魂分けの旅 1
ちーちゃんが無事に赤ちゃんを産んだ。
初産かつ双子という事で、ノエイデス家は細心の注意を払った万全の体制でちーちゃんの出産に臨んだ。
そして無事に双子はノエイデス家にやってきてくれた。驚くほどの安産だったとエイダお祖母ちゃんは言っていたけど、安産だろうが痛いものは痛いわよーと、出産後のちーちゃんは疲れた顔で笑っていた。
ノエイデス家に赤ちゃんが生まれたのはカイトお兄ちゃん以来280年ぶりという事で、ノエイデス家のお祝いムードは赤ちゃん誕生から3か月たった今も冷めやらない。
高魔力の者が多い高位貴族の家門は子供が生まれにくい傾向にあるそうなんだけど、ノエイデス家は数百年の内に3人の子宝に恵まれた。そのことは魔国内でも滅多にない慶事で、各地から続々とお祝いが届いているそうだ。「これはいずれお披露目会をしないとなりませんね」なんて、エイダお祖母ちゃんはますます溌溂と張り切っている。
ブランパパが親バカを爆発させているのは言うまでもない。ちーちゃんの臨月前からブランパパは残業を一切せず、何なら溜まりまくっている休暇をここぞと消化し始め、お願いだから週に3回は登城してくれと部下さんが泣きながら迎えに来るという一幕もあった。
今はさすがに落ち着いたのかと思えばそんなことはなく、早期リタイヤを目指し自分の仕事をバンバン下に降ろして、自分無しでも政務が回るように部下をしごいているのだそう。先代の時代から長らく宰相職についていたので、そろそろ世代交代して余生を可愛い妻子と過ごしたいとブランパパは言っている。
ちなみに魔国の人達の寿命は魔力量によって物凄い開きがある。王都城下で暮らす一般国民でだいたい寿命は200歳前後。高魔力保持の王城官吏クラスになると500年以上はざらに生きる。幹部クラスになると、個人差はあれど3000年以上、魔王レベルだと万を超えるのではという話。しかし魔王の在位の期間は代々200~300年と、寿命と比べてとても短い。セイの前の魔王様が1000年を超えたのは特別長かったのだそう。
個人差と環境にもよるけど高魔力を持ち、且つ子供が安心できる環境で養育される場合は、特に成長がゆっくりだと言われている。お兄ちゃんがクルム君位の大きさになるまで、なんと50年かかったそうだ。それを聞いて基本ポジティブ思考のちーちゃんも、さすがに遠い目になっていた。
最愛の妻を支えるためにも、ブランパパは退職に向けて色々身辺整理をしている。しかし早期退職を目指すブランパパと、残留を求める部下さん達との攻防はまだ続いている。
常春の魔国王都は一年中過ごしやすい気候で、今日はノエイデス家の庭園で私とセイは双子の顔を見せてもらっている。
「かわいい。ムチムチしてきてる」
双子は女の子と男の子だった。
女の子はちーちゃんと同じ栗色の巻き毛で、切れ長の茶色の瞳が凛々しく、顔だちはブランパパに似ている。かっこいい美人になりそう。男の子はブランパパと同じサラサラの黒い直毛で、ぱっちり二重の黒目が可愛らしい。ちーちゃんによく似ている。こちらは麗しいイケメンになりそう。二人とも絶妙に両親の良いとこ取りをしている。
女の子はエリカ、男の子はクリスと名付けられた。エイダお祖母ちゃんと、ノエイデス家の先代ご当主様から一文字ずつもらったのだそうだ。覚えやすいし、とても良い名前だと思う。
二人の内クリスはちーちゃんの腕の中で、ちーちゃんが私に体が向くように抱っこしてくれている。クリスはおっとりしていて大人しくて、ぱっちりお目目でジッとこちらを見つめてくる。何も食べていないのに口をもぐもぐしているのがたまらなく可愛い。私は二人の愛らしさに口元がにやけて仕方がない。
もう一方のエリカはなんとセイの腕の中にいる。この双子達はちーちゃんの子供だからなのか、セイの魔圧の影響を全く受けなかったのだ。けれども魔力がほぼ無いちーちゃんとは違い、この双子は生まれた時点で高魔力を保持していることが確認されている。その上、大きくなればもっと魔力量は増えるだろうと言われている。魔王の魔圧の影響が無いことについては王宮魔術士達も説明を付けられず、とりあえず私とちーちゃんと同じ体質なのだろうと今の所言われている。
「んっ、んっ」
「エリカ、痛いよ。だーめ」
セイは優しくエリカをいなす。セイの腕の中で、エリカは一生懸命セイの白銀の一房に手を伸ばしている。
最初にセイがエリカを抱っこした時、エリカは渾身の力でセイの髪の毛を引っ張り、魔王陛下に悲鳴を上げさせるという前例のない偉業を成した。それ以来セイは、双子に会う日は白銀の長髪を奇麗にお団子に纏めるようになった。お団子ヘアも似合うイケメンは、なかなか居ないんじゃないだろうか。しかしエリカは不屈の闘志で、今日もセイのフェイスラインに沿って残る短めの一房を狙っている。
ちなみにエリカはお兄ちゃんの黒髪には興味を示さない。お兄ちゃんがわざわざポニーテールを解いてエリカに迫っても、エリカはその黒髪に手を伸ばすことは無かった。悔しそうなお兄ちゃんにお腹が痛くなるくらい笑わせてもらった。セイのキラキラの白銀がエリカは気になるのかもしれない。キラキラする物が好きなんて女の子らしいとブランパパは目を細めていた。お年頃のエリカがブランパパを手玉に取る将来が今から目に見えるようだ。
おっとりしていて大人しいクリスはひたすら可愛い。活発でやることなすことに目が離せないエリカもとても可愛い。私は幸せ溢れるノエイデス家にお邪魔する度に、充足感で胸がいっぱいになる。
「千紘、体の調子はどう?」
「ノエイデス家のみんなのお陰でだいぶ調子は戻ったのよ。夜は眠らせてもらえるのが、本当にありがたいの。ブランさんとお義母様の手配に感謝だわ」
出産後からの新生児期のお疲れモードをちーちゃんは脱出したようだった。
双子なので授乳の量も回数も二倍なのだ。体重を落とさないように食べることが、ちーちゃんの今一番大事なお仕事だった。双子のお世話は使用人さん達が3交代でチームを作り、夜間授乳には2人の乳母さんが交代でちーちゃんと変わってくれている。
双子は大勢の手によって大切に育てられている。使用人さん達にとっても双子のお世話は争奪戦が起こる人気のあるお仕事で、皆さんとても楽しそうにちーちゃんと双子の生活を支えてくれている。
「なら良かった。千紘、俺と奈津、しばらく旅行に行ってこようと思って」
「旅行?どこに?」
初耳なんですが。
「千紘の体調が回復したらってずっと考えてたんだ。ちょっとヴィントに聞きたいことがあって、ヴィントの領地まで行ってきたい」
ヴィントさんはセイの前に魔王をしていた人で、セイがクルム君のお世話をしているように、小さいセイはヴィントさんにお世話をしてもらっていたのだそう。
「私とセイの二人で?」
「俺と奈津と、クルムに何かあったら大変だから、クルムも連れていく。クルムが来るとフロントゥイネも付いてくる。一応護衛にトランウィッシュとウォーエンドッドも連れていく。あとはもう少し将軍クラスを護衛に連れて行こうかな・・・」
結構な大所帯になりそう。
「あら、楽しそうじゃない。私もなっちゃんも魔国に来て遠出したこと無かったものね。お土産話を楽しみにしているわ」
「うん、気を付けて行ってくる。奈津もいいかな」
「セイのお仕事が大丈夫なら、私は全然OKだよ」
ブランパパ窓口のお手当の要請は今全くない。セイの都合が良いのなら私は全然かまわないのだ。
旅行かー。
遠出したいとか今まで思いつきもしなかったな。毎日が十分楽しすぎて。
それでも初めての魔国の旅行と思えば、俄然楽しみになってきた。魔国のガイドブックとかないのかな。行く先々でご当地名物を食べたり、いろんな景色を眺めたり、楽しそう!
奇しくも今日、ちーちゃんに旅立ちの挨拶をすることになってしまった。ブランパパやお兄ちゃんにも挨拶をと思ったら、二人はあっさり「気を付けて」なんて言ってくるので、セイと事前の打ち合わせは済んでいたのかもしれない。
自宅に帰って、さあ!旅行の準備だ!とお泊り道具など考えようかと思ったら、セイがもの言いたげにこちらを見ている。
「えーと、奈津。旅行には行くんだけど、夜は転移で自宅に戻ろうかと思っているんだ」
「えっ」
セイが申し訳なさそうな顔でこちらを見ている。
「清川の家と王城以外に俺が泊まれる場所がないと思う」
「あー・・・」
納得した。王城は防護服対応で魔王のお世話を出来るけど、王都外のお宿でそんな事できないもんね。ラノベでよくある、国王巡幸で貴族のお家に泊めてもらうっていうのも同様の理由で無理だろうし。
「行ったことが無い場所には転移できないから、ヴィントの領地までは自力で行くしかないんだけど、進めるだけ進んだらいったん自宅に戻って、次の日は前日のポイントからまた移動を繰り返す感じ。ごめんね。行く先で泊まったりとか、楽しみだったよね。俺が一緒だから、魔動列車にも乗せてあげられない」
おお・・、セイがしょんぼりとしているではありませんか。
「セイと日帰りで初めての場所に毎日お出かけ出来るじゃん。それだけでめちゃ楽しみだよ!」
「ありがとう」
セイがホッとしたように少し笑う。
楽しみ方は自分でも考えますよ!私は一人で勝手に楽しくなれる人間ですので。
「で、移動はどうやって?車?」
「車は王都外では走れる道はないんだ。馬車も馬が怖がって俺が乗れないから、それで、奈津ちょっとこっちに来て」
セイに清川の家から庭に連れ出された。
「神獣達、こちらに来い」
セイが神域の開放的な緑の丘に向かって軽く呼びかける。
セイが声をかけてしばらくすると、神域のなだらかな芝生の丘の向こうに神獣のお母さんがひょっこり顔を出した。その後ろから神獣の子供も元気よく飛び出してくる。神獣のお母さんとその子供がこちらに向かって駆けて来た。
神獣の赤ちゃんはすっかり大きくなって、今では見上げるほどだ。神獣のお母さんは座位で二階建ての清川家を優に超すサイズ。神獣の子供は座位で清川家の一階を軽く超すくらいかな。体長が2メートルに満たなかった初対面の時と比べたらとっても大きくなった。
「奈津、移動は神獣に乗ろうと思う。契約をするから子供に名前を付けて」
「契約!」
なんてファンタジー!
神獣親子達については清川家でお世話することもなく、神域に勝手に住み着いている位の認識だったので、何となく名前も「お母さん」とか「赤ちゃん」とか適当に呼んでいたのだった。
・・・・。
うーん、パッと良い名前が思いつかない。
神獣の赤ちゃん、白い虎。お母さんの見た目は黒いシマシマがないホワイトタイガーなんだよね。ホワイトタイガーの子供の虎。小虎ちゃん。
「ガウーンウングルルル」
突然神獣の子供が喉を鳴らしながら私の目の前で私を抱える様に伏せをして、大きな頭部をグリグリ擦り付けてくる。
「契約できたね」
「えっ?!」
名前言ってませんけど?!それと何をもって契約したの?!
「なんて名前つけたの?」
「ええっ?!」
私の方が知りたいんですけど?!
神獣の子供が伏せをする直前、私は何を考えていたっけ?子供の虎・・・。
「・・・小虎ちゃん?」
「ガーウ!ウングルルル」
子供が返事らしきものをする。というか、私の考えが神獣に伝わっちゃうの?
「私、言葉に出してないんだけど」
「高位の神獣は気に入った相手の思念や感情を読み取る事があるよ」
そ、そうかー。小虎ちゃん、ごめん。適当につけた感がすごすぎる。
「じゃあ、親の方、おいで」
セイが呼ぶとお母さんがいそいそとセイの目の前にやってきて、小虎ちゃんが私にしているようにセイを前足の間に入れて、目を閉じて伏せをした。
深淵の森で出会った時から思っていたけど、神獣のお母さんはセイを大好きっぽいんだよねー。すごい一途にセイを慕っている様子なんだけど、普段のセイはまったくお母さんに関心を示さない。それが今珍しくセイから呼ばれて、何なら側に来いとまで言われて、お母さんはセイの至近距離でうっとりと目を閉じている。
「・・・虎」
虎?!今、虎って名付けた?!
「ガウルルルル!」
神獣のお母さんが歓喜の咆哮をあげた。するとお母さんからセイに黄緑色の光の線が伸びて、右手首に絡まり消えた。
今のが契約?
セイの右手首を確認すると、5センチ幅位のヨモギ色のラインがぐるりと取り囲んでいた。私の右手を見るとセイよりは細い、3センチほどのエメラルドグリーンのラインがぐるりと取り囲んでいる。これが契約の印だという。
「小虎より大きいから虎」
セイが無表情で私に説明する。
お母さん改め虎は満足気に少しだけ鼻先をセイに押し付けて、ディーゼル車並みの振動で喉を鳴らしまくっている。そのいじましさに余計胸が痛くなる。うん、私が全部悪かった。
この神獣親子の名づけについては、「それは酷い」と周囲から長らく言われ続けることになるのだった。




