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# 第三十四話 弱きものの隣で(アウラ視点)

 遠回りをして選んだ裏路地は、いつもより、人通りが少なかった。


 夕暮れの薄暗がりの中、僕は、答えの出ないまま、ただ、足を動かし続けていた。冒険者を辞める。そう考えるだけで、胸の奥が、ちくりと痛んだ。だが、続ける自信も、どこにもなかった。


 その時、路地の奥から、くぐもった悲鳴が聞こえた。


 反射的に、足が止まった。以前の僕なら、そのまま、聞こえなかったふりをして、通り過ぎていたかもしれない。関わって、また失敗するのが怖くて。


 だが、悲鳴は、もう一度、聞こえた。今度は、はっきりと、幼い声だとわかった。


 気づいたときには、僕は、声のする方へ、駆け出していた。


 路地の突き当たりで、大柄な男が、小さな女の子の腕を掴んでいた。女の子は、必死に抵抗していたが、大人の力には、到底かなわなかった。男の傍らには、粗末な布袋が置かれていて、それが、何を意味するのか、僕には、すぐにわかった。男の他にも、見張りらしき二人組が、少し離れた場所で、周囲を窺っていた。


「離せ!」


 声が、勝手に出ていた。頭で考えるより先に、身体が動いていた。


 三人の男たちが、面倒くさそうに、こちらを振り返った。


「なんだ、お前」


 その体格は、いずれも、僕よりも、遥かに大きかった。以前の僕なら、それだけで、身体が竦んでいたはずだった。だが、今は、違った。目の前で、自分より、遥かに弱い存在が、怯えて震えている。その事実の方が、目の前の男たちの体格よりも、遥かに、大きな意味を持って、僕の中に迫ってきていた。


 恐怖が、消えたわけではなかった。心臓は、痛いほど早く打っていたし、足は、今にも震え出しそうだった。だが、その恐怖に、身体が乗っ取られることはなかった。


――恐怖を消そうとするな。ただ、次の一手、目の前の相手の、今の動きだけに、意識を絞れ。


 センセイの言葉が、頭の中に、自然と蘇った。


 女の子を掴んでいた男が、苛立たしげに、僕へ向かって突進してきた。僕は、その体重の乗せ方を、瞬時に見極め、力の流れに逆らわず、身体を、わずかにずらした。男は、勢い余って、体勢を崩し、僕は、その隙を逃さず、崩れた足を払い一撃。男は、あっけなく、地面に転がった。


 だが、それで終わりではなかった。残りの二人が、左右から、同時に襲いかかってきた。一人だけならまだしも、二人を相手に、これまでの理屈がそのまま通じるのか、僕自身、確信は持てなかった。


 右側の男の拳が、まず、目の前に迫った。僕は、その一撃を、力任せに受け止めるのではなく、拳の軌道に沿うように、身体を回転させながら、相手の腕を、逆に持ち上げるようにして流した。体勢を崩した男が、勢いのまま、もう一人の男の方へ、よろめいていく。


 二人が、もつれるようにぶつかり合った、その一瞬の隙を、僕は見逃さなかった。低く踏み込み、二人纏めて両の拳を叩き込む。積み木が崩れるように、男たちは、折り重なって倒れ込んだ。


 息が、上がっていた。全身が、震えていた。それでも、僕は、最後まで、目の前の相手から、目を逸らさなかった。


 女の子は、その場にへたり込んだまま、僕を、呆然と見上げていた。僕は、震える声で、それでも、精一杯、優しく声をかけた。


「もう、大丈夫だから」


 女の子の目に、みるみる涙が溢れ、それから、堰を切ったように、泣き声が上がった。僕は、その小さな身体を、そっと抱き寄せた。


 騒ぎを聞きつけた、通りすがりの衛兵が駆けつけ、倒れた男たちは、そのまま連れて行かれた。女の子は、近くで店を営む親の元に、無事、送り届けられた。


 その日の帰り道、僕の足取りは、来た時とは、まるで違うものになっていた。


 冒険者に向いているかどうか、僕には、まだ、わからない。魔物と戦うことも、荒っぽい冒険者たちの中でうまくやることも、この先も、苦手なままかもしれない。


 それでも、今日、僕は、自分より弱い誰かを、守ることができた。恐怖に、飲み込まれずに。


 拠点に戻ると、センセイが、いつも通り、出迎えてくれた。僕は、今日あったことを、話し始めた。話の順序なんてどこにもなかった。ただそこにあったのは興奮でも達成感でもなく、女の子が無事でよかったという安心感だけ。話し終えた頃には、自分でも、はっきりと、一つのことに気づいていた。


「僕、決めました」


「何を」


「弱い誰かを守れる冒険者になること。僕はそれを、目指します」


 センセイは、しばらく、僕の顔を見つめていたが、やがて、静かに、頷いた。


「いい目標だ」


 その一言だけで、十分だった。


 その日から、僕は、二度と、目を逸らさなくなった。恐怖を感じても、それに背を向けず、目の前の、守るべきものだけを、見据え続けた。


 誰かが、皆が、いつしか、僕のことを、こう呼ぶようになった。


 不撓のアウラ、と。

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