# 第十話 王都という場所
王都の城壁をくぐったとき、私はしばらく、声も出せずに立ち尽くしていた。
これまで暮らしていた街とは、規模がまるで違った。石畳の大通りは、馬車が何台も並んで走れるほどの幅を持ち、その両側には、見上げるほど高い建物が並んでいる。人の数も、種族の多様さも、比較にならなかった。獣人、有翼人、見たこともない姿の者たちが、当たり前のように行き交っていた。
商隊とは、王都の門で別れた。頭は、最後に少しだけ日当を上乗せしてくれた。「よく働いた」という、素っ気ないが確かな言葉と共に。カタコトだった頃には、こうした評価の言葉すら、正確に聞き取れなかっただろう。今の私には、その言葉の温度まで、ちゃんと伝わってきた。
まずは、拠点を探さなければならなかった。手持ちの金は心もとなかったが、王都の外れには、地方から流れてきた者たちが身を寄せる安宿の一角があると、商隊の男が教えてくれた。私たちは、その情報を頼りに、狭い路地を縫うように歩いた。
レクシアは、王都の景色を、興味深そうに眺めていた。生まれた村を追われて以来、これほど大きな街を見るのは初めてだと、道中で聞いていた。彼女の視線が、看板の文字や、行き交う人々の身なりを、一つ一つ丁寧に追っているのがわかった。
安宿の一室を、しばらくの間だけ借りることにした。狭く、お世辞にも快適とは言えない部屋だったが、それでも、雨風をしのげる屋根と、鍵のかかる扉があるというだけで、この一年余りの暮らしに比べれば、十分すぎるほどの贅沢だった。
落ち着いた翌日、私たちは連れ立って、王都の冒険者ギルドへ向かった。
建物の規模からして、以前の街のものとは比較にならなかった。受付だけで五つも並び、依頼票の張り出された壁は、見渡す限り紙で埋め尽くされている。
私は、以前と同じように、雑用の仕事を探すつもりで列に並んだ。だが、レクシアは、隣で少し違うことを考えているようだった。
「私も、登録する」
彼女がそう言い出したのは、順番を待っている最中のことだった。
「冒険者に、か」
「うん。稼げるなら、稼ぎたい」
迷いのない声だった。あの焚き火の夜以来、レクシアは、自分の中に眠っていた力の存在を、少しずつ実感し始めているようだった。無自覚に暴発させたあの魔法が、意図して制御できるものなのかどうか、本人にもまだ、はっきりとした確信はないようだったが、それでも、試してみたいという気持ちは、隠しようもなく伝わってきた。
「無理はするな」
私がそう言うと、レクシアは、少し呆れたような顔をした。
「センセイの方が、よっぽど無理してる」
返す言葉がなかった。
受付で、レクシアは冒険者登録の手続きを済ませた。最初に割り振られるのは、最も低い等級だという。実績のない新人には、当然の措置だった。
私は、その隣で、以前と同じように雑用や薬草採取といった、体力よりも根気を必要とする仕事を探すことにした。剣も使えず、魔法も使えない男に用意されている道は、この王都でも、さして変わらないようだった。
ギルドを出るとき、レクシアが、ふと私の顔を見て言った。
「私が稼ぐから、センセイは、無理な仕事しなくていい」
その言葉に、私は少し考えてから、首を横に振った。
「俺の食い扶持は、俺で稼ぐ。それは変えない」
レクシアは、何か言いたそうな顔をしたが、結局は、何も言わずに、小さくため息をついただけだった。




