ちーちゃんの嫁入り 2
ちーちゃんの居なくなった神域の清川家で、私はセイと、小夏と、神獣親子と暮らしている。店主のちーちゃんは産休に入ったので、再開の予定もないけど「清川」は休業中だ。
ふとした拍子にちーちゃんの不在を再確認する日々で、その都度寂しくて少し胸が痛くなる。けれどこの新しい生活にも慣れていかなきゃいけない。そして話がそれるけど、ちーちゃんが不在な為、あからさまにクルム君が神域に遊びに来なくなったのはどうかと思う。
私に懐いてくれるのは小夏と神獣親子しかいない。
しかし、その小夏に本日驚きの変化が見つかった。
「ナツ!これを見てくれ!」
今日は日も高いうちから小夏と遊びに来ていたノエイデスさん改め、お兄ちゃんが血相を変えて中庭から清川のお座敷に飛び込んできた。
「小夏がどうしたの?」
「ここ!ここを触ってみろ!」
こんなに興奮するお兄ちゃん、珍しいなーと思いながら、小夏の頭頂部、耳と耳の中間位をさわさわしてみる。
「こりこりしてる」
「セヴェルカルム、これ、角じゃないか?!」
「うるさい」
清川のお座敷で昼食のそうめんと天ぷらを食べていたセイは、面倒くさそうな顔しながら私達の所に近寄る。面倒くさがりながらもセイは、お兄ちゃんが抱っこしている小夏の頭頂部をモフモフ触って確認した。
「魔獣化してる」
「ええ?!」
「そうか!」
驚く私の傍らで、お兄ちゃんがでかした!とばかりに小夏を高い高いしている。
「お兄ちゃん!小夏大丈夫なの?」
「体内の魔力量が変化して、ペットや家畜が魔獣化することがたまにあるんだ。変化といっても身体能力が上昇して、見た目も少し変わる位で、凶暴化する事はないから心配しなくていい」
お兄ちゃんの話を聞いて、小夏のその変化について納得した。
神獣親子が神域にやってきたことにより小夏の遊び方が変わって、神獣のお母さんやその子達とどうも神域外に日帰り遠征していたっぽいんだよね。一度ネズミ型の魔獣を狩ってきたこともあったし。シンプルに魔獣を餌にして、その魔力を取り込むと個体差はあるけどお兄ちゃんが説明したようなことが起きるそう。
「お兄ちゃん、小夏を連れていく?」
私の提案に言葉を詰まらせるお兄ちゃん。
「多分、今の小夏ならなんの心配もなく神域の外に出られる、というか多分もう出ちゃってるから」
「ナツ、寂しくないか?」
優しいお兄ちゃんは、ちーちゃんが出ていった後の私の暮らしぶりが気がかりで、小夏に会いがてら毎日のように様子を見に来てくれていたんだよね。小夏まで居なくなったらとお兄ちゃんは心配してくれる。
「大丈夫!今度は私が小夏に会いにちょくちょく遊びに行くから!」
だって、お兄ちゃんに大人しく抱っこされている小夏は、私には一回も抱っこさせてくれたことないからね!明らかに小夏は私よりもお兄ちゃんに懐いている。もともとが一時保護で我が家にやって来た小夏。時間はかかったけど、望まれて、自らも望んで新しい飼い主さんの元に行けるなんて、こんな幸せな事は無いだろう。
その日、小夏はお兄ちゃんと一緒にノエイデス邸に行くことになった。明日はノエイデス邸にお泊りの日なので、また明日とお兄ちゃんに挨拶して見送る。
私がノエイデス邸にお泊りの時、セイは王城にお泊りしてクルム君と過ごす事にしている。クルム君はこの間熱を出してから、魔力が安定しないのか少し気持ちの浮き沈みがあるそうで、定期的に私とセイはそれぞれに分かれて過ごし、また神域に帰ってくるというリズムが出来つつある。
こんな感じでちーちゃん不在の清川家で、私とセイは日常生活を回し始めている。
今日は2回目のノエイデス邸お泊りの日で、午前中にはお屋敷にお邪魔した。
ブランパパとお兄ちゃんはお仕事なので、優雅なマダムと化しているちーちゃんとゆったりランチを楽しみ、その後はこの豪邸、ノエイデス邸の案内を敏腕執事セバスチャンさんにしてもらっている。
「こちらは3代目ノエイデス家当主が秘密裏に増築した書斎でございまして、この隠し扉の向こうには、これこのように秘密の小部屋が・・・」
「すごい!面白い!何年位前に出来た場所なんですか?」
「そうですね、4000年程前になりましょうか」
「よん・・・!」
ノエイデス家の歴史すごい!
建物の保全ってどうなっているのか。魔国の建物って経年劣化しないの?不思議すぎる。
元の世界ならノエイデス邸は間違いなく重要文化財になっているレベル。ライフラインは近代的水準に整えられているけど、古きよきものは残されているノエイデス邸は本当に見ていて飽きない。
「こちらは常設展示の骨とう品、絵画等になっております。どうぞごゆっくりとご覧ください。申し訳ありませんが、私は雑務が残っておりまして。これにて失礼いたします」
「楽しかったです。ありがとうございました。後はこちらのお部屋を見させてもらったら、自分の部屋に戻ります」
私とセバスチャンさんはお互いにペコリと会釈し合い別れる。
常設展示って、もう博物館じゃん。
私は口を開けっ放しで、精緻な模様が描かれたティーセットやら、見上げる位大きな何代目かのノエイデス家当主の肖像画やら、数代前の魔王様より下賜された宝剣やらを眺めて回った。
最近私は、治療院通いが原因か分からないけど、日常生活に組み込まれた魔力も薄っすら見える様になってきていた。無造作に設置されているようなお宝の数々だけど、全てのお宝にうっすらと青い膜がかかっている。これ、セイ辺りが見ればもっとはっきり何の魔法か分かるんだろうけど、多分防犯関係のやつだよね。私が興味本位で手を出したら、多分大変な事が起きるやつ。絶対触らないようにしよう。
緊張しながらもひとしきり見て回って、私は満足してその部屋を後にした。
今日で2回目のノエイデス邸。自分の部屋と食堂の位置はどうにか覚えた。確か、ここを左に曲がって、突き当りを右に曲がればすぐ私の部屋だったはず。
「あれ」
あるはずの、私の部屋がない。見た事のない廊下が果てしなく続いている。
「・・・右に曲がって、左だったかな」
いったんもと来た道をもどり、曲がる順番を変えてみる。
「・・・・」
たどり着いた先は、全く見覚えが無い場所だった。
これは、まずい。まず最初のお宝部屋まで戻りたい。けれども戻ろうとすればするほど、どんどん見覚えのない場所に迷い込んでしまう。ノエイデス邸はからくり屋敷か何かでしたか?重厚な臙脂色とこげ茶色を基調とした内装から、気づけばペパーミントグリーンに小花柄の壁紙が爽やかな、可愛らしい内装の区画に私は立っていた。
ここは、案内されていない場所だ・・・。
立ち入り禁止ゾーンの注意などは受けていないけど、感覚としてはまだ他所のお宅のノエイデス邸。無遠慮にあちこち見て回っている形の今の状況、非常によろしくない。
「あなたはどなたですか」
「ひいっ!」
内心で冷や汗をかいている所に、背後から声を掛けられて少し飛び上がってしまった。
恐る恐る振り返ると、濃紺の上品なドレスに身を包んだ矍鑠としたご婦人が立っていた。雰囲気的に厳しい家庭教師、と言った感じで私の緊張もますます高まる。
「迷子ですか」
一発で私の状況を言い当てられ、ぐうの音も出ない。
「そ、そうです」
「そんなに怯えずとも、取って食べたりしません。ついてきなさい。キャシー、あなたは本邸に連絡して、迎えをよこしてもらって」
「かしこまりまして、エイダ様」
ドレスのご婦人のスカートの後ろから、背中が丸まった黒いお仕着せの年季の入ったメイドさんが姿を現して再びぎょっとする。
「ひっひっひ」
メイドのキャシーさんはすれ違いざま、私を見て魔女っぽい笑い声をあげる。
「キャシー」
ご婦人に名前を呼ばれ、キャシーさんはすまし顔に戻りそのまま歩いて行ってしまった。
「驚かせて悪かったわ。こちらにいらっしゃい、一緒にお茶でも飲みましょう」
佇まいも口調もきっちりしたご婦人は、私をどうやら助けてくれるようだった。私は言われるまま後をついていく。
さっき「本邸」といっていたので、ここは「別館」みたいなものなのかな。重厚でムーディーな本邸と比べて、こちらは窓枠も真っ白、床材も明るいベージュでとにかく可愛らしい。
「さあ、お入りなさい」
「わあ、可愛い」
案内された部屋は、爽やかな水色の壁に囲まれ、家具類は白で統一されておりとても可愛らしかった。私の思わずこぼした感想に、ご婦人は少し口元を緩めた。
「おかけなさい」
「失礼します」
席に着くとご婦人が自らお茶を入れてくれる。
「さあ、召し上がれ。お菓子も良かったらお食べなさい。でも、こんな古臭いお菓子は嫌かしらね」
ご婦人は最初の印象とは違い、表情と口調はそのままに細やかに色々とお世話をしてくれる。目の前の取り皿にサーブされた、ナッツがぎっしり詰まった大判のサブレに私は目が釘付けになった。
「美味しそうです。頂きます」
そっと片手に持ち、サブレを一口かじる。バターがたっぷり使われたサブレは口の中でホロホロと溶けて、ローストされたナッツも歯触りが楽しくとても美味しい。そして、一口齧ると同時にサブレの半分ほどが崩壊して、私の上半身がサブレまみれになった。
「あらあら、あなた!動いてはいけませんよ!」
身動きが取れなくなったサブレまみれの私に、ご婦人は素早く近づきナプキンで払いながら食べこぼしを綺麗にしてくれる。お行儀に厳しそうなご婦人の前で、致命的なミスを犯す。私のポンコツぶりが今日も遺憾なく発揮されてしまった。
「あなた、口の周りにもこんなに。ふ、ふふ、そうよね、このお菓子はとても食べるのが難しいのよ。だから今日は私、一人でコッソリ食べる予定だったのに。ふっ、ふふふ!」
意外な事にマナー違反を叱られるどころか、私の失敗はご婦人のツボに入ったようで、愉快そうに笑いながら、ご婦人は親切にも私の口までナプキンで拭いてくれた。
「ご、ご面倒をお掛けしまして・・・」
「よろしくてよ。このお菓子は取り皿を持って、その上でお食べなさいな」
ご婦人に食べ方を教わって、今度は慎重にサブレを口に運ぶ。美味しい。
「気に入ったようね」
サクサクとサブレを齧る私を見て、ご婦人は目を細める。この方、パッと見の厳しそうな印象とだいぶ違って、とても優しい。私の緊張も解けて、ご婦人と一緒にリラックスして良い香りのお茶とお菓子を頂いた。
人心地付いたころ、ドアがノックされた。
「お入りなさい」
ご婦人が入室の許可をすると、緊張の面持ちで部屋に入ってきたのはお兄ちゃんだった。
「・・・お久しぶりです、お祖母様」
「大きくなりましたね、カイト」
おばあさま。
言われてなるほどと思う。ノエイデス家にいるのならご家族だよね。
「ナツがお世話になりました。彼女は父上の再婚相手の娘で、今後はノエイデス家の者となります」
「奈津と申します。よろしくお願いします」
今更ながら遅すぎる自己紹介をする。
「私はエイダ。カイトの祖母であり、ブランの母です」
お茶会で少し柔らかくなったと感じたエイダさんの纏う空気は、なぜか初対面の厳しいものへと戻ってしまった。
「お祖母様、今夜はナツが本邸に泊まるのです。よろしければ・・・夕食を是非、一緒に」
「そうですね・・・、考えておきます」
「お待ちしております。ナツ、戻ろうか」
この手に汗握るような、不思議な緊張感は何。
お兄ちゃんが今まで見たことが無い位にガッチガチで、つられて私も緊張してしまう。
「あの、お菓子、美味しかったです!」
お兄ちゃんに促されてドアに向かいながら、どうにかこれだけをエイダさんに伝えると、エイダさんは微かに口元を綻ばせた。
けれど、残念ながらその表情をお兄ちゃんは見ていなかった。
エイダさんとお兄ちゃんの会話は、どうみても仲の良い祖母と孫の物ではなかった。
その日の夕食、ブランパパの隣にセッティングされた一人分のカトラリー。席についたらすぐに料理を出せる様に準備をされているだろうその席は、最後まで空席のままだった。
思い返すと、ブランパパの隣にはいつも一人分の席が用意されていた。
ブランパパもお兄ちゃんも、たぶんエイダさんが来てくれるのを待っているのだ。
「セイはお兄ちゃんのお祖母ちゃんのこと、何か聞いたことある?」
「ない」
自宅に戻っての情報収集は全く捗らず終了した。
「ノエイデス家で迷子になったら、エイダさんに助けてもらったんだけど」
「ノエイデス家に泊まる時は、奈津にGPSが必要かな」
待って。だんだんお屋敷の中では迷わなくなっているから、ペットとか高齢者のような扱いはしないでほしい。
「お兄ちゃんも、エイダさんもお互いに仲良くしたいんじゃないかなあ。パパも、いつもエイダお祖母ちゃんの席を食堂に用意するんだよね。」
エイダお祖母ちゃんのあの頑なさは、過去に何かあったんだろうか。
「そのエイダも、ブランもカイトも奈津に何も話さないんでしょ。じゃあ、見守るしかないと思う。部外者が首を突っ込むのは一番ダメ」
「だよねえ」
過去に何があったかもわからないぽっと出の私が、ノエイデス家の長きに渡るいざこざを解決出来る訳がないのだ。
「お兄ちゃんは、お祖母ちゃんに200年ぶり位に会ったんだって」
この間の二人の邂逅は私が原因の不慮の事故のようなもので、二人とも心の準備も何もあったもんじゃなかったと思う。良いきっかけに成り得るのか、いたずらに二人の心を騒がせてしまっただけなのか、今はまだ分からない。
「・・・エイダさんはね、すごく優しかったよ。私はまた会って、お話したいと思った」
「そうかあ」
「セイは日本のお菓子で、一番面白いお菓子は何だと思う?」
「突然何の話なの」
エイダさんへ持っていくお返しのお話ですよ。
ノエイデス家から帰る際に、エイダさんはあのホロホロサブレをお土産に持たせてくれたのだった。




