# 第二十七話 火を灯すもの
アウラと暮らし始めてしばらく経った頃、私は、あることに気づいた。
食事の席で、誰かが水を飲もうとすれば、アウラは、誰よりも早く、その動きに気づいて、水差しを差し出す。誰かの表情がわずかに曇れば、真っ先に、それに気づくのも、いつもアウラだった。臆病さゆえに、常に周囲を窺い続けてきたその習性は、裏を返せば、人の些細な動きの変化を、誰よりも鋭く読み取る力に他ならなかった。
その気づきが、ある夜、遠い記憶と結びついた。
前の世界にいた頃、地域の道場で、合気道を習っていた生徒がいた。小柄で、腕力もない生徒だったが、その子は、相手の重心や、力の向きを読むことに、驚くほど長けていた。力のなさを、観察の鋭さで補う。その戦い方は、まさに、今、目の前にいるアウラに、重なるものだった。
「お前に、向いている技があるかもしれない」
その夜、私は、改めてアウラを呼び、地面に図を描きながら、記憶を辿るように語り始めた。
「合気、という技がある。相手の力の方向を、正確に読み、その流れに逆らわず、わずかに向きを変えるだけで、大きな相手すら崩せる。力比べじゃない。観察と、間合いの技術だ」
私が語る言葉を、アウラは、いつになく真剣な顔で聞いていた。
その様子を見ていた、レクシアとマレアも、いつの間にか、輪の中に加わっていた。
「力の向きを読む、か。それ、魔法にも使えそう。。」
レクシアが、興味深そうに呟いた。相手の動きの流れを読み、その流れに逆らわず、わずかな介入で、大きな効果を生む。それは、レクシアがこれまで培ってきた、現象そのものを読み解く魔法の考え方とも、どこかで通じるものがあった。
「鍛冶にも、応用できるかもしれない」
マレアも、興味深げに、地面の図を見つめていた。金属を打つ力の向きと、金属そのものが持つ、粒の並びの流れ。逆らうのではなく、その流れに沿わせることで、より少ない力で、より確かな仕上がりを得られるのではないか。
その夜から、しばらくの間、四人での即席の勉強会が、頻繁に開かれるようになった。私が語る、力の流れという一つの理屈を、それぞれが、自分の得意分野に引き寄せて、思案し、試していく。レクシアは、庭に作った簡素な修練場で、マレアは、作業場で、新しい気づきを、いくつも検証していった。
その様子を、アウラは、いつも、少し離れた場所から、感心したように眺めていた。
「二人とも、すごいな。僕なんかとは、全然違う」
ある夜、ぽつりと漏らしたその言葉に、私は、少し考えてから、口を開いた。
「レクシアは、文字が読めないせいで、魔法の才はないと、奴隷市場で、二束三文の値をつけられていた。マレアは、手の震えのせいで、鍛冶の修業すら受けさせてもらえなかった」
アウラは、驚いたように、目を見開いた。
「今の二人からは、想像もつかないだろう。だが、本当だ。二人とも誰からも、できないと決めつけられていた」
私は、続けた。
「できないと言われたことと、本当にできないことは、別だ。二人は、それを、自分の手で、証明してみせた」
アウラは、しばらく、俯いたまま、黙り込んでいた。やがて、その目に、じわりと涙が浮かんだ。
「僕にも……できるのかな」
震える声だった。私は、何も気の利いたことは言わず、ただ、その肩に、そっと手を置いた。
「わからん。だが、少なくとも、お前にしかないできないことは、ちゃんとある」
その一言に、アウラの目の中で、それまで見たことのない、小さな光が灯るのを、私は確かに見た気がした。
その日を境に、アウラは、夜の授業だけでなく、一人でいる時間にも、教わった理屈を、自分なりに試すようになっていった。廃教会の裏庭で、一人、想像上の相手の動きを思い描きながら、力の受け流し方を、何度も何度も、繰り返し確かめている姿を、私は、幾度となく見かけるようになった。




