ちーちゃんの嫁入り 1
今夜は眠れない。
ちーちゃんからあれもこれも一から十まで説明してもらわないと眠れない!
「ちょ、だっ・・・ま!」
「奈津、落ち着いて」
テンパりすぎて意味のある言葉を発せられない私を、セイがよいしょと膝の上にのせる。
「千紘、おめでとう」
「ありがとう、セイちゃん」
嬉しそうに笑うちーちゃんを見て、私はハッと我に返った。
一番先に言わなきゃいけないことを、セイに先に言われてしまった!
「ちーちゃん、ちーちゃん」
慌ててセイの膝から降りて、私はちーちゃんにいざり寄る。
いつもよりゆっくりと、大切な体に負担をかけないように、私はちーちゃんに抱き着いた。
「おっ、おめでとう・・・!」
「ふふ。ありがとう、なっちゃん」
良い人がいたら遠慮なく再婚していいんだよと、お父さんが亡くなって未亡人になったちーちゃんに、私は昔から口酸っぱく言っていたのだ。元の世界ではよいご縁がなかったみたいだけど、ここ魔国で出会いがあったなんて嬉しくて涙が出てくる。何よりちーちゃんがとっても幸せそうなのが嬉しい。
「すごい、お腹に赤ちゃんがいるの?」
「そう。つわりもほとんどなくて、気づくのが遅れちゃったわ。でもさすがにもう「清川」はお休みしないとね。なんと、お腹の赤ちゃんは双子なの」
「ふあー!」
「奈津、落ち着いて」
お目出たい報告がとどまらない!
「それで千紘、相手は誰なの?」
興奮がうなぎ上りだった私は、セイの発言にまたもハッとする。
セイの発言、さっきから冷静かつ的確なんだけど。
そうだよ。最初にそこだよ。
「うふふ。それは本人が自分であなたたちにお話したいそうなの。明日みんなで相手のお宅にお邪魔しましょう。紹介するわ」
「気になるうぅう!」
「うふふふ。明日になってからのお楽しみよ」
可愛らしくちーちゃんに内緒にされてしまった。
これは眠れない長い夜になるな!と思ったのだけど、私の正確な体内時計は通常運航で、あっさり眠りに落ち翌朝を迎えたのだった。
次の日。
相手のお宅にお邪魔するのに、王城に迎えをよこしてくれるというので3人で王城に赴き、お迎えを待った。
やってきた車は黒塗りのながーい高級車だった。運転手さんと一緒に執事さんみたいなびしっと黒服を着たおじさまが一緒に来てくれて、丁寧に車内にご案内される。
魔国王都の文明は、中世ヨーロッパと現代日本がごちゃ混ぜみたいになっているけど、不思議と喧嘩せず馴染んでいて面白い。自動車が走る車道に沿って、馬車専用の道路も整備されている。コスパ的には自動車より馬車の維持の方が費用が高いそうで、馬車の所有がお金持ちのステイタスになっているのだそう。馬の飼育も必要だもんね。
「でもこの車、馬車と同じくらい維持費かかる」
セイの言葉に同乗している執事さんは無言で微笑む。
ちーちゃんのお相手はとってもお金持ちらしい。
ちなみに私は車内で当然のようにセイの膝の上に乗せられている。
私の体質がセイの魔圧を大幅に減少させる効果を持つことが判明したので、私がセイと出かける時は問答無用で常に抱っこされるようになった。セイもその周囲も、王宮で過ごしやすくなるのだから、協力するのはやぶさかではない。すれ違う人々の生暖かい目を最近ではだいぶスルーできるようになってきた。やぶさかではないのだけど、あの目線、絶対小さい子へ向ける微笑ましい目線なんだけど。魔国の人達は身長も皆さん高くて、女性でも170センチ超える方がざらにいる。190センチを超えるセイと比較して150センチ前半の私は、そりゃちぴっ子にしかみえないだろう。まあ、セイが抱っこしやすくて何よりと、自分を慰めるしかない。
車から初めて見る王都の街並みも、物珍しくて面白い。私の移動はもっぱら転移だからね。
現代洋装の人と、中世風衣装の人とは半々くらいの割合。ふりふりエプロンワンピースにふりふりヘッドドレスを付けたお手伝いさん風お嬢さんとパンツスーツのお姉さんがテイクアウトのコーヒーを片手に立ち話をしていたりする。TPOによって使い分けたりするのだろうか。それともお好みかなあ。とても興味深い。
王都の街並みに夢中になっていると、商店街を過ぎ建物が建つ間隔も広くなる。大きなお屋敷が立ち並ぶゾーンに入ってしばらくして、車が左右に大きく開かれた門扉をゆっくりと通過した。
「おお・・・」
見上げるほどの巨大なお屋敷。
これは個人宅なの?
広々とした車止めに降り立った庶民の私は、呆然とお屋敷を見上げていた。
そのお屋敷の大きな玄関前に、使用人の方々が左右に展開し、その中央には二人の男性が立っていた。
その二人は私もよく知る人物だった。
えーと、えーと。
ここに、何しに来たんだっけ?
え、この二人のうち、どっちかが、ちーちゃんの?
毎日のように会っている、ポニテイケメンとイケオジのうち、イケオジの方が微笑みを湛えながら私に向けて両手を広げた。
「ナツ、私の娘になってくれるかい?」
「うふふ、紹介します!私のお相手は~、ブランさんでしたー!」
ジャーン!と効果音が聞こえそうな位のご機嫌ぶりで、ちーちゃんがお相手を紹介してくれた。
「ひゃああー!」
「奈津、落ち着いて」
何でか恥ずかしくて、顔が熱い!ブランさんは私に向けて手を広げたままなんだけど、どうしたらいいの?!
セイは通常運転で、抱っこしている私の背中をどうどうと撫でてくれる。
そのブランさんの隣のノエイデスさんは、なんか困ったような顔をして所在なさげに立っている。
「わかった」
何かを一人で納得した様子のセイは、赤面して悶えている私をそっと地面に下ろす。
「奈津、仕事してくる」
「えっ、あ、うん」
私の取り乱しぶりに構わず、セイはマイペースに私の頭を撫でる。
勤勉な魔王であるセイは、用事が済んだとばかりに王宮に向かうようだ。
「カイト、話が終わったら奈津を連れてきて」
「わかった」
ノエイデスさんに私の事を頼むと、セイは一瞬で姿を消した。
それが合図になったように、使用人の皆さんが動き出す。
「奥様、お体に触ります。どうぞお部屋へ」
「セバスチャンは心配性ねぇ」
奥様?!セバスチャン?!
ちーちゃんと執事さんはとっくに顔見知りだったようで、奥様と呼ばれているちーちゃんと、執事さんの名前がとってもそれらしいセバスチャンさんだったこと、全方位にいちいち動揺していると、私の頭にポンと手が置かれた。
「うん、まあ、なんだ。俺も昨夜知ったばかりなんだ。色々相談していこう」
ノエイデスさんが苦笑しながら、私の頭を撫でる。
私とセイの他に、もう一人訳が分かっていない人が居たことで私も少し冷静になる。
親同士の再婚の連れ子同士が、私とノエイデスさんとは。
人生って、思わぬことが起きるよねー。
ノエイデスさんに促されて、私はノエイデス家に初めてお邪魔することになった。
そんじょそこらのお屋敷とは格が違う豪邸、ノエイデス邸のゴージャス且つ品のある応接室に案内される。
王宮は昔ながらの歴史と格式が残されている部分と、機能と合理性を重視された近代的な部分が混在しているんだけど、ノエイデス邸は外観も内装も映画に出てくるような由緒正しき貴族のお屋敷といった感じ。でも照明がセンサーライトになっていたりして、これは懐古主義でいて利便性は近代水準という、とてもお金がかかっているお屋敷とお見受けしました。
向かい合わせのソファにブランさんとちーちゃんが一緒に座るので、必然的にその向かいに私とノエイデスさんが座ることになる。
ブランさんは隣のちーちゃんの手を握り締めていて、「清川」では見たことがない二人の距離感に、再び私の顔が熱を持ってしまう。
ブランさんもちーちゃんもにこにこ笑いっぱなし。ついでにお茶をサーブしてくれたメイドさんも、壁際に待機している執事さんをはじめとする使用人の皆さんもみーんな満面の笑顔。はじめてお邪魔した私ですら気づく、ノエイデス邸のこのウキウキした浮足立った雰囲気たるや。
「ナツ」
「は、はい!」
応接室全体の幸せオーラに圧倒されていると、ブランさんが話し始めた。
「私はチヒロと一緒になりたいと思っている。祝福してくれるだろうか」
「も、もちろん!」
私は前のめり気味に答える。
いつのまにー?!いつからなの?!などと、下世話な興味も湧き上がるけれど、人格者たるイケオジのブランさんがちーちゃんと一緒になってくれるなんて、こんなに嬉しいことは無い! とってもお似合いの二人だと思う。
「では、私の娘になってく」
「私で良ければ!!」
私の返事は元気すぎたようで、ブランさんの後ろに立っていた執事さんが息を詰めて下を向く。息が漏れる音と共に、壁際の使用人さんも何人か下を向く。
お、お恥ずかしい。いい加減落ち着こうか、自分。
「ふ、はは。じゃあ俺は、チヒロさんの息子にしてもらえるのかな」
「もちろんよ。嬉しいわ、カイト君」
私の返事を引き取って、ノエイデスさんとちーちゃんがにこやかに話す。
「ね?言ったでしょう?なっちゃんは絶対喜んでくれるって!」
「君が言ったとおりだったな。だがやはり、少し緊張したよ」
会話の合間にも、隙あらばブランさんとちーちゃんはイチャコラしている。
私もノエイデスさんも、自分の保護者達のお熱い様子を凪の表情で見守る。
「それでナツ、相談なんだが・・・。チヒロにはこの屋敷に移り住んで欲しいと思っている」
ブランさんの言葉に、とうとうこの日が来たかと感慨深く思った。
まだまだ若くて美人のちーちゃんだから、いつか清川の家から新しい相手の元にお嫁に行ってくれたらと思っていた。それはちーちゃんを心配していた、清川のお爺ちゃんの願いでもあった。
「はい、私もその方が安心です。もうちーちゃん一人の体じゃないし」
このお屋敷だったら、初めての出産を迎えるちーちゃんを助けてくれる人たちがたくさんいる。そもそも、これからはブランさんと一緒に暮らしてほしいし。
「ありがとう。それと、もし良ければ・・・。ナツ、君もここで一緒に暮らさないか」
「私もここで?」
重ねてブランさんからされた提案を、少し考えてみる。
うーん。ノエイデス家で暮らす・・・。嫌と言う訳ではないのだけど、この魔国で私の絶対的帰る場所がすでに確立しているのだ。
「ありがとうございます。でも、私は神域の清川の家で暮らします。セイが側に居てくれるし、神獣達もいるし、ご神木のお世話もしないと」
「そうか・・・」
うっ・・・。目に見えてブランさんがしょんぼりしてしまった。
「でも、でも!離れて暮らしていてもなっちゃんは私達の娘なんですからね!それと!いつかなっちゃんがお嫁に行く時は、ノエイデスの家からお嫁に出してあげるんですからね!」
そして、ちーちゃんに変なスイッチが入った。ちーちゃん、ちーちゃん自身がまだノエイデス家にお嫁入りしていないというのに。
「その通りだ!ナツは離れて暮らしていてもノエイデス家の娘だ!陛下と結ばれる暁には、ノエイデス家の総力をもって魔国一の幸せな花嫁にしてやろう!」
ちーちゃんに感化されたのか、ブランさんも先走った事を言い始める。魔国一の花嫁って。ノエイデス家の財力の一端でしか無かろうお屋敷を見ただけで庶民の私は圧倒されているのだから、お手柔らかにしてほしい。周りの使用人の皆さんまでうんうんと頷いているけど、皆さんも少し落ち着こうか。
「父上もチヒロさんも落ち着いてくれ。ナツの前にまずは二人の結婚だろう」
「そうだったわ」
冷静なノエイデスさんの指摘に話が元に戻った。
「えーと、ちーちゃんの様子も知りたいし、時々泊りに来てもいいですか?」
同居は出来ないけど折衷案で、時々ノエイデス家に泊まることなら出来るかな。
「もちろん良いとも」
私の申し出をブランさんが笑顔で快諾してくれる。しかし、じゃあ月一回で、いやいや週3回だ、いや無理です3週に一回で、いやいやせめて週一回だ、という交渉の末、10日に一回、必ず月に3回のお泊りを約束させられたのだった。
それから、結婚式というかノエイデス家の新しい奥様のお披露目会は、ちーちゃんの体調をみながらだいたい2か月後という事になった。魔国には教会で式を挙げると言った習慣はなく(そもそも教会や教団がない)、自宅でお披露目会をするのが一般的なのだそう。
2か月後とは準備期間が短いように思うけど、なんせ半年後には双子のベイビー達がやってくるのだ。ノエイデス家は嬉しい悲鳴をあげながら、お披露目会と並行して赤ちゃんをお迎えする準備もしなければならない。お披露目会は恙なく、速やかにしかし華々しく済ませ、後は母子ともに健やかに過ごしてもらう為、不足なく生活を整えるという重要任務に、使用人の皆さんの顔つきもキリリとしたものに変わった。
「最後にナツ。お願いがある」
だいたいの打ち合せは済んだかな、といった所でブランさんが改まって話し始める。
「・・・私を、父と呼んでおくれ」
な、何の話かと思ったー。
そんなことかー、と私は思ったんだけど、ブランさんは緊張した面持ちでこちらを見ている。いや、全然いいんだけど、むしろ面映ゆいというか嬉し恥かしなんだけど、「お父さん」は清川のお父さんなんだよね。「父上」はノエイデスさんにはぴったりだけど、私には凛々しすぎてしっくりこない感じ。武家の娘とかじゃないんだから。
「パパ」
「!!」
ノエイデスさんが息を呑んで固まった。使用人の皆さまから「きゃあ」といった声が上がる。だ、ダメでしたか?
ブランさんの両腕がゆっくり上がって、両手で顔を覆う。
「非常に・・・良い」
「ふふふ、ブランさん良かったわね」
何かを噛み締めているブランさんを見て、ちーちゃんが笑っている。
ふう、喜んでもらえたようで何より。
「ナツ、俺を兄と呼んでくれていいんだぞ」
「お兄ちゃん」
「!!」
ブランさんを笑いながら余裕をこいていたノエイデスさん改めお兄ちゃんには、速攻で切り返した。再びきゃあ!とかまあ!とかあがる使用人の皆さんの声。
「これは・・想像以上に来た」
何が来たというのか。お兄ちゃんは両手で顔を覆いながら天を仰いで動かなくなる。
恥ずかしいから、二人ともオーバーリアクションは止めて欲しい。これから何回でも呼ぶんだからさー。
そんなこんなで、ノエイデス家への初訪問は終わったのだった。
ちーちゃんはそのまま神域には戻らず、ノエイデス家で暮らすようになった。
とても寂しいけれど、とても喜ばしい出来事だった。




