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# 第十三話 目をつけられた才能

 名前を聞いたのは、それから間もなくのことだった。マレアという名だと、子供は、少し照れくさそうに教えてくれた。


 それから、水路での仕事の合間に、私とマレアは、少しずつ言葉を交わすようになった。マレアは、生まれつき手先の震えがあり、それが原因で、一族の徒弟制度から早々に弾き出されていた。ドワーフの鍛冶は、師匠の技を、身体で覚えて盗むものだという。震える手では、繊細な打ち込みができない。それだけの理由で、才能の有無を確かめられることすらなく、マレアは「向いていない」と切り捨てられていた。


 私は、マレアの震えの癖を、何度か観察するうちに、あることに気づいた。震えは、常に一定の強さで起きているわけではなかった。力を込めようと意識した瞬間に、揺れが大きくなる。逆に、動作の始まりから終わりまでを、あらかじめ頭の中で組み立ててから動くと、震えは目に見えて小さくなった。


「打つ前に、打った後の形を、先に頭に思い浮かべてみろ」


 ある日、私がそう言うと、マレアは半信半疑の顔をしながらも、拾ってきた廃材の金属片を使って、それを試してみた。最初は、ぎこちなかった。だが、繰り返すうちに、狙った箇所に、狙った強さで、打撃を当てられる回数が、少しずつ増えていった。


 感覚ではなく、手順として動きを分解する。それは、私がこれまで、生徒に何かを教えるときに、ずっとやってきたことだった。鍛冶の技術には詳しくなかったが、動作を分析し、言葉にして組み立て直すという作業だけは、いくらでも手伝うことができた。


 マレアの上達は、思っていたより早かった。震えそのものは、消えたわけではなかった。だが、その震えを織り込んだ上で、正確な打撃を再現する方法を、マレア自身が、少しずつ体得していった。


 しばらくして、マレアは、私たちの泊まっている安宿に、住み込みで働かせてもらえるようになった。宿の主人は、金属製の道具の修理に、常々手を焼いていたらしい。マレアが、傷んだ鍋の底を打ち直したり、歪んだ蝶番を直したりするのを見て、あっさりと使うことを決めた。寝床と、わずかな食事を提供する代わりに、マレアは宿の雑用の一つとして、道具の修理を任されるようになった。


 私たちが同じ宿に落ち着いたことで、マレアとの時間は、以前よりずっと増えた。夜、宿の裏手にある小さな作業場で、マレアが金属を打つ音が聞こえてくることも多かった。私はその音を聞きながら、時折、隣に座り込んで、思いつく限りの知識を語った。


「金属は、熱を加えると、粒同士の並び方が変わる。柔らかくなるのは、粒が動きやすくなるからだ。冷ますときの速さで、粒の並び方の固まり方が変わる。急に冷やせば、粒は乱れたまま固まって、硬くなる代わりに、脆くなる。ゆっくり冷やせば、粒は整った並びに戻ろうとして、粘り強くなる」


 マレアは、槌を振るう手を止めて、じっと耳を傾けていた。理屈を聞いてから作業に戻ると、心なしか、打ち込みの精度が上がるのが、傍から見ていてもわかった。


「打つ力は、腕の力だけじゃない。振り下ろす速さと、金属に当たる角度で、伝わる力は大きく変わる。同じ力で振っても、狙った角度で正確に当てられれば、それだけ深く力を届けられる」


 こうした話を、私は、教科書もなければ、実演もできないまま、ただ言葉だけで伝え続けた。それでも、マレアは、一つ一つを丁寧に頭に入れ、実際の手の動きへと変換していった。


 宿には、王都でも最底辺に位置する冒険者たちが、よく出入りしていた。装備を新調する金もなく、傷んだ剣や、へこんだ盾を、そのまま使い続けている者たちだった。マレアは、そうした冒険者の装備を、安い手間賃で整備するようになった。刃こぼれを研ぎ直し、ひび割れた革具を打ち直す。最初は片手間の小遣い稼ぎだったが、次第に「あの宿のドワーフの子供に頼めば、安くて丁寧だ」という評判が、口づてに広まっていった。


 半年ほどが経った頃には、マレアの手つきは、以前とは見違えるほど確かなものになっていた。震えは相変わらず残っていたが、それを織り込んだ上での正確さは、むしろ、震えのない職人以上のものになりつつあるようにさえ見えた。


 その評判は、やがて、私が思っていたよりも遠くまで、届くことになった。


 王都の鍛冶ギルドの一つ、それも、あまり評判の良くない一派の男が、ある日、私たちの前に現れた。愛想の良い笑みを浮かべた中年の男だった。


「お前が、あのマレアって子供に、稽古をつけてる先生か」


 私は、警戒しながら頷いた。


「うちのギルドで、面倒を見てやってもいい。腕のいい鍛冶職人には、いくらでも仕事がある」


 言葉だけを聞けば、悪い話ではなかった。だが、男の目の奥にある光に、私は、どうしても好ましくないものを感じ取っていた。教員として、多くの保護者や関係者と接してきた経験が、その違和感を、はっきりと告げていた。


 マレア本人は、その申し出に、まだ半信半疑ながらも、心を動かされているようだった。無理もなかった。一族からさえ見放されていた自分に、初めて「使える」と言ってくれる大人が現れたのだから。


「よく考えろ」


 その夜、私はマレアに、それだけを伝えた。


「先生は、反対なのか」


「反対とは言ってない。ただ、急ぐ必要はない。お前の腕は、まだ、誰かに都合よく使われるためのものじゃない」


 マレアは、しばらく黙っていたが、結局、その申し出について、はっきりとした返事を保留にすることにした。


 だが、事態は、私の予想よりも早く動くことになった。

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