# 第三十六話 帰る場所(サジタ視点)
王都への帰り道は、行きよりも、ずっと長く感じられた。
馬の背に揺られながら、私は、ずっと、同じ問いを、頭の中で繰り返していた。何のために、生きていけばいいのか。答えは、いつまで経っても、見つからなかった。
森を抜ける途中、茂みの奥で、一匹の兎が、草を食んでいるのが見えた。長年の習慣で、私は、ほとんど無意識のうちに、弓に矢をつがえていた。距離、風、兎の動く速さ。頭の中の計算式が、いつも通り、瞬時に組み上がる。
放った矢は、寸分違わず、兎を射止めていた。
馬を降り、獲物を拾い上げながら、私は、ふと、思った。拠点に持ち帰れば、今夜の食卓に、一品、加えられる。そんな、ごく当たり前のことを考えている自分に、少しだけ、驚いた。一族の里では、あれほど、心が乾いたように感じていたのに。
王都に着き、廃教会の門をくぐる頃には、日は、すっかり傾いていた。
「おかえり」
センセイが、いつもの、素っ気ない調子で、そう出迎えてくれた。その一言を聞いた瞬間、胸の奥で、何かが、小さく震えた。
「サジタ、おかえりー! って、それ、ウサギ?」
レクシアが、私の抱えた獲物に気づいて、駆け寄ってきた。
「今日はウサギか! やった、久しぶりだな」
マレアも、作業場から顔を出し、嬉しそうな声を上げた。
「僕、捌くの、手伝います」
アウラが、当たり前のように、私の手から、兎を受け取ろうとする。
誰もが、いつも通りだった。誰も、私が、一族の頂点に立ったことも、跡取りとの婚姻話が出たことも、知らなかった。ただ、私が、いつものように狩りをして、いつものように帰ってきたことを、当たり前のように、喜んでくれていた。
私が、欲しかったのは、これだったのだと、その瞬間、痛いほど、はっきりとわかった。
地位でも、承認でも、婚姻でもない。ただ、当たり前の顔で、「おかえり」と言ってくれる場所。持ち帰った兎一匹を、心から喜んでくれる人たち。
込み上げてくるものを、堪えきれなくなった。
気づいたときには、涙が、頬を伝っていた。
「え、サジタ、どうした!?」
レクシアが、慌てた声を上げた。センセイも、驚いた様子で、こちらに近づいてきた。
「大丈夫か。何か、あったのか」
その声に、私は、答える代わりに、センセイの胸に、そっと顔を埋めた。堰を切ったように、涙が、止まらなくなった。センセイは、戸惑いながらも、その場で、じっと、私が落ち着くのを待ってくれていた。
少し泣いて、涙が収まってきた頃、私は、なぜか、その胸から、離れたくないと思ってしまった。腕を、センセイの背に回し、そっと、抱きついた。
「サ、サジタ?」
困惑した声が、頭の上から降ってきた。それでも、私は、離れなかった。
「サジタ、離れなさい!」
レクシアが、焦ったように、私の肩を掴もうとした。その慌てぶりが、あまりにおかしくて、私は、泣きながら、思わず、笑ってしまった。
泣き笑いの顔のまま、私は、皆の顔を、順番に見渡した。慌てるセンセイ、焦るレクシア、面白がって笑うマレアと、それを見て一緒に笑うアウラ。
いつもの、この場所。
「ここが、いい」
私は、誰にともなく、そう呟いた。
「私がいるべき場所は、ここだ」




