# 第十九話 いない、ということ(レクシア視点)
王都の城壁をくぐったとき、私の足取りは、もう小走りに近かった。
早く、あの森での出来事を、センセイに話したかった。効かない魔法に焦り、それでも頭を絞って、なんとか活路を見出したこと。ガランに認められたこと。誰かに褒められることよりも、センセイに「そうか」と、あの素っ気ない調子で頷いてもらう方が、私にとってはずっと嬉しかった。
宿の扉を開けても、いつものように出迎える人影はなかった。夕暮れ時になれば、大抵は水路の仕事を終えて戻っているはずの時間だった。最初は、仕事が長引いているだけだろうと、私は、さして気にも留めなかった。
だが、日が完全に沈んでも、センセイは戻らなかった。宿の主人に尋ねても、朝、いつも通りに出かけていったきりだという答えしか返ってこなかった。
夜が更けるにつれて、私の中に、じわじわと、落ち着かない何かが広がっていった。これまで、センセイが理由もなく帰りを遅らせたことは、一度もなかった。どれだけ仕事が長引いても、必ず、日が暮れる前には戻っていた。
私は、いてもたってもいられなくなり、宿を飛び出した。まず向かったのは、いつもセンセイが仕事を受けていた水路の管理小屋だった。
「センセイなら、昼過ぎには仕事を終えて、上がってったぞ」
顔なじみの仕事仲間が、そう教えてくれた。だとすれば、そこから宿に戻るまでの間に、何かがあったことになる。
私は、次に、街の目抜き通りを、来た道を辿るように歩いた。誰かが、何かを見ていないか。手当たり次第に、通りすがりの者たちに声をかけていった。
手がかりらしきものが見つかったのは、深夜近くになってからだった。露店の片付けをしていた老婆が、こう証言した。
「そういえば、昼過ぎに、あの鍛冶ギルドの方に向かって歩いてる、あんたの連れらしい男を見たよ。急いでる様子だったねえ」
「あの鍛冶ギルド、というのは」
老婆が口にしたのは、私も、噂だけは耳にしたことのあるギルドの名前だった。腕のいい職人を、あくどいやり方で囲い込んでいるという、評判の良くない一派だった。
その名を聞いた瞬間、脳裏に、マレアの顔が浮かんだ。ここしばらく、宿から姿を消していた、あのドワーフの少女。センセイが、その行方を、ずっと気にかけていたことを、私は知っていた。
嫌な予感が、胸の中で、急速に形を持ち始めた。
私は、迷わず、そのギルドへと向かった。表向きの店構えは、すでに閉まっていた。だが、裏手に回ると、まだ明かりの灯る、小さな窓があった。
中から、押し殺したような話し声が漏れ聞こえてきた。
「──魔法も使えない男、売れるのか?厄介なのが、二人になっちまったな」
「まあいい。まとめて、次の競りに回せばいい」
その言葉を耳にした瞬間、私の中で、何かが、静かに、しかし確実に、切り替わった。
これまで感じたことのない種類の怒りが、指先から、腹の底まで、一気に駆け抜けていった。




