↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
35/63

# 第三十六話 帰る場所(サジタ視点)

 王都への帰り道は、行きよりも、ずっと長く感じられた。


 馬の背に揺られながら、私は、ずっと、同じ問いを、頭の中で繰り返していた。何のために、生きていけばいいのか。答えは、いつまで経っても、見つからなかった。


 森を抜ける途中、茂みの奥で、一匹の兎が、草を食んでいるのが見えた。長年の習慣で、私は、ほとんど無意識のうちに、弓に矢をつがえていた。距離、風、兎の動く速さ。頭の中の計算式が、いつも通り、瞬時に組み上がる。


 放った矢は、寸分違わず、兎を射止めていた。


 馬を降り、獲物を拾い上げながら、私は、ふと、思った。拠点に持ち帰れば、今夜の食卓に、一品、加えられる。そんな、ごく当たり前のことを考えている自分に、少しだけ、驚いた。一族の里では、あれほど、心が乾いたように感じていたのに。


 王都に着き、廃教会の門をくぐる頃には、日は、すっかり傾いていた。


「おかえり」


 センセイが、いつもの、素っ気ない調子で、そう出迎えてくれた。その一言を聞いた瞬間、胸の奥で、何かが、小さく震えた。


「サジタ、おかえりー! って、それ、ウサギ?」


 レクシアが、私の抱えた獲物に気づいて、駆け寄ってきた。


「今日はウサギか! やった、久しぶりだな」


 マレアも、作業場から顔を出し、嬉しそうな声を上げた。


「僕、捌くの、手伝います」


 アウラが、当たり前のように、私の手から、兎を受け取ろうとする。


 誰もが、いつも通りだった。誰も、私が、一族の頂点に立ったことも、跡取りとの婚姻話が出たことも、知らなかった。ただ、私が、いつものように狩りをして、いつものように帰ってきたことを、当たり前のように、喜んでくれていた。


 私が、欲しかったのは、これだったのだと、その瞬間、痛いほど、はっきりとわかった。


 地位でも、承認でも、婚姻でもない。ただ、当たり前の顔で、「おかえり」と言ってくれる場所。持ち帰った兎一匹を、心から喜んでくれる人たち。


 込み上げてくるものを、堪えきれなくなった。


 気づいたときには、涙が、頬を伝っていた。


「え、サジタ、どうした!?」


 レクシアが、慌てた声を上げた。センセイも、驚いた様子で、こちらに近づいてきた。


「大丈夫か。何か、あったのか」


 その声に、私は、答える代わりに、センセイの胸に、そっと顔を埋めた。堰を切ったように、涙が、止まらなくなった。センセイは、戸惑いながらも、その場で、じっと、私が落ち着くのを待ってくれていた。


 少し泣いて、涙が収まってきた頃、私は、なぜか、その胸から、離れたくないと思ってしまった。腕を、センセイの背に回し、そっと、抱きついた。


「サ、サジタ?」


 困惑した声が、頭の上から降ってきた。それでも、私は、離れなかった。


「サジタ、離れなさい!」


 レクシアが、焦ったように、私の肩を掴もうとした。その慌てぶりが、あまりにおかしくて、私は、泣きながら、思わず、笑ってしまった。


 泣き笑いの顔のまま、私は、皆の顔を、順番に見渡した。慌てるセンセイ、焦るレクシア、面白がって笑うマレアと、それを見て一緒に笑うアウラ。


 いつもの、この場所。


「ここが、いい」


 私は、誰にともなく、そう呟いた。


「私がいるべき場所は、ここだ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。