、いいえ、教育者として、恥を知りなさい」
「ですが、学長、この者は……」
「まだ、言うの」
学長の声に、明確な怒気が滲んだ。ハーゲンは、それ以上、言葉を続けられず、ただ、震えるだけだった。
「貴方には、しばらく、謹慎してもらうわ。それと」
学長は、妨害に加担していた、他の教授たちにも、視線を巡らせた。
「そこの、日和見を決め込んでいた諸君も、含めてね。学院の名を汚した責任は、重い。追って、正式な処分を、通達します」
その場にいた教授たちが、一様に、青ざめた顔で、俯いた。
騒動が収まった後、学長は、改めて、私の前に立った。
「改めて、自己紹介させてもらうわね。この学院の学長を務めているエメラダよ」
名を告げられたが、私は、それよりも、続く言葉の方に、意識を奪われた。
「貴女には、生徒として、うちに来てもらうつもりだったのだけれど」
学長は、そこで、悪戯っぽく、微笑んだ。
「気が変わったわ。貴女ほどの力と、あの土壇場での判断力。それは、もう、教わる側の器じゃない」
「それは……」
「教授として、うちに来ない? 貴女の、あの独自の魔法体系を、正式な講義として、教えてほしいの」
「え!?」
その申し出に、私は、しばらく、言葉を失っていた。




