# 第二十二話 短剣一振り
マレアが、宿の裏の作業場に戻ってきてから、しばらく経ったある日のことだった。
センセイの傷も、だいぶ良くなり、私が水路の仕事へ戻る同行を渋々許してもらえるようになった頃、宿に、一人の老人が訪れた。粗末な旅装束に身を包んでいたが、その物腰には、どこか只者ではない気配があった。
「ここに、腕のいい鍛冶がいると聞いてな」
老人は、そう言って、腰の鞘から、古びた短剣を取り出した。柄の部分が緩み、刃こぼれも目立つ、年季の入った一振りだった。
「直せるか」
マレアは、その短剣を手に取り、しばらく、刃の反りや、柄の緩み具合を確かめていた。震える手で、それでも、丁寧に、丁寧に、道具の傷みを見極めていく。その様子を、老人は、黙って見ていた。
「直せます。ただ、時間はかかります」
「構わん。急ぎではない」
マレアは、それから三日ほどかけて、その短剣を打ち直した。刃を研ぎ直し、緩んだ柄を、新しい木材で組み直す。仕上がった短剣を見た老人は、しばらく、無言でそれを検分していたが、やがて、感心したように頷いた。
「震える手だと聞いていたが、これは、大した仕事だ。無駄な力が入っていない。むしろ、繊細な仕事だ」
その一言に、マレアは、少し驚いたように顔を上げた。
「知って、たんですか」
「知らいでか。お前を放り出したギルドの評判は、この街じゃ、とっくに地に落ちとる」
老人は、そう言って、懐から一枚の紙を取り出した。
「わしは、王都の鍛冶ギルドで、長を任されとる者だ。お前さえよければ、うちで正式に働かんか。震える手を隠す必要はない。むしろ、その震えを織り込んだ仕事ぶりを、うちの若い連中に見せてやってほしい」
マレアは、しばらく、何も言えずにいた。以前の一件で、大人からの誘いというものに、無意識のうちに、身構えるようになっていた。だが、目の前の老人の目には、あの時のような、値踏みするような光はなかった。
「本当に……いいんですか。この手で」
「その手だからこそ、だ」
マレアは、しばらく俯いていたが、やがて、涙をこらえるように、小さく頷いた。
その日から、マレアは、王都の鍛冶ギルドで、正式な下働きとして働き始めた。相変わらず、宿の一室には戻ってきたが、日中の大半は、ギルドの作業場で過ごすようになった。
「センセイ、見ててくれよ。今度こそ、ちゃんとした場所で」
出かける前、マレアは、決まって、そう言い残していくようになった。センセイは、そのたびに、素っ気なく、それでいて、どこか誇らしげな調子で、頷いていた。
「ああ、いってらっしゃい」




