ちーちゃんの嫁入り 3
あっという間に10日が経ち、またノエイデス家にお泊りの日がやってきた。
今回はちーちゃんとランチをした後、セバスチャンさんにエイダさんへ取次ぎをお願いし、キチンとお伺いを立ててお邪魔したのだった。
「こんにちは」
またあの可愛らしい水色のお部屋に通していただいた。
「よく来ましたね、ナツ。お掛けなさい」
今日もエイダさんは姿勢美しく、前回と同じテーブルについて私を待っている。
キャシーさんに手土産を手渡すと、ニヤリと一笑いしてキャシーさんはエイダさんの前にそっと置いた。キャシーさんは隙あらば私をからかってくる。私は魔女に怯える年頃の子供ではないんだけど。自分の容姿が魔女っぽいと自覚して悪乗りしてくるキャシーさんは、なかなか面白いおばあちゃんである。
「まあ、美しいわ」
エイダさんは箱のふたを開け、整然と並ぶ色とりどりの小さな干菓子に見入っていた。
面白駄菓子であわよくば笑ってほしいなと思ったんだけど、それよりも純粋に喜んでほしいもんね。一緒にガラスのポットに入った金平糖もお渡しした。両方見て楽しいし、お茶に合うと思う。
私は自分用に駄菓子を持参した。単純に食べたくなったから。キャシーさんが興味津々だったので、少し分けてあげていたら、なんとエイダさんも「それは何」と興味をお持ちになった。高級紅茶に合うかは置いておいて、鈴カステラや、サクランボ餅、鯛あられ等がテーブルに並べられた。パチパチパンチは食べて見せたら危険物とみなされて没収されてしまった。
エイダさんは物珍しそうに、そして案外大胆に一つずつ手に取っていく。鈴カステラときなこ棒がお気に召した様子だった。
和気藹々と駄菓子の説明などしながら、和やかなお茶会となった。
「ありがとう、今日はとても楽しかったわ。それで、ナツ。何か聞きたい事があるのかしら?」
お茶とお菓子を十分に頂いた後、エイダさんからそう問われた。
「何故私がここで暮らしているのか、聞かないの?それとも、ブランかカイトに何か頼まれたのかしら」
「いいえ、全く。聞きたいことはないし、頼まれてもいません」
「そ、そう」
私の返答にエイダさんは「本当に?」と訝しげな顔をしている。
そうかー。のこのこと手土産片手に訪ねてきて、目的があると思われたかー。
でも、お兄ちゃんもブランパパもエイダさんの事を殆ど私に話さないんだよね。これはそっとしておくべき、デリケートな家族の問題なのだと思う。
しかし、確かに他の目的はあります。私の下心はエイダさんに透けて見えていたのだろう。
「聞きたいことはないけど、エイダさんにお願いがあります」
「・・・何かしら」
「ちーちゃん、ブランパパと今度結婚する私のお義母さんを、助けてあげて欲しいです」
意外な申し出だったのか、エイダさんの目が丸くなった。
「もちろん、ノエイデス家はブランの新しい妻を大切に迎えますよ」
「そうじゃなくて。私もちーちゃんも魔国に身寄りがいないんです。ちーちゃんは初めての出産で、色々悩んだり、不安に思う事もあると思う」
「ノエイデス家が万全な体制を整えます。それにブランも支えになるでしょう」
「そうだろうけど、そうじゃなくて。ブランパパを産んだエイダさんに、ちーちゃんの側に居て欲しいんです!」
なかなか私の言いたいことが伝わらない。もどかしくて、ついつい声も大きくなってしまう。
「使用人さんは沢山いるし、サポートは万全だと思う。でも、ちーちゃんが困ったときに相談できる家族が、色々教えてくれるお母さんが居たらいいなって・・・」
私にはちーちゃんがいるけど、ちーちゃんにはお母さんがいない。時々は弱音を吐いたり、
それを叱ってもらって励まされたり、頼りになる家族が側に居てくれたらと思うのだ。
「ナツは・・・、あなたのお母さんが大好きなのね。そう言ってもらえて嬉しいけれど、私にはその資格は無いわ」
そう言ってエイダさんは寂しそうに笑った。
「私は、カイトから母を、ブランから妻を奪ってしまった。だからあの子達の側に居る資格はないのよ」
ブランパパの前の奥さん、お兄ちゃんのお母さんの話もこれまで聞いたことは無かった。
話してくれる気になったら、その時に聞かせてもらえばいいと思っていた。
「資格って、パパやお兄ちゃんがそう言ったんですか」
「いいえ。ブランもカイトもずっと私を気遣ってくれているわ。ここに一人で居るのは、私が自分に与えた罰です。私はここでフローラの冥福を祈りながら、あの子の側に行ける日を待っているのです」
何だろう。
一つ強く感じるのは、エイダさんとブランパパ、お兄ちゃん達には圧倒的にコミュニケーションが足りないという事だ。ブランパパとお兄ちゃんがエイダさんを罰として、別邸に押し込めて良しとしている訳なんてないじゃん。どうしてその事をエイダさんは分からないの。何があったか知らないけど、緊張しながら意を決して夕食にエイダさんを誘ったお兄ちゃんの気持ちを、毎晩例え来てくれなくてもエイダさんの席を用意するブランパパの気持ちを、エイダさんは考えた事はあるのだろうか。
それともう一つ、気になる事があるのだ。
エイダさんは口元に微かに笑みを浮かべながら、右手の指先を左手で包んだ。その右手の指先と、左足のつま先が私には薄っすら青白く光って見える。それは目を凝らしてやっと見える位弱い光だけど、確かにそこにある。
「エイダさん。魔障熱、出てませんか」
私の質問にエイダさんはハッと息を呑んだ。
私は体を硬くするエイダさんに構わず近寄り、その右手をぎゅっと掴んだ。エイダさんの指先は、肌色が透けて見える位の薄青の硬い膜に覆われていた。そのまま手を掴んでいると、弱弱しい火花が一度パチッと弾けて消えた。
「ナツ、あなたどうしたの、突然」
驚いて私から右手を取り戻したエイダさんは、その右手の先を見て目を瞠った。エイダさんの右手の先は、健康的な肌色を取り戻していた。
「エイダさん、左足も見せてください」
「あなた、何をするの!やめて!このまま私は、あの子と同じ体になって、あの子の隣に眠るのよ!」
「キャシーさん、エイダさんを押さえて!」
私が叫ぶと、キャシーさんはエイダさんではなく私の言う事を聞いてくれた。
「キャシー!!」
悲鳴じみた抗議の声をあげるエイダさんを、キャシーさんは驚くべき力強さで椅子に押さえつける。
私はエイダさんの前に跪くと、エイダさんの靴を脱がせ、つま先をぎゅっと両手で包む。エイダさんの左足のつま先は右手よりも皮膚の硬質化が進んでいて、もう少しでつま先から透明に透けた魔石のように変わる寸前だった。
体の欠損のような急激な変化が伴う魔障ではなく、子供やお年寄りの魔力循環不全による魔障の場合、放置しているとこのように意識がありながら徐々に魔石化が進む人がいると聞く。
エイダさんは、同じ体になると言った。
「ああ・・・」
エイダさんは諦めたように顔を両手で覆う。
私が数分、エイダさんのつま先を握りしめていると、軟らかい皮膚の弾力が戻ってきた。
「お兄ちゃんのお母さんが、どういう亡くなり方をしたのか知りません。でも、魔石化して若いうちに亡くなるなんて、望んで自然とそうなる訳ない。お兄ちゃんのお母さんは、生きたくても生きられなかったのに、エイダさんは生きる努力もしないで死のうとするの?そんなエイダさんを、お兄ちゃんのお母さんも受け入れてくれるとは思えない」
初対面時ではあんなにビビっていたエイダさんに対して、私は驚くべきことに結構、かなり、怒っていた。
「助かる手段も、受けられる治療もあるのに、自分から進んで魔石化するなんて、私は絶対に許さない!」
私ほどの強引な力技ではなく、治療院の治療士さん達は魔障熱が出た人の体内の魔力回路を活性化させたり柔らかく緩めたりして、体内の魔力の循環を穏やかに促す手助けをしてくれるのだ。きちんと治療を受ければ子供もお年寄りも魔障熱で魔石化するなんて、まずない。ここまで魔障熱が元で魔石化が進むなんて、エイダさんはどれほどの体調不良を我慢していたんだろう。
「エイダさんがいくら治療を拒んでも、私がその都度必ず治します。パパもお兄ちゃんも悲しませて、身勝手に死のうとするなんて、そんなこと絶対にさせません!」
「なっちゃん、落ち着いて」
怒りに突き動かされる私の肩を、ふんわりと柔らかな熱が包む。
「軍人さんの事と、お義母様の事は違うお話でしょう?」
「ちーちゃん・・・」
エイダさんの部屋のドアは開かれていて、心配そうなセバスチャンさんがこちらを見ていた。気付くと約束したお迎えの時間をだいぶ過ぎていた。
エイダさんはショックを受けた様子で、椅子に座ったまま靴も直さずに俯いていた。
「お義母様、初めまして。千紘です」
ちーちゃんはエイダさんの手を取り、椅子の脇に膝をついてエイダさんの顔を覗き込む。
「どうぞ仲良くしてくださいね」
エイダさんの顔を覗き込んでいたちーちゃんは、そのまま伸び上がるとエイダさんの首にギュッと抱き着いたのだった。そのままちーちゃんは長い間エイダさんを抱きしめていて、エイダさんが震えながら泣き出すまでその抱擁を解かなかった。
「フローラさんの事は、お義母様のせいではないですよ。だからお義母様、元気で長生きして下さいね」
「ごめんなさい・・・、ごめんなさい。わかったわ」
「私、魔国の勝手がサッパリわからなくて。色々教えて欲しいのです」
「そう。なら、私に安心してお任せなさい」
エイダさんは泣きながら、ちーちゃんは労わるような笑顔を浮かべて、二人はとっても良い感じになっている。私が頼むより、なんとすんなり事が運ぶことか。
「あの・・、エイダさん」
私は恐る恐るエイダさんに声をかける。明らかにさっきは言い過ぎてしまった。
「何も知らないのに酷いことを言って、ごめんなさい」
「いいのです。おかげで目が覚めたわ。ナツ、私の事はお祖母様と呼んでちょうだい」
「お祖母ちゃん」
「あら。まあ、いいでしょう」
お祖母様呼びは、お父様呼びと同様に少し恥ずかしい。エイダお祖母ちゃんはそれで勘弁してくれた。スラリとした長身のお祖母ちゃんに抱きしめられると、上品な花の香りがした。
「さて、ブランとカイトに謝らなければなりませんね。少し、緊張するわ」
「大丈夫。私となっちゃんが付いていますよ。今夜から一緒に夜ご飯を食べましょう?」
可愛いお嫁さんのちーちゃんがエイダお祖母ちゃんの手を引き、三人で本邸へと向かう。
案内役のセバスチャンさんは号泣が止まらず、キャシーさんが本邸まで案内してくれた。
本邸についたらついたで、エイダお祖母ちゃんの登場に使用人の皆さんが歓喜に沸いた。その勢いのまま、急遽食堂にお祝いの飾りつけなどがされ始める。
「あなたたち、そんなに大げさにしないでちょうだい」
というエイダお祖母ちゃんの声も届かない使用人の皆さんの浮かれっぷり。使用人さん達もエイダお祖母ちゃんを待っていたんだよね。
そして、ブランパパが仕事を終えて帰ってきた。
「お帰りなさい、ブラン」
エイダお祖母ちゃんを中心に、玄関ホールに整列している私とちーちゃんと使用人さん達を見てブランパパは声を失った。
「長い間、ごめんなさい。ブラン、結婚おめでとう」
「・・・ありがとうございます、母上」
ブランパパは驚きからスマートに立ち直ると、足早にエイダお祖母ちゃんに近寄り抱擁を交わした。ブランパパも久しぶりにエイダお祖母ちゃんに会ったと思うけど、こういうことをサラッと出来るからブランパパはかっこいい。
そのあとすぐに帰ってきたお兄ちゃんは、エイダお祖母ちゃんを見て「えっ?!」と声をあげ、びっくりして固まっていた。カイトお兄ちゃんの、まだまだブランパパに及ばない所もとても可愛らしいと思う。
「我が娘は、今度はどんな魔法を使ったのかな?」
ブランパパが私の頭を撫でながらそんな事を聞いてくるけど、恥ずかしながら感情に任せてキレ散らかしただけである。後でちーちゃんに聞いてね。
久しぶりに家族が勢ぞろいしたノエイデス家のその日の夕食は、これまで会えなかった時間をお互いに気遣いながら埋めていくような、優しい空気に満ちていた。
この日を境にエイダお祖母ちゃんは、ちーちゃんをサポートしながら精力的にお披露目会の準備を推し進めていった。エイダお祖母ちゃんが復活して、久しぶりの女主人の采配にお屋敷全体が息を吹き返したかのように雰囲気が変わった。
そんなこんなで、あっという間にお披露目会の当日となった。
ある良く晴れた日。
ノエイデス家の庭園で、ブランパパの新しいパートナー、ちーちゃんのお披露目会が行われた。
素敵なガーデンパーティーは立食形式で皆さん思い思いに楽しんでいるけど、主役の二人には中央に席が設けられている。
ちーちゃんは純白のドレスに身を包み、ゆったり座りながら笑顔でお客さんの対応をしている。輝かんばかりの美しい花嫁さんだ。ブランパパはちーちゃんから片時も離れない。今日も仲睦まじい二人です。
花嫁が新しい命を、しかも双子を宿していることも更に喜ばしいと、お披露目会は暖かい祝福ムードに包まれていて、主役の二人の周りには人が絶えない。
「天気もいいし、素敵な会だね。ちーちゃん幸せそう」
「うん」
私とセイは会場の外れからちーちゃんとブランパパを眺めているのだけど、何気に会場の外れにいる私達も注目を集めていた。魔王のセイはお城の外にめったに姿を現さず、魔国民に殆ど顔出ししていないので、注目されるのも仕方がないだろうとはお兄ちゃんの見解。
ちなみに今日のセイも安定のユニクロコーデで、パーカーのフードを目深に被り、更に私を子供抱っこしている。今日はサングラスに黒いマスクまでしていて、セイの人相は全く分からない。魔圧を極限まで抑えるためなんだけど、異様な風体だから注目されているのではないと思いたい。
5メートル、10メートル先から、会場にお越しの紳士淑女がセイに向かって丁寧に頭を下げるのに、セイはコックリコックリ頷いて答えている。
会場の参加者に遠巻きにされる中、一人の貴婦人が私達に近づいてきた。
「魔王陛下、本日は当家に足をお運びいただき恐悦至極に存じます。エイダ・ノエイデスと申します。以後、お見知りおきくださいませ」
エイダお祖母ちゃんがセイに挨拶に来てくれた。
「この度、我が息子の婚姻と共に陛下の最愛様とノエイデス家が縁を結べる事、非常に光栄にございます」
エイダお祖母ちゃんが私を見ながら微笑む。
最近、「さいあいさま」と声をかけられるのは何だろうと思ってたんだけど、「魔王陛下の最愛の方様」という意味だそうで大層な呼び名に正直戸惑う。他に「宝玉様」も私の事らしい。気軽に「奈津」と呼んでほしい所なんだけど、セイが魔王様なので私の名前を呼ぶのも恐れ多いという人もいるのだそう。偉いのはセイだけなんだけどねー。
エイダお祖母ちゃんは私を子供と思い込んでいて、私が成人女性で魔王のセイとお付き合いと同居していることにとても驚いていた。やけにお菓子とご飯を食べさせようとしてくるなーと思ったよ。残念ながら私の育ち盛りはとっくに過ぎているのである。
「陛下、最愛様を少しの間お借りしても宜しいでしょうか?可愛い孫を私の友人達に紹介したいのですわ。代わりにもう一人の孫に陛下のお相手をさせていただきます」
エイダお祖母ちゃんの後ろから、お兄ちゃんが手を上げながらやってくる。
「じゃあセイ、ちょっとご挨拶してくるね」
セイはコックリ頷くと、そっと私を地面に下ろした。
エイダお祖母ちゃんに手を引かれて、私は会場の中心に向かった。
向かう先ではちーちゃんを中央に、ご婦人方が笑顔で歓談している。
「私、孫をお友達に自慢するのが夢だったの。今日それが叶うわ」
エイダお祖母ちゃんが私にお茶目にウインクする。最近のエイダお祖母ちゃんは表情がとても豊かだ。もともと年齢を重ねた美しさを持つ方なので、更に魅力が増して輝いている。私もこんな風に年を取りたいものだ。そして類友で、ちーちゃんを取り囲むご婦人方は笑顔がチャーミングな淑女ばかりだった。
「みなさん、私の孫を紹介するわ」
エイダお祖母ちゃんの明るい声で紹介され、私も華やかな淑女の輪に入れてもらう。
抜けるような青空。手入れされた緑鮮やかな庭園の中で、私の大切な家族が笑顔で大勢のお客さんに囲まれている。どこもかしこも完璧で、なんていい日だろう。
きっと今日のこの日をこれから何度も思い返しては、私は幸せな気持ちに胸がいっぱいになるだろう。もう少しすればノエイデス家には可愛い赤ちゃんが二人もやってくる。楽しみな事ばかりだ。
ノエイデス家の幸せがこれからも賑やかに続いていきますように。




