深淵の更に底 3
「落ち着いたか」
トランお爺ちゃんからティッシュをもらって鼻をかんでいると、もう一人の聞き慣れた声がした。
声の方をみるとノエイデスさんと、魔国に来て初日にお会いしたノエイデスさんの部隊の皆さんが私達を遠巻きに見ていた。
なんで近づいて来ないのかと思ったら、子猫とそのお母さんの存在を思い出した。
「あ、あのっ。この猫ちゃん達は、いい子だから!」
「ナツ、神獣様を猫呼ばわりするのは止めるんだ」
猫じゃなくて、神獣!
異世界だから巨大猫もいるのかと思った。神域やご神木があるなら神獣もいるかー。
神獣親子に目をやると、お母さんの方がぺったり地面に伏せをして私とセイの足元にいる。子供の方はお母さんの近くで眠そうに欠伸をしている。お母さんは伏せの状態から、今度は完全に仰向けになった。そしてお母さんは仰向けのままジリジリとセイの足元に近づいてくる。どうしたお母さん。
「この森で神獣を上回る強者が現れたからの」
「ドッドお爺ちゃん」
「ナツちゃん、元気そうじゃの。心配したぞい」
ドッドお爺ちゃんがいつのまにか私達の隣にいた
「神獣は恭順の意を示しておるぞ、当代」
「・・・」
セイの足元で神獣のお母さんが一生懸命セイを見上げているんだけど、セイは関心なさそう。できれば仲良くしてほしいなあ。
「それにしても、ナツ。お前・・・ナツだよな?」
ノエイデスさんが私達を遠巻きにしたままそんな事を聞いてくる。
「へ?どうして?」
「いや、だって、お前。なんなんだお前、その魔力」
なんなんだお前はと言われましても。
そういえばトランお爺ちゃんが、魔力がどうとか言ってたような。
「当代よ、ナツちゃんは山中に発生しとった魔素の渦を丸ごと飲み込んどる」
トランお爺ちゃんがこそっとセイに説明をする。トランお爺ちゃんが言うような事を自分がしたなんて、自分のことながら全くピンと来ない。私自身は、特に何の変化も感じないんだけどなー。でもノエイデスさん達をみると、部隊の人達がビクッとする。
神獣が怖いんじゃなくて、私ですか?
「悪影響はないのか」
「ナツちゃんの許容量は正直限界がわからんのう。まだまだ余裕がありそうで、わしもビックリしたわい。ナツちゃん本人に障りは無い様じゃの。だが、ナツちゃんは魔力操作が全く出来ん。事故を起こす前に魔力を全部抜いてやったほうが良いぞ」
「・・・奈津、体は平気?」
セイが心配そうに私の顔を覗き込んでくる。
「ちょっと疲れて、眠い。あと、お風呂入りたい」
「そっか。じゃあ危なくないようにしてから、家に帰ろう」
セイがふんわり微笑んだ。
「カイト、お前達はゆっくり戻ってこい」
ノエイデスさん達には見向きもせず、セイは私を優しく抱えなおす。
「ほっ」
「ほいせ」
トランお爺ちゃんとドッドお爺ちゃんが私達に飛びついてきた。
「えっ?はあ?!待て!セヴェ・・!」
次の瞬間、私達は初めて見る場所に移動していた。
「はっ?え、ええっ?!へ、陛下!!!」
「陛下?!」
突然現れた私達に、その部屋にいた頭からつま先まで宇宙服みたいな物で身を固めた人達がパニックを起こしている。ここは一体何の部屋。
辺りを見回すと、壁面は色々な操作パネルらしきものがあり、その部屋の中央には大きな何かの円柱型の装置が鎮座していた。その装置の前にいた腰を抜かしている人にセイは命じた。
「注入口を開け」
「へ?な・・なぜ。あ、いえ!ただいま!」
セイが無言でその人を見下ろすと、足をガクガクさせながらその人は懸命に立ち上がった。
本当にパワハラ気質の魔王様で申し訳ない。
部屋の中央にある装置の正面の四角いガラス蓋を、パネルを操作しながらその人が開ける。
「へ、陛下。魔力を充填していただけるので?」
セイがこっくり頷くと、怯えながらもその人の顔に喜色が浮かぶ。
「奈津、この石に触って」
セイから降りて装置に近づこうと思ったけど、セイが降ろしてくれないのでセイに抱えられたまま私はその石に手を伸ばした。
灰色の機械に埋め込まれたような真っ黒な石を触ってみる。感触はつるりとしたただの石。
「魔力を体から出せる?」
「魔力を出す?んーんんん、ふううううう!」
私の体から出たのは息だけだった。
横に立っている宇宙服の人がこちらを見ないように顔を上に向けているけど、いっそ一思いに笑ってほしい。
「当代。ナツちゃんを抱えたまま当代が魔力を引き出せばどうかの」
トランお爺ちゃんの提案に従って、今度は私を抱っこしたままセイが黒い石に触る。
すると、セイの手が淡く青色の光を放ち始める。石が埋め込まれた装置の動作音が少し大きくなる。
「奈津、気持ち悪くない?」
「全然大丈夫」
というか、ぶっちゃけ何にも感じない。
感じないのだけど、私の体の中にあるらしい魔素の渦の魔力が、セイによってグングン引き出されているらしい。黒い石の横にある棒状のメーターが、最初は三割程度の高さだったのが今や六割を超えている。
『第一魔動炉100%チャージ完了』
『第二魔動炉100%チャージ完了』
『第三魔動炉・・・』
メーターが半分を超えた頃から、あちこちから連絡が入ってくる。
『第五魔動炉100%チャージ完了!』
棒状のメーターは八割を超えたあたり。そこでメーターは止まった。白色のメーターがオレンジ色に変わり、終いには赤色になった辺りで、このままでは何かが爆発でもするんじゃと私もハラハラしてしまった。
室内の宇宙服の皆さんから歓声が上がる。手に持っていた書類やらファイルやらをいい大人達が天井に向けて放り投げる辺り、大変な喜びようだ。
「陛下!ありがとうございます!ありがとうございます!」
最初の混乱ぶりは見る影もなく、皆さん良い笑顔でセイにお礼を言ってくる。
意図せず蓄えてしまったらしい私の魔力?がお役に立ったようで良かった。
『本部より館内の全職員に告ぐ!これより、全職員一週間の休暇を許可する。繰り返す。これより全職員一週間の休暇を許可する!』
どこからか再び放送が聞こえてきて、宇宙服の皆さんの喜びは最高潮に達した。部屋の外からも歓声が聞こえてくる。この建物全体でお祭り騒ぎが始まってしまった。
「ナツちゃん、おつかれ」
「家に帰ってゆっくりお休み」
必要な事は済んだようで、喧騒の中トランお爺ちゃんドッドお爺ちゃんが手を振りながら姿を消した。
「じゃあ、俺達も帰ろう」
「うん」
返事をした瞬間に、私とセイは清川家の玄関に立っていた。
「ただいまー」
やっと帰ってこれたという安心感で胸がいっぱいだ。
しかしちーちゃんは不在だった。待っていたのは小夏だけだった。私とセイが帰ってくるまでの間、ちーちゃんはノエイデス家に滞在することになっていたそう。ちーちゃん、すっごく心配させたと思う。でも心配する日々を一人で過ごしていなくて良かった。
セイは私を依然抱っこしたまま、居間に入った。
そしてセイは私を抱っこのまま腰を下ろして動かなくなってしまった。
「セイ、セイ?どうしたの」
セイは無言でギュッと私を抱きしめる。
セイの吐き出す息は細く震えていた。
「セイ、大丈夫?具合悪いの?」
セイの顔を見たくて、体を離そうとしたら向かい合わせの抱擁が更にきつくなった。セイが私の肩口に顔を埋めていて、私はセイが泣いていることに気づいた。
「セイ・・」
セイがいつも私にしてくれているように、広い背中に手を伸ばしてトントンとゆっくり叩く。
「ふふ」
セイが少し笑った。
しがみ付く様だったセイの抱擁が緩む。それでも私の肩口に顔を埋めたままのセイを、今度は私がしっかりと抱きしめた。
「・・・怖かった」
しばらくして、ポツリとセイが言った。
「もし、奈津に二度と会えなかったらって」
セイがゆっくり顔を起こす。
「奈津」
優しく肩を押されて抱擁を解くと、セイと向き合って見つめあう。
泣き濡れた、セイの奇麗な顔が近づいてくるのをぼんやりと眺める。
生まれて初めてのキスを静かに受け止めた。
セイのちょっとした振舞にあれほどドキドキしていたのに、今の自分の気持ちは不思議なほどに落ち着いていた。
「あの日、初めて会った時、俺は奈津に救われたんだよ」
どしゃ降りの雨の中、暗い顔で雨に打たれていたセイを思い出す。
「俺に触れてくれる人が居るんだって、信じられなかった。ねえ、奈津」
どうしてあの日、素通りしなかったんだろう。
どうしてあの日、セイを連れて帰ったんだろう。
大きな決断があったわけじゃない。
小さな選択の積み重ねが今につながっている。
「奈津、ずっと俺のそばにいて」
「・・・うん。いいよ」
私を望んでくれて嬉しい。
この嬉しいと思った気持ちが、セイへの私の答え。
「セイ、ずっとそばにいるから。大好きだよ」
堪える様に顔を歪めたセイの目尻から、涙が零れおちる。涙を拭おうとセイの頬に手を伸ばすと、掌に頬ずりされた。毛並みの良い大型犬みたいで可愛い。
カッコよくて、綺麗で、可愛いセイ。
雨の中、途方に暮れて一人ぼっちでいたセイに、もう二度と寂しい思いはさせない。




