# 第十四話 見送るということ
男は、その後も、何度か宿を訪れた。訪れるたびに、条件は少しずつ良くなっていった。破格の報酬、専用の作業場、道具一式の支給。断る理由を、一つずつ潰していくような誘い方だった。
私は、その様子を見ながら、次第に強い違和感を覚えるようになっていた。腕のいい職人を確保したいだけなら、これほどまでに執拗になる必要はない。何か、別の思惑があるはずだった。
だが、その違和感を、私はうまく言葉にすることができなかった。確証もなく、ただの勘でしかないものを、マレアの決意にぶつけていいものか、迷いがあった。
ある日、仕事から戻ると、宿の部屋に、マレアの姿はなかった。台の上に、拙い文字で書かれた紙切れが、一枚だけ残されていた。
「せんせい、いってきます。じぶんのうでで、たしかめたいことがあります」
それだけの、短い置き手紙だった。
私は、しばらくその紙を見つめたまま、動けなかった。追いかけるべきかどうか、何度も迷った。だが、迷った末に、私は結局、追いかけないことを選んだ。
マレアは、もう子供ではなかった。一族から見放され、それでも自分の意志で、震える手を鍛え続けてきた。その先にある選択を、私が横から奪う権利は、どこにもないはずだった。教員という仕事は、生徒を守ることであると同時に、生徒が自分で選んだ道を、見送ることでもあった。あの逆恨みをした教え子のことを、私はふと思い出していた。良かれと思って進路に口を出したことが、あの子にとっては、選ぶ権利を奪われたように感じられたのかもしれない。同じ過ちを、繰り返したくはなかった。
それでも、置き手紙を握りしめる手は、震えを止められなかった。
その日から、私は、いつも通りの生活を続けた。水路の仕事に出て、日当を受け取り、宿に戻る。だが、宿の隅にあった、金属を打つ音は、もう聞こえてこなかった。その静けさが、思っていた以上に、身体に堪えた。
半月ほどが経った頃、水路の仕事仲間から、妙な噂を耳にした。
「そういや、あの鍛冶ギルド、新しく入った女ドワーフの職人がいるらしいんだが」
仲間の一人が、世間話のついでに、そう口にした。
「腕はいいらしいんだが、扱いがひでえって話だ。無理な量をやらせて、失敗すりゃ弁償だと言って、借金を背負わせる。あそこは前々から、そういうやり口で、人を縛りつける噂のあるギルドだ」
その一言に、私の背筋が、冷たくなった。
「失敗が続くと、最後は借金のカタに、奴隷として売り飛ばされるとかいう話もある」
仲間の言葉が、耳の奥で、何度も反響した。
嫌な予感が、確信に近い重さで、胸の中に広がっていった。マレアの手の震えは、力を抜き、動作を頭の中で組み立ててから動くことで、ようやく制御できるものだった。急かされ、無理な量をこなすことを強いられれば、その制御は、簡単に崩れてしまう。
私は、居ても立ってもいられなくなった。




