# 第二十五話 色でわかる温度
鍛冶ギルドでの仕事を終えた夜、マレアは、よく廃教会の裏手に作った、自分専用の小さな炉に向かい、槌を振るっていた。私は、その隣に腰掛け、火加減を見ながら、思いつく限りの理屈を語るのが、いつしか、日課のようになっていた。
「火の色を見てみろ」
私がそう言うと、マレアは、炉の中の炎から、目を離さずに頷いた。
「赤黒い色は、まだ温度が低い。だんだん、橙、黄色、白と、色が変わっていくほど、温度は高くなっていく。金属を熱するとき、この色の変化を見れば、今、どれくらいの温度になっているか、大体の見当がつく」
「感覚じゃなくて、色で、わかるのか」
マレアが、驚いたように顔を上げた。ドワーフの伝統的な鍛冶では、温度の見極めは、長年の勘と経験によるものだと聞いていた。感覚に頼らず、色という基準で判断できるという発想は、マレアにとって、目から鱗のことだったらしい。
「そうだ。色と温度の対応を覚えれば、勘に頼らなくても、狙った温度に、狙ったタイミングで到達させられる」
私は、地面に、いくつかの色を、簡単な図にして描いた。赤黒、橙、黄、白。それぞれの隣に、対応するおおよその熱さの度合いを、目安として書き添えた。マレアは、それを食い入るように見つめ、何度も、炉の中の炎と、地面の図とを見比べていた。
「前に、教えてくれた話も、思い出した」
マレアが、ふと、そう口にした。
「粒が、手をつなぎ直すって話。熱を加えると、粒が動きやすくなって、柔らかくなる。急に冷やすと、粒が乱れたまま固まって、硬くなるけど、脆くなる」
「よく覚えてるな」
「忘れるわけ、ない」
マレアは、そう言って、少し得意げに笑った。
その日から、マレアは、色による温度管理を、実際の作業に取り入れるようになった。震える手の癖は、相変わらず残っていたが、狙った温度に、狙ったタイミングで金属を到達させられるようになったことで、仕上がりの精度は、目に見えて向上していった。
ある日、私は、焼き入れという工程について、もう少し詳しい理屈を語った。
「熱した金属を、急激に冷やすと、粒は、整った並びに戻る間もなく、無理やり固定される。だから、硬くなる。だが、硬いだけでは、脆くて、すぐに折れる」
「じゃあ、どうすれば」
「一度、硬く仕上げたあとで、もう一度、低い温度で炙り直す。少しだけ、粒に、並び直す余裕を与えてやる。そうすると、硬さを保ったまま、粘り強さも取り戻せる」
マレアは、その理論を、何度も試しながら、自分の手の感覚に落とし込んでいった。失敗も多かったが、失敗するたびに、なぜ失敗したのかを、二人で言葉にして確認する作業を、私は欠かさなかった。原因がわかれば、次にどう直せばいいかも、自ずと見えてくる。それは、鍛冶に限らず、私がずっと、生徒たちに繰り返し伝えてきたことだった。
その習慣は、ギルドの作業場でも、変わらずに続いていた。
マレアは、鍛冶ギルドでの仕事の合間を縫って、自分なりの検証を、こつこつと積み重ねるようになっていた。同じ金属片を、温度を少しずつ変えて打ち、それぞれの仕上がりの違いを、震える手で、紙の端に書き留めていく。その文字は、お世辞にも読みやすいものではなかったが、マレア自身にはわかる、独自の符丁のようなものになっていた。
検証のために打たれた金属片の多くは、実用にならない、ただの半端な出来損ないだった。何十本という失敗作が、作業場の隅に、山のように積み上がっていった。
「あの子、また訳のわからんもん打ってるぞ」
「震える手で、あんなに数だけこなして、何になるんだか」
古参の職人たちの間からは、そんな声が漏れることも、少なくなかった。彼らの目に、マレアの検証は、ただの無駄働きにしか映っていないようだった。
だが、ギルド長の老人だけは、違った。
ある日、山積みになった失敗作の一つを手に取り、しげしげと眺めていた老人が、ふと、こう漏らした。
「これは、失敗作じゃないな」
周囲の職人たちが、怪訝な顔をした。老人は、その金属片の断面を、灯りにかざしながら、続けた。
「同じ形を、少しずつ条件を変えて、何度も打っとる。粒の並びが、一本ごとに、微妙に違う。これは、狙って変えとるんだ」
老人は、マレアの方を見た。
「お前、何をしとる」
マレアは、少し緊張した面持ちで、自分の紙切れを差し出した。
「温度と、冷やす速さで、仕上がりが、どう変わるか。試してるんです。失敗ばっかりで、すみません」
老人は、その符丁だらけの紙を、しばらく黙って眺めていた。それから、感心したように、ゆっくりと頷いた。
「謝ることはない。これは、勘だけで打ってきた、わしら年寄りには、逆立ちしてもできんことだ。お前は、勘じゃなく、理屈で、鍛冶を組み立てようとしとる」
その言葉に、周囲の職人たちも、初めて、山積みの失敗作の意味に気づいたようだった。ただの無駄働きではなく、一本一本が、確かめられた検証の記録だったのだと。
数ヶ月が経つ頃には、マレアの打った刃物は、鍛冶ギルドの中でも、一目置かれる存在になっていた。震える手でしか打てない、独特の粒立ちを持つ刃だと、古参の職人たちの間でも、評判になり始めていた。
「センセイのおかげだ」
マレアがそう言うと、私は、いつものように、首を横に振った。
「俺は理屈を話しただけだ。それを、自分の手で形にしたのは、お前だ」
マレアは、その言葉に、少し照れくさそうに、それでも、誇らしげに笑った。




