# 第三十七話 使者(レクシア視点)
拠点に、王都魔法学院の使者が訪れたのは、あの、大盾との討伐依頼から、一年ほどが過ぎた頃だった。
噂は、もう、随分前から、王都中にも広がっていた。系統を問わず、あらゆる魔法を操る、規格外の冒険者がいる。しかも、魔術書一つ持たず、ただ、詠唱だけで、正規の魔術師以上の威力を発揮する、と。
使者は、白を基調とした、上等な仕立ての服を纏った、初老の男だった。
「王都魔法学院、教務長を務めております、ハーゲンと申します」
男は、そう名乗ったが、その物腰には、丁寧さの奥に、隠しきれない尊大さが滲んでいた。
「本来であれば、こうした勧誘は、若い教官の仕事なのですがね。学長の直々の命令とあっては、私自らが、出向かねばならんとは」
その言葉には、明らかに、不本意さが滲んでいた。ハーゲンは、拠点の中を、値踏みするように、ぐるりと見回した。
「して、文字も読めぬ、詠唱のみの魔術師というのは、貴女で間違いありませんな」
声には、隠しきれない侮蔑が混じっていた。
「魔術書という基礎すら持たぬ者が、正規の魔術と、対等な力を持つはずがない。まぐれか、まやかしか。いずれにせよ、我が学院の名において、一度、その実態を、確かめておく必要がある」
その言い草に、私は、静かに、怒りが込み上げるのを感じた。だが、それ以上に、私の神経を逆撫でしたのは、続く一言だった。
ハーゲンは、傍らに座っていたセンセイに、ちらりと視線をやり、鼻で笑うように言った。
「そちらの御仁が、噂の『教師』ですかな。剣も振れず、魔法の一つも使えぬというのに、よくもまあ、大それた指導などできるものだ」
その言葉が、私の中で、何かを、一気に沸騰させた。
「今の言葉、取り消して」
私の声は、自分でも驚くほど、低く、冷たいものになっていた。
ハーゲンは、私の剣幕に、一瞬、たじろいだ様子を見せたが、すぐに、取り繕うような笑みを浮かべた。
「これは、失礼を。ですが、事実を申し上げたまでのこと。実力があるとおっしゃるなら、ぜひ、我が学院で、その証明をしていただきたいものですな」
センセイは、その間、何も言わず、静かに、成り行きを見守っていた。だが、私には、その沈黙が、これまで、幾度となく味わってきたであろう、同じような侮蔑への、諦めにも似た慣れのように、感じられてならなかった。
その事実が、余計に、私の怒りに、火をつけた。
「受ける」
私は、はっきりと、そう告げた。
「実技試験、受けるよ。ただし」
私は、ハーゲンを、まっすぐに見据えた。
「センセイへの言葉、あなた自身の言葉で、間違いだったと、認めてもらう」
ハーゲンは、一瞬、鼻白んだような顔をしたが、すぐに、余裕を取り繕うように、頷いた。
「結構。せいぜい、健闘なさることですな」
ハーゲンが去った後、私は、拳を、強く握りしめていた。この学院に入りたいとか、認められたいとか、そういう気持ちは、正直、二の次だった。ただ、センセイを、あんな風に、鼻で笑われたことが、どうしようもなく、許せなかった。
「無理をする必要は」
センセイが、そう声をかけてきたが、私は、首を横に振った。
「これは、私が、やりたくてやることなの!」
その声には、これまでにない、確かな決意が、こもっていた。




