# 第三十七話 使者(レクシア視点)
拠点に、王都魔法学院の使者が訪れたのは、あの、大盾との討伐依頼から、一年ほどが過ぎた頃だった。
噂は、もう、随分前から、私の耳にも届いていた。系統を問わず、あらゆる魔法を操る、規格外の冒険者がいる。しかも、魔術書一つ持たず、ただ、詠唱だけで、正規の魔術師以上の威力を発揮する、と。
使者は、白を基調とした、上等な仕立ての服を纏った、初老の男だった。
「王都魔法学院、教務長を務めております、ハーゲンと申します」
男は、丁寧に、そう名乗った。物腰は柔らかかったが、その目の奥には、値踏みするような、鋭い光があった。
「単刀直入に申し上げます。貴女に、我が学院を、受験していただきたい」
突然の申し出に、私は、少し戸惑った。
「私は、字が読めない。学院の授業は、魔術書を使うものでしょ」
「もちろん、承知の上です。貴女ほどの実力があれば、その特異性も含めて、我が学院にとって、得難い研究対象——いえ、失礼、得難い人材となるでしょう」
言い直した一瞬の間に、私は、微かな引っかかりを覚えた。だが、ハーゲンは、それ以上、深入りさせる隙を与えず、話を続けた。
「実技試験のみで結構です。学科は、免除いたします。貴女の力を、正式な場で、証明してみせるつもりはありませんか」
私は、返事に迷い、傍らに座っていたセンセイに、視線を向けた。
センセイは、しばらく、黙って、ハーゲンの話を聞いていたが、やがて、静かに口を開いた。
「レクシア次第だ。だが、一つ、聞いてもいいか」
「なんなりと」
「受験して、合格した場合、どうなる」
「正式に、我が学院の生徒として、迎え入れられます。あっと、当学院は、全寮制でしてね。研鑽に集中していただくため、寮での生活を、義務付けております」
全寮制、という言葉に、私の中で、小さな警戒が芽生えた。だが、それを表に出す前に、センセイが、私の方を見て、言った。
「お前が、決めればいい。受けてみたいなら、受けてみるべきだ」
その言葉には、いつもの、素っ気ない響きの奥に、確かな本気が滲んでいた。
「お前の力を、もっと正式な場で、試してみないか。俺が教えられることには、限りがある。学院には、俺の知らない知識も、山ほどあるはずだ」
その言葉に、私は、少し、複雑な気持ちになった。センセイが、心から、私のためを思って、そう言ってくれているのは、痛いほど伝わってきた。だが、同時に、その言葉の奥に、私が、まだ、うまく言葉にできない、小さな違和感も、確かに感じていた。
ハーゲンは、満足げに、頷いた。
「では、来月の実技試験に、お越しいただけますね」
「わかった。受けてみる」
私は、そう答えた。断る理由は、特になかった。ただ、自分の力が、センセイに教えてもらったことが、この世界で、どこまで通用するのか。それを、正式な場で、確かめてみたいという気持ちは、確かにあった。
ハーゲンが帰った後、私は、しばらくの間、ぼんやりと、彼の残していった言葉を、頭の中で反芻していた。
――全寮制でしてね。
その一言だけが、なぜか、ずっと、耳の奥に、引っかかったまま、離れなかった。




