二人の癒し手 2
いじめ、不登校の描写があります。
治療院に行くと、緊急に受け入れられていたのは8名。全員フォークさんの部隊の人達だ。全員が意識はあるけど、不安そうな顔でベッドに横になっている。その中でも治療士さんがベッドサイドについて治療をしている人が4名。
物々しい雰囲気の中、黒子頭巾を装着した私の登場に隊員の皆さんはますます不安そうな顔になった。
「お方様」
カールさんが私を呼ぶ。
私の名前を呼ぶのも、今魔国で出回っている噂との兼ね合いで「癒し手」呼びも良くないだろうという事でのこの呼び名である。もう好きに呼んでもらったらいいと思う。私はこの場で声を出すのも禁止されているので、一つ頷いてカールさんに近づいた。
「お願いできますか」
カールさんが付いていた隊員さんの顔色は一際悪い。カールさんが見せてくれた隊員さんの右手は肘から下全体が青白く光っていて、指先は弾くとカンと音がするほど硬質化が進んでしまっていた。まるで魔障熱を長年我慢したエイダお祖母ちゃんのようだ。急激にこのような変化が起きて、すごく怖かっただろう。
そっと右手の先を握る。状態が元に戻るようにと、ゆっくりと掌を硬い指先から肘の辺りまで何度も往復させる。フォークさんよりもずいぶん時間がかかったけど、最後には青白い光は全て消えて、隊員さんの右腕は指の先まで柔らかい元通りの皮膚を取り戻すことが出来た。
この隊員さんの他に3名、皮膚の硬質化が見られた人を元通りにする。他の方たちは、頭痛や微熱を訴えてはいるが、見てみると足や腕に薄っすら青白い光が見える程度。でもこれからどんな症状が出るか分からないので、光が全て消えるように手当を全員にしていく。
隊員さんの全員が異界人から治癒魔法を受けていた。私が教えてもらった隊員さんの怪我の箇所と、魔力過多で発光している箇所は綺麗に一致していることをカールさんには伝えておいた。フォークさんと同様に隊員さん達の光る箇所も、これまで手当てした魔障害の人達と違い、手当中に光の収束と共に体表を移動することはなく、治癒魔法を受けたという箇所に留まっていた。私ではこの違いの理由も分からないので、この事もカールさんに伝えておく。
全員の処置が終わると、外は薄っすら明るくなっていた。日付が変わる頃に呼び出しがかかったので、眠くて目がショボショボする。後始末は治療院の方に任せ、ぼんやりした頭のままお爺ちゃん達に執務室で待つセイの元に連れて行ってもらう。
「奈津、お疲れ様」
「うん」
眠い。セイに抱っこしてもらうと、自然と瞼が下がってくる。
「このまま寝てもいいよ」
「うん・・・」
お風呂も済ませてもう寝るばかりだったのだ。目をつむると、セイが私を運んでくれているのがわかる。家に帰る前に魔力を抜かなきゃいけないかも。任せちゃって、セイごめん。とか思っているうちに私は意識を手放してしまった。
目が覚めると、部屋の中はだいぶ明るくなっていた。しかし、布団にすっぽり入っている私は良い感じの薄暗さの中にまだいる。
「おはよう、奈津」
あれ、セイは仕事、休みだったっけ?
考えがまとまらないまま、目の前のイケメンの顔を眺める。温い。気持ちいい。もう少し眠りたいかも。
さらりとしたリネンはとても良い香りがして、真っ白な羽根布団をセイと一緒に被っていると、ここから出ないでずっと惰眠を貪りたくなる。これは人をダメにする布団だ。
・・・うちにこんなに立派な布団あった?
「お腹減ってない?洋食か和食か、好きなごはん選べるけど」
なんで選べるの。私たち以外に誰が作ってくれるというの。
さすがにおかしいなと思った私の意識は一気に覚醒した。
「ここ、どこ?」
「城の俺の部屋」
私はベッドの上に起き上がって、周りを見回した。
初めて見る天蓋付きのベッドのレースのカーテンは閉められていて、薄っすら部屋の様子が透けて見える。これが魔王様のベッド。でっかい。6人くらい余裕で寝られそう。
セイがベッドサイドの呼び鈴を鳴らすと、失礼しますと断りながら何人かが室内に入ってきた。
「陛下、失礼いたします」
そっと天蓋から下がるカーテンが少し開かれると、制御室の人が身に着けていた、まるで宇宙服のような防護服に身を包んだ女性が顔を覗かせる。
「おはようございます。宝珠様もお目覚めでございますね」
ヘルメットのフェイスカバーの向こうで、女性がにっこり笑う。
「お、おはようございます」
「お食事は召し上がれそうでしょうか。和食か、洋食か、軽めがよろしければ中華粥はいかがですか?」
「あ、中華粥食べたい・・・」
「かしこまりました。陛下は宝珠様と同じものを召し上がりますか?」
セイの無言の頷きを確認すると、女性はスルスルと天蓋のカーテンを開けた。
魔王の寝室は清川家の一階がすっぽり入るんじゃないかってくらい広々としていた。寝室には大きな両開きの窓があり、そこからバルコニーに出られるようになっている。その大きな窓の近くにはテーブルセットがあり、防護服に身を包んだ女性が3名ほどで食事の準備をしてくれているっぽい。遠くでこちらに会釈してくれるので、こちらもベッドの上からぺこりと挨拶を返す。
「準備が整うまでお飲み物をどうぞ。宝珠様はどちらになさいますか」
女性がメニューを見せてくれる。メニューて。紅茶だけで5種類くらいあって、何が何やら。
「陛下はいつものコーヒーでよろしいですか」
「私もそれで」
セイのコックリに便乗して私もコーヒーをもらう。ベッドの上で。
どこのセレブか、と思ったけど、セイは魔王陛下だった。セイは清川家で暮らすまではこういう生活していたんだなあ。今では私が寝過ごすとちゃちゃっと朝食のハムエッグとグリーンサラダなどを作ってくれちゃうセイは、順応力がとても高いと思う。
コーヒーを飲んだ後は、顔を拭くぬるま湯とタオルをベッドサイドに持ってきてくれちゃう防護服の女性達。セイは女性達がサイドテーブルに置く道具で、自分で身支度を整えている。じゃあ私も反対のベッドサイドで身支度しようとベッドの端に寄ると、何故か私には身支度道具を持った女性達が迫ってくる。私に女性達集まりすぎでしょう。魔王陛下はあちら、あちらですけど。
「さあ宝珠様、お任せくださいませ」
「さっぱりいたしますよ」
「御髪も少し整えましょう」
私を包囲した女性達が密集し、分厚い防護服がガサゴソとこすれ合い、時々ヘルメットがゴツとぶつかり合う音までする。
「お、おぶ。お構いなく」
「ご遠慮なさらず」
「美しい御髪でございますねぇ」
「お鼻もお口もお小さくていらっしゃるのですねぇ」
助けを求めようとセイを見ると、こちらを見て声を殺して笑っている。
面白がっている!
ニッコニコの防護服の女性達を無下にもできず、私がしばらく捏ね繰り回されたのち、食事の準備が整った。
テーブルには湯気が立つ中華粥とトッピング数種が用意されていた。豪華な海鮮粥とかもあるけど、これは鶏出汁のお粥で私の好み。カリカリの揚げワンタンもある。自宅で作るにはトッピングの準備が何気に面倒くさいので、用意してもらえてとても嬉しい。防護服の女性達は食事の準備が終わると静々と退室していった。
「ふふ、奈津。侍女たちがゴメンね。俺があまり城に泊まらないから、今日は皆張り切っているんだよ。奈津が城に初めて泊ったしね。俺には長い時間侍女たちは近づけないし、世話のし甲斐の無い魔王だから、奈津に構う事ができてみんな嬉しいんだよ」
防護服の女性達は王のお世話をする為にお城にいる侍女さん達で、セイがたまにお城に泊まる際には不自由がないようにと、常に王の部屋を管理している方達なのだそう。
「セイは清川の家で暮らすの大変じゃない?ここに居たら、家事なんかする必要ないし」
「清川の家はあの小さいのが良いんだよ。奈津の傍にいつも居られるし、奈津の為に家事をするのは楽しい」
「そそそ、そう?!」
セイの不意打ちのスパダリ発言に、顔が一気に熱くなる。魔王で、イケメンで、稼ぎもあって、イケメンで、私の為に家事をするのも苦じゃないなんて、こんなイケメン他にいる?!セイにはこのように、忘れた頃に未だにドキドキさせられている。
それから軽くご用意していただいた中華粥をがっつりいただき、「宝珠様、お召し替えを」とにっこり微笑む侍女さん達に抗えず、再び別室で捏ね繰り回される私。
魔王の寝室に再び戻された私は、美しいドレスに身を包んだ令嬢に見えなくもなくなっていた。コルセットとか異様に膨らんだパニエとか着けられなくて助かった。まあ、セイにすぐ抱っこされちゃうからね。胸の下に切り返しがあるエンパイアドレスなので、うっかりお腹の上まではだけない様に気をつけねばならない。
セイが戻ってきた私を笑顔で抱き上げる。そんな私達を見て、侍女さん達もニコニコ笑顔で退室していった。
「奈津、可愛い。お姫様みたい」
「あ、ありがとう」
そんなセイは、今日も安定のユニクロコーデ。素材が良すぎると何を着てもモデルさんにしか見えませんな。本気の正装をした魔王様コスのセイを、いつか見てみたいものだ。
それから、私が着替えをしている時、お兄ちゃんからセイに報告があった。
「辺境で保護した異界人が、明日の昼には王都に到着するんだって。対応はカイトに任せるつもりだけど、こっそり様子を覗いてみる?」
「いいの?」
王城での面談で、異界人の要望も聞きながら魔国での対応を決めるのだそうだ。
治癒魔法と軍人さん達の魔障害の因果関係ははっきりしていないんだけど、解明に協力してくれそうな人ならいいな。
「話によっては問答無用で元の世界に戻せるし、魔国外に飛ばすこともできる」
またセイは、話を聞く前からそんな攻撃的な事をいう。
その日はお城に用事は無かったので、私がもう帰ろうとすると侍女さん達がとても悲しそうな顔をする。侍女さん達の無言の懇願に負けた私は、その後お城ツアー(王の居住区)に参加し、魔王専属厨房が総力をあげたアフタヌーンティーをお爺ちゃん達といただいた。そしてセイの仕事終わりを待って、二度目の衣装替え。その後に魔王専属厨房の総力をあげたディナーをセイと一緒にいただき、満足げなお城のスタッフの皆さんに見送られてやっと神域の自宅に帰ることが出来た。
そして、この日のセイの異界人への発言は、しっかりとフラグになってしまったのだった。
数日後、辺境からやってきた異界人と魔国側の面談の日がやってきた。
時間は午前中に設定され、私はセイの執務室でモニター越しに異界人とお兄ちゃんの会話を見せてもらうことになった。モニターを前に私はセイに抱っこされ、左側には今日は小さいお爺ちゃん達、右側にはフーさんがスタンバっていた。
画面に映る部屋には大きな円卓が置かれており、ちょっとした会議室っぽい。部屋の最奥にお兄ちゃんが座り、異界人がやってくるのを待っている。お兄ちゃんの後ろにはフォークさんが控えていた。アングルとしては、フォークさんの後ろにカメラがあると言った感じで、お兄ちゃんの後ろ姿の向こうに部屋の出入り口のドアが映っている。
やがて部屋のドアが開き、案内人に付き添われ一人の女性が部屋に入ってきた。
私はその女性の顔から目が離せなくなった。
「奈津?」
不思議そうにセイが私の名前を呼ぶ。
私はセイに答える余裕もなく、その女性の顔を食い入るように見つめていた。
『異界人殿、遠路はるばる魔国王都へようこそ』
今日の面談が始まった。
『俺は魔国軍六将の一人、カイト・ノエイデスだ』
『高橋愛花です』
うまく息が吸えなくて、呼吸が荒くなる。
「奈津、どうしたの。大丈夫?」
セイの言葉に首を振る。返事のかわりに、体の前に回されたセイの腕にギュッとしがみ付く。
高校2年生の時、たまたま同じクラスになった。
友達でも、知り合いですらなかった。
私に近づいてくる時はいつも笑顔だった。
面白い遊びを考えついたような、楽しくて笑わずにはいられないといった、笑み崩れた顔。
「奈津!」
鋭くセイに呼ばれて、意識を今に引き戻された。
「あ・・」
「奈津、少し休む?」
部屋にいるみんなが心配そうにこちらを見ている。
セイの腕にしがみ付く私の両手は細かく震えていた。深呼吸をして、どうにか手の震えを抑える。
お兄ちゃんの面談は進んでいる。
「ううん、聞きたい」
聞いておかなければならない。彼女がどのような希望を持っているのかを。
面談は最後まで進み、私の願いとは裏腹に、高橋さんは元の世界に戻ることを希望しなかった。
モニターは片づけられ、セイの執務室で今は皆でお茶を飲んでいる。
フーさんが私にはカモミールティーを入れてくれた。
「おいしい」
「よろしゅうございました」
微笑みながらもフーさんは気遣わし気にこちらを見ている。トランお爺ちゃんもドッドお爺ちゃんも心配そうな顔をしている。セイが膝の上から私を下ろさないのはいつもの事だけど。
「うまく話せるか分からないけど、聞いてくれる?」
私は高校2年の時に起こった話をし始めた。
高橋さんとは高校2年の時に初めて同じクラスになった。中学も違ったしそれまで接点は一切無かった。おしゃれな女の子達のグループにいる、いわゆるスクールカーストの上位に所属している可愛い子だった。
切っ掛けは何だったのか分からない。高橋さんは私をクラス内でからかうようになった。髪型の事、持ち物の事、私の発言について。私の事をあげつらっては、笑うようになった。
『清川さん、ウケルー』
高橋さんがそう言って笑うと、傍にいるクラスメイトが一緒になって笑う。
いつのまにか私はクラスの中で、いじってもいい人、笑ってもいい人、というポジションになっていた。
そうすると、高橋さんだけでなく、クラス全体が私を雑に扱うようになった。面倒を押し付けていい人、下に見て馬鹿にしていい人。私の困りごとはクラスの笑えるネタになった。
高橋さんは私の傍にいる時はいつも笑っていた。まるで一緒に楽しくお話していますよ、私達は仲良しですよ、といった体で。一度、担任に相談をしたら、考えすぎだと言われた。
お前達、仲が良いだろうと言われて、担任に相談する事を諦めた。
クラスメイトが、特に女子が数人で固まっているグループが怖くなって、夏休みの終わりには不登校気味になった。この段階になってクラスの担任が、高橋さんを含むグループと私で話し合う機会を作った。
『遊びのつもりだった』
『冗談だった』
口を揃えてクラスメイトは言った。
いじめは無く誤解だったと話をまとめた担任が、最後に私に謝るようにとクラスメイト達を促した。高橋さんの間延びした『すみませんでしたー』の科白は、ふとした拍子に何度も思い出されて、その度に動悸がした。
私は高3の春まで完全に不登校になった。
ちーちゃんと清川のお爺ちゃんは「学校に行かなくても、色んな生き方がある」と言ってくれた。二人の理解があり、私は安心できる自宅でゆっくり心と体を休めた。
それから高3になって担任とクラスメイトも変わり、どうにか学校に復帰できた。
「なるほど、生かしておく理由がございませんね。八つ裂きにします」
「フロントゥイネよ、それでは後の処理が面倒じゃろう。業火で焼き尽くす方が良いのぅ」
「いやいや、火事にでもなったら大変じゃ。深淵の森に置き去りでよかろ」
「確実性が無い。森の地中に埋める」
こうなると思った。
「えーと、許せないし、絶対会いたくないけど、私に関わってこなければそれでいいかな、なんて・・・」
私の発言に四人がそれぞれフーとため息をつく。
「ナツちゃんの優しさは美徳じゃが、放置できん性悪という者は居るぞ。この者はあちこちで問題を起こしそうじゃのう」
トランお爺ちゃんが顔をしかめている。
モニターに映るお兄ちゃんと高橋さんの面談中の対話に、執務室は言葉もなく静まり返っていたのだ。
『君が治癒魔法をかけた隊員8名が体調不良に陥った件だが』
『えー。何それー。私の所為だって言いたいんですかー?証拠は?治して欲しいって言うから魔法かけてあげたんですけどー?最悪―』
『君の今後の希望を聞かせてほしい。元の世界に帰すこともできるし、魔国に残るのであれば衣食住の保証は約束する』
『マジで!異世界イージーモードじゃん!帰っても大学の男共はパッとしないし、この国の人達レベル高いし、もう少しここに居てもいいかもー。ま、嫌になったら速攻帰るけど。私の魔法って凄いんでしょ?時々なら使ってあげてもいいし?』
高橋さんは終始このような調子だった。
モニターの端に映るフォークさんの握りこぶしには、怒りを堪える様に度々力が入っていた。一方お兄ちゃんは高橋さんの態度を取り合わずに流し、最後まで冷静だった。呆れて怒りすら湧かなかったのかもだけど。
「はっきり言って、ナツちゃんの事を差し引いても、ただただ性格の悪い女子じゃの。行儀も悪く下品じゃ」
ドッドお爺ちゃんの言葉に執務室の全員が頷く。
「王都までの道中で、行く先々で「癒し手」として歓待を受けたようです。増長したのでしょう、愚かとしか言えぬ」
真顔のフーさんの口元からギリリと歯ぎしりが聞こえる。
みんなが本気で怒ってくれているのが分かって、鼻がツンとしてきた。
「奈津」
「ふふ。違うの、嬉しくて」
みんなが真剣に怒ってくれている時に、そんな場合じゃないんだけど嬉しくて涙が出てくる。魔国に来るまでは、私の味方はちーちゃんしか居なかった。今は親身に心配してくれる人がこんなにいる。
「みんな、怒ってくれて、ありがとう。もう2年も前の話なの。でも、久しぶりにあの顔を見たら、胸がドキドキして、手も震えて。私、情けない。でも、やっぱり怖い」
「まだ、2年だよ」
セイがぎゅっと私を抱きしめる。
「俺は200年前に実の親にされたことを、未だに思い出す。酷いことをされたら、怖いのも悲しいのも当たり前」
初めて聞くセイの親の話だった。
「そっか・・・、そうだね」
頑張って忘れて、乗り越えなきゃならないと思っていた。
怖いとか悲しいと思うのは、私が弱いからじゃない。
傷ついている自分を許してもいいんだ。
2年前に見ないようにして胸の中に押し込めていた、カチカチに固まった傷ついた心が、ゆっくり解けていくような気がした。




