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イケメンを拾うと世界が変わる  作者: ろみ


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魔障の癒し手 3

身体欠損描写があります。

 それから、私は一人ずつ、魔石化の期間の短い人から順番に魔石化の解除にあたった。

 魔石化の期間と魔石の範囲は比例しておらず、魔石化の始まる場所も手足の末端からと決まっているわけでもない。意識が戻る人もいれば、戻らない人もいた。意識が戻ったとしても、数日で亡くなるパターンがほとんどだった。

 ジェイドさんが言った通り、体の状況もひとそれぞれだし、その人を取り巻く事情もそれぞれだった。

 最初から身寄りのない人も居たし、長い年月を経て身寄りが無くなってしまった人も居た。

 家族や友人がまだ存命で、もう一度最期に立ち会えるケースは幸運としか言えなかった。

 それでも、本人が、家族や友人も、私に感謝してくれる。

 私は魔石化を解除する事しかできないのに。

 魔石化が解除されてから何が起こるのかは、やってみなければわからない。

 健康な体に戻すまでの力は私には無い。

 無力感に苛まれて、治療院からセイの執務室に帰る頃にはいつも泣いていた。

 泣き続ける私をセイは黙って抱き上げて、魔力を抜きに制御室に立ち寄って、そのまま神域の自宅に連れ帰る。

 それの繰り返しだった。

 心身ともにボロボロになりながらも、私は治療院へ行くことをやめなかった。

 何度かセイからは、もう止めようと言われた。

 終末期の区画の人達の事は、ノエイデスさんが長年胸を痛めていた問題で、私の体質が今まで存在しなかった解決手段になるのではとセイも考えた。けれど私が心と体を壊してまで頑張る必要はない。そもそも私が負うべき義務も責任も一切ない。セイは謝りながらそう言ってくれた。

 でもあの白い区画で眠り続ける人達の事を、ジェイドさんの願いを、途中で放り出す事はどうしても出来なかった。

 私は、目覚める人、目覚めない人の生と死に心を引きずられながら、悩み苦しみながら治療院に通い続けた。

 セイはもう何も言わず、最後まで私に寄り添い続けてくれた。


 そしてとうとう最後の一人の魔石化の解除に取り組む日が来た。

 ケビンさんの解除に成功してから半年が経っていた。

 最後の一人の部屋に向かいながら、ノエイデスさんがその方の説明をしてくれる。

「今から向かうお方は、魔石化が始まって200年を超えるという」

「200年?!」

 桁が違った。

 今まで100年を超えた人はいなかった。

「普通なら100年を待たず全身が魔石化してしまうんだ。このお方が尋常ではない」

「いったい、どんな人なの?」

「俺の前の前の六将筆頭だな。300年ほど前のスタンピードで、体を呈し魔国を守り抜いた英雄だ」

 言いながらノエイデスさんが治療院の最奥の部屋のドアを開けた。

 入口から中を覗くと、ベッドが明らかに大きい。特注品で4メートルは軽く超えているように見える。

「ひ、人?」

「そのはずだ」

 私はノエイデスさんを先頭に、お爺ちゃん達で両脇を固め、恐る恐るその部屋の主のもとへと近づいて行った。

 ベッドも大きければ、ベッドに横たわる人も大きかった。

 体の厚みがあって、まるで小山の様。

 体に似つかわしく、顔立ちも大造りで勇ましい、堂々たる美丈夫だ。

 その充実した体を覆うシーツは、左足の部分だけが平らかだった。

 その人の体を観察すると、頭部から喉元、胸元を除いた全身が既に魔石化していた。

 この状態で200年という事に驚くばかりだけど、これでは多分、魔石化を解いても目覚める事はないと思う。今日付き添ってくれている治療士さんも同じ見立てだった。

「この人の故郷はどこなの?」

「辺境の小さな村が出身と聞いたことがあるが、その村はもうない」

「そっか・・・」

 この人には帰る故郷がもう無い。

 でも、英雄と呼ばれるほどの人だ。王都の外れの共同墓地ではなくて、この人を偲んで誰かが訪ねて来てくれるような、そんな場所へ弔えたらいいと思う。

 大きな体にそっと手を当てる。

 魔石化した体は硬く冷たい。

 その人の体を撫でながら、少しずつ手をずらしていく。

 私のこの体質は、まったくもってチートとは程遠いと思う。何せ患部全てに直接手を当てなければならない。軍隊に所属していた長身で横幅もあったりする成人男性を、私はこの半年汗だくになりながら体全身を使って愚直に撫でまくってきた。

 全然スマートじゃないし、絵面も酷い。でもこの方法しか私は分からない。

 私が出来ること。うん、一生懸命頑張ります。

 最後の大仕事、私は気合を入れて臨んだ。


 そしてこの最後の英雄さんの元に通い始めて、七日目。

 胸元に集まってきた青い光がなかなか収まらない。この状態になって二日目に突入した。

 私は英雄さんの胸の上に乗りあがって、額に汗をかきながら両手で光を抑えていた。

 しつこい青い光が少しずつ収束していく。そして、最後の光の一欠けらがシュッと手の下で消えた。英雄さんの体から魔石の青色が全て消えた。

「終わった・・・」

 ホッとして、体の力を抜いた時だった。

 英雄さんの鼻が大きくガッ!!と鳴った。そして続けざまにその巨体が大きく二度三度咳き込む。

 油断していた私は英雄さんの体の上から転がり落ちそうになり、ドッドお爺ちゃんが床に落ちる寸前でスライディングキャッチしてくれた。

「ナツちゃん、大丈夫か」

「うん、ビックリした」

 すんごい心臓がドキドキしているけど、どこもぶつけてない。

 ドッドお爺ちゃんが私を抱っこしたまま英雄さんの横に立ち上がる。

 ベッドの反対側でノエイデスさんと今日の付き添いの治療士さんも、英雄さんを覗き込んでいる。

 魔石化が解除されてすぐさま肉体反応があったことに驚く。

 私達が見守る中しばらくして、なんと英雄さんは瞼をゆっくりと持ち上げたのだった。

 英雄さんの瞳は明るい茶色で、ぼんやりと空中を見つめていた瞳の焦点が徐々にあっていく。宙をぼんやりとみていた目線がゆっくり降りて、まず自分の体を見る。そして目線が横に流れて、ノエイデスさんと治療士さんをみる。

「・・・・」

 それから、目線が反対側に流れて、ドッドお爺ちゃんに抱っこされたままの私と、私を間に挟んで立つトランお爺ちゃんを見る。

「・・・不思議なこともあるものだ。俺はまだ死んではいないのか?」

 英雄さんの、振動を感じさせるほどのバリトンボイスが室内に響く。

「双翼と一緒にいるお嬢さんは、さしづめ癒し手レーテ様かな?」

 英雄さんの問いかけに私は首を傾げる。誰それ。

「最近の子供は建国記なんか読まねえか」

 苦笑しながら英雄さんは目線を宙に戻す。英雄さんジョークだったらしい。

 そして私はナチュラルに子供認定されている。

「ベネッド将軍閣下。ご回復された事、心よりお喜び申し上げます」

 ベッドサイドで頭を下げるノエイデスさんを横目で見ながら、英雄さんはフンと鼻で笑った。

「回復なんぞしてねえ。体の中はほぼ動いていないからな。俺はただの張りぼてだ」

 言いながら英雄さんはゆっくりと左手を自分の目の前まで持ち上げて、しげしげと眺める。

「俺の体は大きいだろう?かなりの量の魔石になると思っていた。俺の望みは、魔国の礎になって地中に眠り、魔国の役に立つことだったんだが」

「!!」

 ジェイドさん!魔石化を解くことがみんなの望みって言ったじゃん!!

「うん?」

 私が半泣きで鼻をすすり始めたのを、英雄さんに気づかれてしまった。

「はは、どうした。泣くな泣くな。まさか、本当に嬢ちゃんが俺をもとに戻してくれたのか?凄いことをしたなぁ」

 英雄さんが私を見る表情は優しかった。

「よ、余計な、事でしたか・・・?」

「いや・・・。俺が守った王都の行く末を、この目で直に見られるのか。思わぬ贈り物をもらった気分だぞ」

 そう言って英雄さんはニヤリと笑って見せる。

 本心でそう思ってくれたのか分からないけど、私を気遣ってくれる英雄さんはとても優しい人だと思った。

 治療士さんの見立てでは、英雄さんの体は予断を許さない状態という事だった。

 ただ、意識が回復し、手足をわずかながらも動かせるなど奇跡に等しいのだそうだ。内臓の機能は回復せず、神経や筋組織も元に戻っているわけがないと治療士さんは言っていた。

 治療士さんの話を英雄さんは静かに聞いていた。

 英雄さんは治療院で過ごすにあたり、特に要望はないと言い切った。

「どなたか・・・お会いになりたい方は・・・」

 言い難そうにノエイデスさんが伺いを立てる。

 50年程眠っていた人たちでさえ、なかなか肉親、友人には会えなかった。

 英雄さんが眠りについて、300年以上が経っていた。

「そうだな・・・。魔王陛下はご健在だろうか」

 セイは魔王に成りたてで、英雄さんの言う魔王陛下は先代の方の事だ。

「先代のヴィント様は退位され、領地にお戻りになっています。先代様にお知らせいたしましょうか」

 将軍をしていた方だから、先代魔王様とも近しい間柄だったんだと思う。

 けれど、英雄さんは黙って首を横に振った。

「俺は一度死んだ身だ。陛下が退位されたのであれば、御身を煩わせるのも申し訳ない。俺はこの景色を見られただけで、満足だ」

 そう言って、それから英雄さんは静かに王都の景色を眺め続けていた。


 英雄さんは食べる事も飲むことすらも出来ず、いつ命の火が消えるかわからなかった。けれども元々の体力がなせることなのか、英雄さんは2週間を過ぎても意識を保っていた。

 飲んだり食べたりは出来ないけど、英雄さんは良く眠る。睡眠が生命を繋ぐ一助になっていたのかもしれなかった。

「英雄さん」

「なんだ、嬢ちゃんと双翼。また来たのか」

 私は毎日英雄さんに会いに行った。

 何となく自己紹介し合うタイミングを逃し、私達はお互いを好きなように呼び合っていた。この適当さが、英雄さんにも気楽でよかったのかもしれない。

 私が一方的に魔国に来てからのあれこれを話し、英雄さんが時々相槌を打ってくれる。興が乗れば、英雄さんからも故郷の話や、討伐した魔獣の話をしてくれた。そんな他愛もなく、端から見れば不思議であろう交流が重ねられていった。

「今日も小さい鼻だな」

「ふが」

 英雄さんは私の低い鼻が気になるようで、会うたびに太い指で軽くつままれてしまう。

 周りは北欧系の鼻が高く奇麗な人達ばかりだから、もの珍しいのだろう。

 何だかこれが挨拶のようなやり取りになっていて、私は特に拒否もせず英雄さんがしたいように鼻を差し出している。

 それから、英雄さんは突然言った。

「嬢ちゃん、もう会いに来なくていいぞ」

 英雄さんが目覚めて、もうすぐ3週間にもなろうとする頃だった。

「自分の体だからわかる。もうすぐ俺は死ぬ。お前、絶対泣くだろ。だから、今日でお別れだ」

「な、なん・・、え?」

 矢継ぎ早に英雄さんに言われて、私の頭が真っ白になる。

 覚悟していたはずなのに英雄さんと過ごす時間が穏やか過ぎて、いつの間にか考えないようにしていた。英雄さんとのお別れがすぐそこまで来ていた。

「ああー、泣いちまったじゃねえか。俺はまだ死んでねえぞ」

 瞬く間に滂沱の涙を流す私の顔を、英雄さんが乱暴にタオルで拭う。

「ほら、双翼。嬢ちゃんの面倒見てくれ」

 ふうと息を付き、隣のトランお爺ちゃんにタオルを渡すと、英雄さんはゆっくりとベッドに横になった。

「嬢ちゃんのお陰で案外、悪くない最後だった。ありがとうな」

 英雄さんの横で突っ伏して泣く私の頭を、大きくて重量のある手がゆっくりと撫でる。

 この大きな手が撫でてくれるのも今日で最後だ。

「よし、嬢ちゃん。ひとつ俺の秘密を教えてやろう。だから泣き止め」

 英雄さんに頭を鷲掴みにされ、しばらく揉みくちゃにされてから、私はゆっくり顔をあげた。

「秘密って・・」

「おう、俺は家族以外の誰にも名前を呼ばせたことはない。いつも家名で通していた。城で俺の名前を知っているのは陛下くらいなもんだった」

「うん」

「俺の名前はな、ピコってんだ」

「ぴ」

 そのミスマッチな余りの可愛らしさに、思わず吹き出しそうになって慌てて下を向く。それでも笑いを堪えきれず、肩が震えてしまう。

「よし、笑ったな。ちくしょう」

「ふ、ふふ・・かわい」

 笑いながらも、涙はとめどなく溢れてしまう。

「私は、嬢ちゃんじゃ、なくて、奈津だよ」

「そうか、ナツ。覚えておくからな」

「ピコ、さん。ピコ・・・、寂しいよ」

「そうだな、寂しいな」

 ピコが、お別れをするために私が泣き止むのを待っている。

 私は歯を食いしばって、込み上げる嗚咽を堪える。

「ナツ、もし俺が生まれ変わることがあったら、必ずお前に会いに行こう」

「・・・何に生まれ変わって?」

「そうだなぁ、人か、鳥か、虫か・・・。約束はできないが、ナツが俺だと必ず分かるようにする。その時は、また俺の名を呼んでくれ」

 ピコは最後まで私を気遣い、優しい約束を残してくれた。

 だからもう、ピコの死を悲しんではいけない。

 立派に生き抜いたピコが、憂いなく旅立てるように。

「うん・・・わかった。ピコ、またね」

「ナツ、またな」

 しっかりとピコの顔を見て、その大きな手を握る。

 300年前の英雄、ベネッド将軍。

 ピコとのお別れだ。


 ピコの部屋を出て、早歩きで廊下を進んで、終末期の区画を抜けた所で私の我慢は限界を迎えた。

「・・・ふっ、ぐ」

「よし、あとは当代に慰めてもらうがいいぞ」

「ナツちゃん、よくぞ成した」

 私はすぐさまお爺ちゃん達に確保され、子供のように大声で泣き始めた瞬間にはセイの執務室に転移していた。

「奈津」

 セイにすっぽり抱き込まれて、私は力の限りわんわん泣いた。

「奈津、頑張った。偉かった」

 自分の力の至らなさ、思い通りにならない悔しさ、静かな眠りを妨げてしまった罪悪感、全ての遣り切れなさをぶつける様にセイにしがみ付いて、私は泣きに泣いた。

 最初は何も考えず、人助けになるならと気軽に始めた事だった。

 最初にあれほど心配してくれたのは、人の生き死にに関わる事の重さを、セイもノエイデスさんも理解していたからだ。

 途中で、セイもノエイデスさんも、もう治療院に行かなくていいと言ってくれた。

 それでも、ジェイドさんと話をして、私が最後までやると決めた。

 だから誰のせいにもしない。後悔はしない。


 翌日、ピコは眠るように息を引き取った。

 これで治療院の終末期の区画の最後の一人が居なくなった。

 ピコは治療院の近くにある小高い丘の上に埋葬された。ピコの部屋から見えた景色と、その丘の上から見下ろす王都の姿はとても良く似ていた。

 私とセイがその丘に花を手向けに行くと、先客があったようで綺麗な花束がいくつか供えてあった。ピコは王都では結構人気のある英雄さんだったらしい。ベネッド将軍の新しい墓の噂を聞きつけて、王都民が入れ替わり立ち替わり花を手向けてくれているそうだ。

 あの巨体に不釣り合いの、私の膝丈位の小さな可愛らしい墓標はいつも花で囲まれている。

 これならきっと、ピコも寂しくない。



 半年以上に及ぶ治療院通いが一段落ついた。

 王城内と王都の不穏分子は私の転移事件がきっかけで排除されたという事で、魔人フォームのお爺ちゃん付きなら製薬部と治療院に限り、私は自由に顔を出せることになった。

 そんなわけで週一ペースで製薬部を覗いたり、時々治療院の雑用を手伝ったりして楽しく過ごしている。

 魔石や魔力等に作用する私の体質については、しばらく秘匿されることになった。

 ブランさん曰く、不穏分子を排除したとはいえ、私の体質が明るみに出ると不要な騒ぎが起こる恐れがあるとの事。

 ただ、魔障に苦しむ高齢の方が結構いるみたいで、一見さんお断りでブランさんの紹介があれば姿身分を隠してお手当てに出向くこともある。フード付きのローブを被り、サングラスを付けて、マスクで鼻と口も覆っている不審者が訪ねて行っても、苦しみから解放された家族の様子にみなさん喜んでくれる。

魔障熱に苦しむ子供やお年寄りも助けたいし、私が魔国に居る限りは困っている人の役に立てたらいいなと思う。

 セイと一緒にちーちゃんも、私をずっと支えてくれた。

 セイとちーちゃんが居たから自宅でどうにか元気を取り戻して、治療院通いを完遂できた。

「なっちゃん、あなたは私の自慢の娘よ。良くやり遂げたわね」

「ちーちゃん・・・」

 ちーちゃんはお小言も沢山くれるけど、きちんと褒めてもくれる。私は嬉しくてちーちゃんの言葉をじっくりと噛み締めた。

「セイちゃん、なっちゃんの側に居てくれてありがとう。これからもよろしくね」

「もちろん」

 本日も何の事件もなく、「清川」の営業も常連さんのお相手でほぼ終わり、平和な一日が終わろうとしている。居間でお茶を飲みながら、寝る前の清川家団欒の時間である。

「なっちゃんも随分しっかりしてきたし、セイちゃんも居てくれるから私も安心だわ。なので、なっちゃん、セイちゃん。私、お嫁に行くわ」

「え?」

 何処に行くって?

「なっちゃんとセイちゃんもそのうちにするだろうけど、私からお先に結婚させてもらうわね」

 私とセイは言葉もなく固まっている。

「あと、私。来年赤ちゃんが生まれる予定だから」

「ええーっ?!」

 もう一発衝撃を食らって、私はショックで再起動した。セイはまだ固まったままだ。

 なんでもない平和な清川家の一日の終わりに、ちーちゃんの嫁入り・出産宣言がなされたのだった。



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