魔王の役目 2
一度神域の自宅に私達は戻った。
「さてと。奈津、ちょっと手伝ってほしい事があるんだ。奈津にしかできない事」
「何すればいいの?」
「じゃあちょっと、深淵の森に一緒に来てくれる?」
私がチョウさんに飛ばされて、虎と小虎ちゃんに出会った深淵の森へ。
「いいよ」
私が了解すると、何でかセイにギュウと抱きしめられる。
「はあー、奈津はもう。あそこで怖い思いをしたでしょ?二度と行きたくないとか、思わないの?」
「んー、最初からセイと一緒ならどこでも大丈夫かな」
「もうー!」
何がセイを刺激したのか、いつもよりも熱烈に抱きしめてくれる。まったく、当然でしょう。私はセイと一緒なら何処に行こうとも怖くないんだよ。
「ありがとう、奈津。奈津が無理だったら、まあ一人でどうにかしようと思ってたけど、ちょっと楽になりそう。じゃあ双翼も呼んでくれる?」
セイの一声で深淵の森行きメンバーが清川家の敷地前に召集された。まずセイと私、小っちゃいサイズのお爺ちゃん達、そして虎と小虎ちゃん。以上。
「当代、深淵の森には何をしに行くのかのう」
「前に奈津が飲み込んだのよりも大きい魔素溜りを探しに行く。双翼達は変化できる様にご神果を何個か持って行って。しばらくはその省エネフォームで良いよ。用事が済むまで戻れないから飲み物、食料も頼む。タイムリミットは二日。今から30分で支度をお願い」
「ほいきた!」
「おまかせあれ~」
セイのお願いに、ドッドお爺ちゃんはご神木の元に、トランお爺ちゃんは清川家のお店の厨房に向かう。そして、神獣達が、指示を待つかのようにこちらを見てくる。
「お前達は・・・。現地で自給自足」
セイの指示に虎と小虎ちゃんは高らかに鳴き声をあげた。神獣達と契約をしてからセイは2匹に少し優しくなった。ちゃんと相手してあげてるもんね。虎も小虎ちゃんも嬉しそうにしているのに私もほっこりする。
「奈津、あっちで最悪二晩寝ずに俺達は動くから、奈津は虎の上で寝てもらうよ」
「はーい」
まあ私の準備は毛布数枚と、防寒着位かな。何かあればすぐにこちらに戻るんだろうし。
それぞれの準備が終わり、私達は深淵の森へ転移した。
転移した先は、私とトランお爺ちゃんが虎のお腹の上でセイの救助を待っていた鬱蒼とした森の中だった。相変わらずむせ返るような緑の匂いだ。
「小虎。魔素溜まりのある場所、どこか知ってる?」
「ガウガンガウルルル」
「虎は」
「ガウウ」
「セイ、知ってるって?」
「どうなんだろう」
分からないんかい。まあ神獣達が何を言っているのかは分からないけど、こちらの感情を読み取ったりしてくれる事もあるからね。
「虎か小虎が知っている洞窟とかにとりあえず連れて行ってもらおうか。トランウィッシュ、魔石の鉱床の近くに魔素溜まりがあるんでしょ」
「正しくは魔素溜まりの傍に魔石の鉱床が出来ると思われるな」
「じゃあ、虎。知ってる洞窟に行ってみて。小虎は虎の後について行って」
私は小虎ちゃんにセイと一緒に、虎はお爺ちゃん達と荷物を載せて、深淵の森の探索はスタートした。すいすいと虎と小虎ちゃんは進んでいくので、移動はとても楽ちんだ。見渡す風景も変化はなく、しばらくは移動が続きそうだ。
「ねえ、セイ。気になったんだけど、魔国の幹部の皆さんって、人族の国を守ろうとしてたね。戦力差が大きすぎて相手にならないのは分かるけど、人族の国が無くなるのは魔国としては避けたい感じなの?」
「うーん、そうだねえ。代々の魔王が人族を保護したり、勢力のバランスを取ったりして人族を増やす動きをしてきたからね。幹部達も魔王の意を汲んできての今の流れかな」
「魔王が人族を保護?」
「人族に限らないけど、亜種の者達も増えてきているし、魔獣以外の人族の手に負える位の動物たちも増えてきた。そういった魔力を持たない動植物を魔王と魔国は地道に増やしてきたんだよ」
「そんなのまるで、この世界を管理してるみたい」
「奈津はやっぱり賢いねえ」
セイが私を後ろからギュウと抱きしめる。
「双翼達は半分精霊化しているのなら、この世界の理の深部に触れた?」
「ちょっぴりな」
「なーんとなくな。神と魔王とフロントゥイネの事とかな」
隣の虎の上からお爺ちゃん達が答える。
「じゃあ、ここだけの秘密だよ。魔王は創造神からこの世の調整役を任されている。俺は創造神アーウェンの愛し子であり、この世界を育て、見守る者なんだよ。帝国辺りの人族が強大な魔力を持つ者を魔族、魔王と恐れているから、便宜的に俺達もその呼び名を使っているけど、皇国や共和国辺りは俺の事を神の使徒とか呼んでいるらしいよ。魔国は天上の楽園で天人たちが住んでいるんだって。魔国はディアス帝国以外とは接触した事がないから、その他の国からはおとぎ話レベルで存在自体を疑われているね」
魔王は創造神の愛し子。確かにアーウェンはセイとヴィントさんを愛し子って言ってた。フーさんは守り人と言われていたけど、そのままの意味で魔王を護る人ってこと?
話が世界規模に壮大になってきた。
「魔王の印が現れた時に、魔王は愛し子の役目を理解する。ヴィントの先代は人族のいくつかの部族に戦争を仕掛けた。その結果、強大な魔国に立ち向かう為に人族は団結し、一つの大きな帝国を作った。ヴィントは1000年人族の国を見守り、人族の国のその発展と成熟を促した。その次の魔王、俺の役割はいったい何だろうね」
「分からないの?」
「うん、具体的に指示を貰う訳じゃないし。けど代々の魔王が自分の判断で行う事が、結果的にこの世界の調整をする事に繋がっているように思う。そして使命を果たしたとみなされた時に、多分魔王は代替わりするんだ。次代のクルムが既にいるから、そう遠くない未来に俺の役目は終わると思うんだけどね。早く隠居して、奈津と日がな楽しく遊んで暮らしたい」
壮大な世界の理の話から、セイの個人的な願望に話が落着して終わった。
「そういう仕組みじゃったのか。思い出すのぅ。イースが突然印が胸元に浮き上がったと大騒ぎしてのぅ」
「その後フロントゥイネが突然イースの寝所に現れて、そこに駆け付けたレーテがイースの浮気を疑ってブチ切れておった。修羅場じゃったのぅ」
「イース。初代魔王だね」
イースって、聞いたことがある。建国記の主役で、恋人が凄腕癒し手のレーテで・・・。建国の父、初代魔王のイースには双翼と言われるお爺ちゃん達そっくりの臣下がいて。
「あの・・・。お爺ちゃん達って、実は本物の双翼だったりして?」
「「そうじゃよ」」
「嘘―――!!!」
「あはは、俺は奈津のそういう所、本当に大好きだよ」
セイが再びギュウと私を抱きしめてくる。
「儂等もナツちゃんが大好きじゃよ」
「ここ数千年で一番興味深いのぅ」
そうだったのか!!魔人フォームのお爺ちゃん達は双翼にそっくりだから騒がれているんだと思ってたけど、双翼本人だったなんて。
「奈津、最初にブランが双翼本人だって言ってたよ」
「そうだったっけ?」
そんな事ブランパパ言ってた?色んな話をいっぺんに沢山されたから、全く覚えてない。
「お爺ちゃん達、すごい有名人じゃん!」
「今頃ー」
「ほっほっほ」
そんな他愛もない話をしながらしばらく進んでいると、虎が歩を止めた。
目の前には緩く下り坂になっている洞窟の入口がぽっかりと開いていた。
「虎の住処かな」
「前回飛ばされた洞窟とは違う場所じゃの」
トランお爺ちゃんが前の洞窟を覚えていてくれた。ちなみに私はあの時寝ながら小虎ちゃんに運ばれていたので、ここが何処だかさっぱりだ。
「なら、見てみるか。虎、進め」
セイの声掛けに、虎は頭を下げてゆっくりと洞窟の中に降りていく。虎の後を小虎ちゃんも、躊躇いなく弾む足取りで付いて行く。
洞窟に入るとすぐに日の光は届かなくなった。
「うむ。ここは少し魔力の制御が乱れるのう。魔素溜まりも期待できるかもしれん」
辺りは暗闇に包まれているんだけど、真っ暗ではない。目を凝らしてみると、日の光が届かない暗闇でゆらゆらと薄い青色が細くたなびいている。
「セイ、青い煙みたいなのが周りに流れてる」
「青い煙・・・。奈津の他に誰か見える?」
私以外にその青い煙が見える人はいなかった。私にしかみえないその青い煙に手を伸ばすと触れる前にフッと消えてしまう。青い煙に手を近づけてひらひら振ると、手を振った範囲の煙が消えて無くなってしまった。
「奈津、得体のしれない物にむやみに触っちゃダメ」
「ごめん。でも触れないよ。この煙、逃げるというか、消えちゃうのかな」
「ナツちゃん、その煙は上に溜まったり下に溜まったりしておらんか」
「溜まってない。洞窟の奥から薄く流れて来る感じ?奥の方が、煙が濃く見える、かな?」
「有毒な空気もあるからの。強制的に換気をしながら進むぞ」
トランお爺ちゃんが魔法を使って外から洞窟の中に向けて風を勢いよく送り始める。けれども、青い煙は風にあおられることも無くフワフワと奥から変わらずに漂ってくる。
「トランお爺ちゃん、この青い煙、風に飛ばされない」
「奈津に見える青い煙は気体じゃないね。奈津、小虎に指示を出して青い煙を辿って」
虎と小虎ちゃんと場所を入れ替え、私とセイが先頭に立ち青い煙を辿ってみることにした。
「小虎ちゃんこのまま真っすぐ。あ、突き当りを右。こっち、こっちだよ」
「ガウンルルル」
少し前に手を伸ばして小虎ちゃんの右耳をくすぐると、小虎ちゃんはくすぐられた耳をピルピル震わせて指示通りに方向転換する。小虎ちゃんは可愛いし賢くてとっても偉い。
何度か方向転換をして進むにつれ、薄く透明な青い煙はどんどんハッキリ見えてきた。
「あー、俺にも微かに見えてきたかな」
セイがそういう頃には、薄かった青い煙が私には太い帯状の青白い光に見えていた。前方の行き止まり、すり鉢状に凹んだ窪みに魔素が渦巻いて、小さな火花が散っている。
「魔素溜りだ。でも小さいね」
窪みの手前まで私達は進んで、神獣達から降りた。
「やっと儂にも魔素溜りが見えたぞい」
「儂は見えんのう」
トランお爺ちゃんには魔素溜りが見えて、ドッドお爺ちゃんには見えない。私には魔素溜りを中心に洞窟内が結構明るく見えているんだけど、人によっては見え方が全然違うようだ。
「魔石の鉱床も発生していない小さな魔素溜りだけど、とりあえず奈津、吸っておこうか」
「あ、うん」
吸うとか飲み込むとか、いろんな言われ方をするけど、私の意志で出来る事じゃないんだよね。私は50センチほどの窪みにヨイショと入り込む。3メートル四方の窪みに魔素溜りが発生していて、50センチの深さに青白い魔素が溜まっている。私が触れる側から青白い魔素はどんどん消えていく。良かった、今回も吸えている。
「よいしょ、よいしょ」
何となく声を出しながら、光っている魔素溜りの部分に片っ端から手を伸ばす。小さな魔素溜りはあっという間に消えて無くなった。
「真っ暗!」
私、みんなから離れて窪みに立っているから怖い!
「スマンスマン、ナツちゃん」
ドッドお爺ちゃんが照明をつけてくれた。虎の首輪に付けられた照明が、ぼんやりと虎の顔とその周りを明るく照らす。
「儂等は夜目が利くからの」
「頑張るナツちゃんも良く見えたぞぃ」
暗闇で困るのは私だけのようで、神獣達は最初から洞窟内で落ち着いている。
「奈津、お疲れ様」
セイがひょいと私を抱っこして、再び小虎ちゃんの上に乗せる。
「よし、奈津に見える青い煙は自然発生する魔素の流れっぽいね。これを手掛かりにサクサク探すよ」
「はーい」
「「おーう」」
神獣達の元住処を皮切りに、私達は深淵の森の洞窟を手当たり次第に探索した。一つの洞窟からは小規模の物から中規模の物まで、1個か2個は必ず魔素溜りに当たった。神獣達もコツを掴んできたのか、私が虎の上で睡眠中にも魔素溜りをみつけてくれもした。
そんな私以外は不眠不休の中、探索は続けられ、ついに私と小虎ちゃんが出会った時位の大規模な魔素溜りを発見する事が出来た。今回の大規模な魔素溜りは、洞窟内の天井から下に向けて青白い光の柱が繋がっていた。柱の直径は5メートル位あるかもしれない。光の柱にはバチバチと大きな火花が纏わりついている。その光の柱が接する箇所から青白い魔石の鉱床が、天井にも足元にも円状に広がっていた。
「ほう、立派じゃのう。鉱床も大きく広がっておる」
「さすがにこれほどの魔素溜りは儂にも見える。近づいたらビリビリしそうじゃの」
「奈津、まだいけそう?」
セイが私の魔力の吸収量?収納量?の上限を確認してくるけど、私は自分の中の魔力の感覚がいまだにわからない。お腹がいっぱいでもう入らない、みたいな感じで、魔力が一杯になったら分かる物なのだろうか。魔力の排出については、100%セイにお世話になりっぱなしだし。
「わかんないけど行ってくるね。虎も小虎ちゃんもあそこに近づいちゃだめだよ」
多分神獣達はあの魔素溜りに近づいたら怪我をしちゃうと思う。並んでお座りしている神獣親子をよしよしと撫でて、私は光の柱に向き合った。
「俺は一緒に行く」
「セイ、怪我するかもよ?」
「なら、尚更一緒に行く。何かあったら奈津を連れてすぐ逃げるから。双翼達、ご神果食べて」
「ほいきた」
「何があっても対応して見せるぞぃ」
お爺ちゃん達がそろってご神果をムシャムシャ食べて、魔人フォームに変身する。
そんなに警戒するほど、今回の魔素溜りは大きいらしい。確かに光が強くてすごく眩しい。
まあ、どんくさい私は不測の事態に機敏に動けるわけもないので、セイについて来てもらった方が逆に迷惑をかけないだろうと思いなおした。
「それじゃ、行くよ。セイはなるべく私の後ろに・・・隠れられないだろうから、火花は頑張って避けてね」
「うん、気を付けるよ」
私が2メートルを超す長身だったなら、セイを守りながら魔素溜りに近づけたのに。150センチと少しの私は、せめてもと両手を円を描くようにぶんぶん振りながら光る柱に近づいていく。
「ふっ・・ふふふ。奈津、普通に歩いて大丈夫だから、笑わせないで」
「ちょっとは、火花、防げるかもじゃん!あっ、ほら!今手に当たったし!」
私はセイに笑われながらも大真面目に両手をブンブン振りながら、一歩一歩魔素溜りに近付いていく。
触れられるほどに光の柱に近づくと、眩しすぎて目も空けられないほどだった。目を眇めながら、私はそっと光の柱に手を差し入れた。特に何も変化は無かったので、今度は両手を入れてみる。
「奈津、大丈夫?平気?」
「うん。なんともない。無感覚」
もう少し大胆に両手を魔素の流れに突っ込んでみる。もう少し。不意に私の体がクンと引っ張られた。
「奈津!」
私の体の前面がグンと柱の中に引き込まれた。私のお腹にセイの両腕が回される。セイの手を見下ろすと魔素の渦の中で、セイの白い手の甲が少しずつ赤くなっていく。
「セイ!大丈夫だよ。手を放して!」
「ダメ。魔素の渦の勢いが強い。勢いに振られて怪我をする」
セイの両手の甲がみるみる赤く腫れあがっていく。
「セイ!」
セイは私のお腹に両腕をしっかり回して離さない。手だけじゃない、私の首筋にセイが顔を埋めている。顔も同じ状態かもしれない!
「もおおお!!!全部!私に!!今すぐ来いーーー!!!」
何に対しての怒りなのか自分でも訳が分からずに、光の柱に埋もれながら衝動のまま思い切り怒鳴った。吐き出し切った息を今度は思い切り吸う。
「・・あっ・・」
初めて感じた魔力の感覚だった。空っぽになった肺を満たすかのように、空気と一緒に圧倒的な質量が勢いよく体の中に入り込んでくる。何かを全て体に収め切った瞬間、詰まった息を少し吐き出すことができた。その時間は数分にも感じられたけど、数秒位の出来事だったのかもしれない。衝撃によろけた体を後ろからセイが支えてくれた。
「奈津、大丈夫?!」
セイが慌てて私の状態を確認する。
「・・お」
「奈津?!」
「お腹、いっぱい」
私多分、魔力が満タンになっている。しゃべったら、口から魔力が出てきそう。真昼のように眩しく照らされていた洞窟内は、光の柱の消失で暗闇に包まれていた。魔石の鉱床もただの洞窟の岩肌に戻ってしまったようだ。
セイが私を抱きかかえて一息に小虎ちゃんの元に戻る。
「双翼、すぐに地上に戻る」
「承知!」
虎が走り出すと、小虎ちゃんもそれに続く。あっという間に洞窟から地上に出ると、辺りは夜になっていた。虎の上で何度か仮眠をとっていたから、どれくらい時間が経ったのかよく分からない。
「奈津、これから人族への対処をするね。双翼は虎達とここで待て」
セイが私を抱っこしたまま空中に浮かび上がった。深淵の森の大樹の枝葉をすり抜けて、その上に飛び出ると、二つの月が鬱蒼とした森を照らしていた。空の上は少し寒い。
「すぐ終わらせるからね」
セイが片方の掌を天に向ける。
「対象はディアス軍10万・・・」
天空に青銀の文様が浮かび上がる。それは巨大な円形の文様で、はるか上空に描かれているだろうに目の前にあるかのように鮮明に見える。この文様は王都からも見える位大きいんじゃないだろうか。先ほどまでの喉が詰まったような苦しさはすっかり無くなって、体が楽になる。
「良かった、もう苦しくなさそうだね。もう少し範囲を広げられそうかな」
セイがちらりとこちらを見下ろす。青白い月明りでもわかる位、セイの両頬が赤くなっている。帰ったらすぐに手当しないと。
「ディアス帝国全域」
セイの言葉を受けて、天空に描かれた文様が一回り大きくなる。
「・・・イース共和国」
グンと、文様がもう一回り外側へ大きく広がる。
「・・・カルアレーテ皇国。・・・人族の暮らす領域だけで良いかな。亜人達とは仲良くできるか様子見しよう」
円形の文様はもう夜空の全てを覆いつくほどの大きさになっている。
「魔国が実在するという認識改変。魔国の位置情報の削除。魔王、魔族の情報を使徒、天人の情報と統合、古の伝承へと認識改変。ディアス軍は今をもって遠征訓練終了、これより帝国へ帰還開始する」
セイが淡々と夜空に向かって呪文のように言葉を連ねる。セイの言葉に反応するように、青銀の文様の隙間を更に複雑な模様が物凄い勢いで埋め尽くしていく。
「奇麗・・・」
その美しい天体ショーに私は目を奪われた。
「実行」
セイが気負いなく最後の一言を発した。
「はい、おしまい」
セイが言うと同時に、天空を覆いつくしていた巨大な文様は溶けるように消えて無くなった。それと入れ替わりに本来の夜空の色が戻ってくる。
「見てごらん。ここから人族の軍が見える。夜通し行軍なんて無茶な事してたけど、進行が止まったね。日が昇れば、その内自分達の国へ帰ると思う」
セイが指さす先には地平線が見えて、その先が薄っすらと白みがかってきている。もうすぐ夜が明けそうだ。遮るものもない荒野の真ん中で、黒い塊が蠢いていた。あれが人の国の軍隊かな。
上空に留まりながら、ぼんやりと軍隊の様子を眺めていたその時、突然辺り一面に教会で鳴らされるような荘厳な鐘の音が響き渡った。
「な、何?!なんの音?!」
結構な音量の鐘の音に驚いて、私はセイの首にしがみ付く。
「は、ははは。このタイミングで!俺の仕事は、これだったかあ」
セイは鳴り響き続ける鐘の音の中で、さもおかしいと笑い続ける。
「奈津。これ見て。魔王の代替わりが成された。俺はもう魔王じゃなくなっちゃった」
「ええ?!」
セイが自分のTシャツの襟ぐりを少し降ろして見せる。セイの胸元には、魔王の印という美しい白銀の文様があったんだけど、今その文様は輝きを失い黒いカッコいい文様に変化していた。
「とりあえず、いったん双翼達の所に戻ろう」
私達は空の上からお爺ちゃん達が待っている森の中へと戻った。その頃にはなり続けていた鐘の音もいつの間にか止まっていた。
「代替わりが成されたな、先代よ。しかし凄まじい極大魔法であった。魔王固有のものか」
「うん。正しくは俺だけの固有魔法で、もう魔王じゃない俺は二度と使えない。まあ奈津から魔力を分けてもらわなかったら、これほどの規模の魔法構築は無理だったけどね」
魔法の事はさっぱり分からない私も、さっきの夜空を覆いつくす文様は只事じゃないと思った。セイの放った魔法は、トランお爺ちゃんをして凄まじいと言わしめる魔法だったようだ。
「さて、俺はもう魔王じゃなくなったけど、クルムの為と、少し増えた大切な者達のためにもう少し働こうかな。そろそろカイトとの約束の時間だしね」
鬱蒼と木が生い茂る深淵の森にも、朝日が少しずつ差し始めていた。




