# 第二十四話 星の名前(レクシア視点)
廃教会の修繕が一段落した頃から、センセイの授業は、火にまつわる話だけに留まらなくなっていった。
夜、修繕した礼拝堂の屋根の下、崩れた壁の隙間から星空が見える一角に、私たちは、よく並んで座るようになった。
「あの星の並び、見えるか」
センセイが指差した先には、いびつな四角形を描く、星の並びがあった。
「見える」
「あれは、季節によって、少しずつ位置を変える。地面に立つ俺たちから見ると、星が動いているように見えるが、本当は、俺たちの立っているこの地面ごと、ゆっくりと回っているからなんだ」
最初は、何を言われているのか、よくわからなかった。だが、センセイは、地面に転がっていた石を二つ拾い、一つを大きく、一つを小さく置いて、大きい方の周りを、小さい方がゆっくりと回る様子を、指で示してみせた。
「俺たちが立っているこの世界が、小さい方の石だ。回りながら、大きい方の周りも巡っている。だから、季節ごとに、見える星の並びが変わる」
石の動きを目で追いながら、頭の中で、夜空全体がゆっくりと巡っていく様を思い描くと、不思議なことに、これまでただ眺めるだけだった星々が、急に、意味を持ったものに見えてきた。
「魔法にも、使えるのか」
私が尋ねると、センセイは、少し考えるような顔をした。
「直接は、わからん。だが、季節や、方角を知る手がかりにはなる。それに」
「それに?」
「知ってると、夜の景色が、少しだけ、豊かに見えるだろう」
その答えに、私は、思わず笑ってしまった。役に立つかどうかもわからないことを、それでも楽しそうに語るセンセイの横顔が、なんだか好ましかった。
授業は、星の話だけには留まらなかった。ある日は、地図を広げて、この大陸の地形と、そこに影響を与える風の流れについて。ある日は、川の水がどこから来て、どこへ流れていくのかについて。ある日は、教会の書庫から拾ってきた、この世界の歴史書らしき古い書物を前に、その内容を、私のために読み聞かせてくれることもあった。
文字は、まだ、私には読めなかった。だが、センセイの言葉を通して知る世界の広さは、日を追うごとに、私の中で、確かな輪郭を結んでいった。
実戦の中で、その知識が、思わぬ形で役立つこともあった。ある依頼で、深い霧の立ち込める渓谷を進むことになったとき、私は、センセイに教わった、風と地形の関係を思い出した。谷の形状によって、風の流れには、一定の癖が生まれる。その流れを読み、霧の薄い経路を選んで進むことで、パーティ全体の移動時間を、大幅に縮めることができた。
「よく気づいたな」
ガランに、そう褒められたとき、私は、誇らしさよりも先に、早く、このことをセンセイに話したいという気持ちでいっぱいになった。
魔法の腕も、着実に上がっていった。火の性質だけでなく、水や、風や、大地の性質についても、センセイは、知る限りのことを、惜しみなく語ってくれた。詠唱の際に思い描く像が、以前より遥かに緻密になっていくのが、自分でもわかった。
ある日、パーティの魔術師との雑談の中で、私は、意外な事実を知った。
「お前、水も風も、平気で使うよな。それ、実はかなり変わったことなんだぞ」
「そうなのか」
「魔術師ってのは、大抵、一つの系統に絞って学ぶもんだ。持ち歩ける魔術書には限りがあるからな。火の術式を極めたきゃ、火の魔術書を何冊も担いで歩くしかない。水も風も、なんて欲張ったら、荷物だけで潰れちまう」
言われて、初めて、その理屈に思い至った。魔術書という杖に頼る限り、その杖の数だけしか、系統を広げられない。だが、私には、そもそも杖がなかった。頼れるものが、センセイの語る理屈と、自分の頭の中の像だけだったからこそ、系統という枠組み自体に、縛られようがなかったのだ。
その日を境に、私は、意識して、扱う系統を広げていった。水の流れ方、風の渦の生まれ方、そして、雷というものが、大気の中を漂う粒同士の、ある種の摩擦から生まれる現象なのだという理屈まで、センセイは、惜しみなく語ってくれた。
「雷なんて、扱えるようになるのか」
私が半信半疑に尋ねると、センセイは、いつもの調子で頷いた。
「理屈さえわかれば、な。制御は、火よりずっと難しいだろうが」
実際、雷を思い通りに操れるようになるまでには、何度も痛い目を見た。だが、失敗のたびに、なぜ暴発したのかを、センセイと二人で考え、言葉にして整理していく作業は、苦しいというよりも、むしろ、心が浮き立つような時間だった。
王都の冒険者ギルドの中で、私の名前は、いつしか、単なる「規格外の新人」から、少しずつ、別の呼ばれ方をされるようになっていった。
「パンタ・レイ」
その呼び名を初めて耳にしたとき、私は、誇らしさと、少しの照れくささを、同時に感じていた。由来を尋ねると、古い言葉で「すべて」を意味する響きなのだと、教えてくれた者がいた。特定の系統に縛られず、あらゆる現象を、意のままに操る魔女。誰が言い出したのかはわからなかったが、いつの間にか、その呼び名は、ギルドの中に定着していた。




