# 第十七話 異端の一撃(レクシア視点)
解き放った熱は、狼の身体を、瞬く間に炎で包み込んだ。
悲鳴を上げる間もなかった。狼は、全身から立ち上る炎に怯み、その場にうずくまるようにして倒れ込んだ。周囲にいた、他の狼たちが、一斉に怯んで後ずさった。
パーティの面々が、一瞬、動きを止めて、こちらを見た。
「……今の、詠唱だったのか」
剣士の一人が、呆然とした声で呟いた。私は、その問いに、どう答えればいいのか、少し迷った。
「詠唱、というほどのものじゃない」
正直に、そう答えるしかなかった。私は、魔術書というものを、そもそも持っていない。持てない、と言った方が正しい。文字が読めない私に、魔術書は、開いたところで、ただの紙の束でしかなかった。
だが、それを気にしている暇は、その場にはなかった。怯んだ狼たちの隙をついて、ガランが盾を構え、剣士たちが左右から斬り込んだ。私は、次の狼に狙いを定めながら、頭の中で、目の前の景色を、もう一度組み立て直した。
残った狼たちは、先ほどの一体とは違い、乾いた地面の上に立っていた。水分を利用する手は、ここでは使えない。私は、代わりに、狼自身の毛皮に目を向けた。密に生えた毛と毛の間には、必ず、細かい空気の層がある。空気の中には、燃える力を持った粒が、いくらでも漂っている。
――だから、風が要る。風は、新しく手をつなぎたがっている粒を、次々と運んでくる。
センセイの言葉が、頭の中で、鮮明に蘇った。私は、その毛皮の隙間に満ちた空気そのものを、像として描いた。そこに眠る、粒同士の結びつきを、無理やり組み替える様を。
呟いた詠唱は、短いものだった。だが、放たれた炎は、狼の全身を、瞬く間に包み込んだ。
残りの狼たちは、戦意を失い、森の奥へと逃げ去っていった。
戦闘が終わったあと、パーティお抱えの魔術師が、複雑な表情で、こちらに近づいてきた。
「一つ、聞いてもいいか」
「なんでしょう」
「お前の魔法は、術式のどれにも当てはまらない。詠唱は聞こえるが、あれは、俺たちが学院で習うような、定型の呪文じゃない」
図星だった。私は、素直に頷いた。
「文字が、読めないので。人から教わった音を、そのまま使っているだけです」
魔術師は、しばらく黙り込んでいた。それから、どこか納得しきれない様子で、それでも、こう漏らした。
「文字も読めずに、あの威力か。世の中、わからんもんだな」
その言葉に、私は、曖昧に微笑むだけにしておいた。文字が読めないことは、事実だった。だが、それが欠陥なのかどうかは、もう、私自身、よくわからなくなっていた。
センセイに出会うまで、私は、自分にできることなど、何一つないと思っていた。詠唱もできず、文字も読めず、ただ、誰かの荷物になるだけの存在だと。
だが、あの焚き火の夜から、私の中には、誰も知らない魔法の使い方があった。文字を介さず、現象そのものを、思い描く力。それは、この世界の誰も、教えてくれなかったやり方だった。
森の奥へと進みながら、私は、ふと、王都に残してきたセンセイのことを思った。今頃、いつも通り、水路の仕事をしているだろうか。そんな地味な生活を続けながら、私にだけは、誰も思いつかないような魔法の理屈を、当たり前のように語ってくれる。
この力を、もっと磨いて帰りたい。センセイに、少しでも、恩を返せるように。
そう思いながら、私は、パーティの後を追って、森の奥へと足を進めた。




