# 第二十八話 傷ついたエルフ
その日の依頼は、森の奥に巣食う、大型の毒虫の駆除だった。
「大盾」の面々と共に、依頼をこなしての帰り道、私は、獣道から外れた茂みの向こうに、争ったような跡が残っているのに気づいた。踏み荒らされた下草と、点々と落ちた血の跡。放っておけない気配があった。
「先に行っててくれ」
ガランたちにそう告げて、私は、血の跡を辿った。
辿り着いた先には、木の根元にもたれかかるようにして倒れている、一人のエルフの姿があった。若い女で、腕には、深く抉れたような傷があり、傍らには、弦の切れた弓が転がっていた。
私は、慌てて駆け寄り、傷の具合を確かめた。命に関わるほどではなさそうだったが、放っておけば、確実に悪化する類の傷だった。
「聞こえるか」
声をかけると、エルフの娘は、うっすらと目を開けた。焦点の合わない瞳で、しばらく私を見つめていたが、やがて、掠れた声で、何かを呟いた。
「……また、外した」
うわ言のような呟きだった。私は、応急の手当てを施しながら、彼女を背負い、近くの村にある冒険者向けの宿へと運び込んだ。
宿の一室を借り、傷の手当てを終えた頃、娘は、ようやく、はっきりとした意識を取り戻した。
「ここは……」
身を起こそうとして、傷の痛みに顔をしかめる娘に、私は、事情をかいつまんで説明した。森で倒れていたこと、私が運び込んだこと。娘は、しばらく呆然としていたが、やがて、深く頭を下げた。
「助けていただき、感謝します。私は、サジタと申します」
名乗った後、サジタは、傍らに置かれた、弦の切れた弓を見つめ、苦しげに顔を歪めた。
「情けない話です。狩りの最中、獲物どころか、逆に、手負いの魔物に反撃されて……」
「よくあることじゃないのか」
私がそう言うと、サジタは、力なく首を振った。
「エルフにとって、弓は、種族の誇りそのものです。物心つく前から、弓の稽古をさせられる。それなのに、私は、いくら修練を積んでも、動く的に、まともに矢を当てられたことがない」
その声には、深い諦めの色が滲んでいた。
「一族の中でも、出来損ない扱いされてきました。師匠には、何度も、心を静めろ、矢と一体になれと言われましたが……どうしても、的までの間合いが、うまく掴めないんです。近いのか、遠いのか、動く相手だと、余計に。皆には、当たり前にわかるものらしいんですが」
サジタは、そこで言葉を切り、力なく笑った。
「森で野垂れ死ぬところを、拾っていただいて。皮肉なものです」
私は、その姿に、どこか、覚えのある既視感を覚えていた。文字が読めず、魔法の才もないと切り捨てられていた、かつての自分。震える手で、鍛冶の道を諦めかけていたマレア。力のない身体を恥じていたアウラ。
そして今、種族の誇りである弓が使えないと嘆く、サジタ。
私は、サジタの傍らに置かれた、弦の切れた弓を、そっと手に取った。
「うちに、変わった人がいる」
サジタが、怪訝そうな顔で、私を見た。
「センセイに会えば、お前の弓、もしかしたら、変わるかもしれない」




