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イケメンを拾うと世界が変わる  作者: ろみ


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魔王セヴェルカルムの大粛清(カイト・ノエイデス視点)

深淵の森でセヴェルカルムに置いてけぼりにされたノエイデスさんのその後

「はあっ?!待て!セヴェルカルム!!」

 待てと言っても、一度たりとも待ってくれたことは無いがな!

 不眠不休で荒ぶる魔王に付き従い、二日間の強行軍で王都から深淵の森の深部にたどり着いたが、魔王は最愛の玉を取り戻すと我々を置き去りにしてあっさりと姿を消してしまった。

 俺一人ならすぐにでも王都に転移できるが、災害級の魔獣が跋扈する深淵の森に部下達を放置するわけにはいかない。

 遠征訓練だとでも思って、油断せずに帰路に就こうと気持ちを切り替える。

「閣下、神獣達が近づいてきます」

 帰還ルートを考えていたが、部下の報告にハッとする。

 未だ目に見えぬ魔獣の対策を考える前に、目の前の何故か去ろうとしない神獣達の事を考えるべきだな。

 忽然と姿を消したナツとセヴェルカルムに驚いたようにしばらく固まっていた神獣の親だったが、動く様子が無かったのでその内に森に帰って行くだろうと思っていたのだが。

 ゆっくりと近づいてきた神獣の親子は、5メートル程の距離を置いて、我々と向き合い座り込んだ。

 何故住処へ帰らない。

 親は我々を見つめ座り込んでいるが、子の方は30センチほどの羽虫が気になるのか無邪気に親の周りをぐるぐる駆け回っている。デカいが仕草が子猫のまんまで、可愛すぎるだろ。

「あー、ゔうん。神獣達、ナツを保護してくれて助かった。住まいを騒がせてしまったが、我々もこれで失礼する」

 親に向かって話しかけてみる。まあ、言葉が理解できるとは思わないが。

 神獣は透き通った青い瞳で静かにこちらを見つめるばかり。

 まさか本物の神獣と出会えるとはな。

 白い毛皮は発光して輝いている。美しいものだ。

 我々は神獣親子に別れを告げ、王都を目指し始めた。



「閣下、神獣達が我々の後を付いてきます」

「なに?」

 行程は思いのほか静かで魔獣に出くわすこともなく、想定より早く深淵の森を抜けられそうだったが、部下が思わぬ報告をしてくる。

 後ろを確認すると、少し距離を置いて神獣の親子が木々の合間から見え隠れしている。

 魔獣に遭遇しない理由が分かった。

「はは、森の外まで送り届けてくれるつもりか」

 本当に意図するところは分からないが、神獣に護衛をしてもらう貴重な経験をしつつ移動を続ける。

 やっと森を抜け、騎獣達を待たせていた深淵の森の入り口に辿り着いた。

「助かった。ありがとう」

 森の入り口に佇む神獣親子に今度こそ別れを告げ、我々はそれぞれの騎獣に乗り、一路王都を目指した。

「閣下!神獣達が我々を追いかけてきます!」

「はあっ?」

 部下の言葉に後ろを振り向くと、走り出した我々の騎獣の後ろを神獣達が猛然と追いかけてくる。

「ピイイィ!」

 当然、騎獣達はパニックを起こし、全力で神獣達から離れようと疾走し始めた。

「何故追ってくる!」

「自分では分かりかねます!」

 それからは会話をする余裕もなかった。

 全力疾走をする騎獣達と、それを追う神獣達。

 予想を上回る騎獣達の頑張りにより、我々は二日もかからず王都への帰還を果たした。

 王都に入ってからも神獣を引き連れたまま疾走したが、王都民達は何を勘違いしたか街道沿いに集まり我々に向けて紙吹雪を巻き散らす。

「将軍万歳!」

「神獣を従えての凱旋だぞ!将軍万歳!」

「ノエイデス将軍万歳!」

 違う!!

 凱旋ってなんだ、出陣した覚えもない!

 陽気な気質の者が多い王都民は、何かと理由をつけて騒ぎたがる。口々に適当なことを言いながら、大通りでお祭り騒ぎが始まりそうになっている。

 不本意ながら神獣を引き連れて凱旋パレードをする形になっているが、王都民にかまわずとにかく城へ急ぐ。

 城門を押し通り、息も絶え絶えの騎獣と神獣と一緒に騎獣舎に突っ込む。

 悪い。本当に申し訳ない。

「「ピイイィッ?!!」」

 騎獣舎の騎獣達が突然の神獣の登場にパニックを起こす。そうなるよな。

 世話人達も恐慌をきたしているが問答無用で神獣の世話を任せ、ここで部下達とも別れた。



 セヴェルカルムの従者に主の所在を訪ねると、今回の騒ぎを起こした首謀者達の裁きがまさに今行われようとしているところだった。

 急ぎ謁見の間に辿り着いた時、玉座にはセヴェルカルムが静かに腰を下ろしていた。

 魔王は足を組み、ゆったりひじ掛けに持たれながら頬杖をつき、黙して正面扉を見据えてる。

 俺は幹部出入り口から静かに自分の立ち位置に移動した。

 王に向かって右手は宰相である父が、左手には俺の留守を預かっていた黒い軍服に身を包んだトーコが控えている。父は普段と変わりないが、トーコは厳しい表情で青い火花を体全体にまとわりつかせている。未だ怒りは収まらない様子だ。

「これより王の裁定を下す。罪人どもをこれへ」

 宰相の言葉で魔王の正面の大扉が左右に開かれた。


 魔国では使用禁止となっている強制転移の魔道具がある。

 大きさは成人男性の手に収まる位のものだ。

 発動タイミングも発動範囲も制御不能のそれは、もはや呪物と言っても良い。更に手に負えないことに転移先がランダムという凶悪仕様だ。空中か水中か、最悪地中に転移する可能性もある。発動に巻き込まれれば、高度な魔法を操る幹部クラスでも生命の危険がある。一般国民に使われればまず命の保証はない。

 過去に王宮内で、ある貴族が政敵相手にこの魔道具を発動した事件があった。その事件は使用者本人もその相手も、周囲の人間も大勢巻き込んだ大事故となった。数か月後、捜索隊が辺境の海岸で犠牲者の一部を発見出来たが、大多数が現在も行方不明のままという凄惨な事件だった。その事件以降、その魔道具は作成と所持を魔国全土で禁止され、厳しく国内では取り締まられている。

 しかし今回はその魔道具が研究素材に隠されて研究室に持ち込まれ、ナツをいずこかへ飛ばしてしまった。


 ナツが姿を消したあの日、実行犯は両手を喪失した状態でトーコの研究室で確保された。

 転移する対象はあくまで空間であるので、その対象空間の狭間にあるものは範囲の内外に分断される。

 実行犯の両手の肘から下はナツと一緒にいずこかに転移した。ナツが席についていたというテーブルが球状に抉れているのを見て、血の気が引いた。

 すぐさま捜索隊が編成された。

 転移先の手掛かりを我々は全く掴めなかったのだが、セヴェルカルムは一つの方向を指差す。セヴェルカルムは怒りを湛えてはいたが、冷静さを無くしていなかった。訳を聞けばナツに掛けたセヴェルカルムの守護結界は消失しておらず、ナツの命は無事との事だった。それを聞いて一度はホッとしたが、方角を確認して早急に出立する事を決めた。

 セヴェルカルムが指し示した方向は深淵の森だった。

 ノエイデス隊とセヴェルカルム、双翼の一人である剛腕のウォーエンドッドが深淵の森に向かうことになった。昔語りの登場人物であるウォーエンドッドが同行するということで我々部隊に緊張が走ったが、いざ現れた人物は深緑のローブに身を包んだ俺の腰ほどの小柄な爺さんだった。父が双翼本人だと言うのだが、本の挿絵でよく見る姿とはかけ離れていて我々は困惑した。それから、急ぎ移動するばかりで剛腕の活躍の場面もなかったが、双翼同士のやりとりでナツを見つけることができた。

 捜索隊とは別に父の指揮の元、実行犯とその周囲の捜査もすぐさま行われた。実行犯の背後を余すことなく洗い出し、魔王の前に引きずり出す、その実行部隊となったのは怒りにうち震えるトーコとその部下達だった。

 ナツが消えた後、床に額づいて固まるトーコに対してセヴェルカルムは一言言った。

「今後の働きで挽回しろ」

 製薬部は奮起した。

 製薬部はイレギュラーな戦闘部隊でもあり、その出動は久しぶりの事であったが、速やかに首謀者達が捕らえられ裁判が行われることになったことからも、十分な働きをしたのだろうと思う。謁見の間に現れた罪人ども全員が顔の原型を留めていなかったことからも、十分すぎる働きを見せた事が察せられる。

 鎖に繋がれた状態でよろよろと5人の男が広間の中央まで進み出てくる。

 その内の一人は肘から下が両腕ともなく、乱雑に巻かれた包帯から血が滲んでいる。これが実行犯だ。5人ともが身体にダメージを受けていたが、表情は5人ともがセヴェルカルムを前にニヤニヤと口元を緩めており、何とも異様な雰囲気だ。

 衛兵が首元の鎖を引き下げ踏みつけると、鎖が連なっている罪人共が自然と頭を下げて這いつくばる形となる。

 しばらく沈黙が続いてから、宰相が口を開いた。

「お前たちがしでかした事は、情状酌量の余地はなく極刑は免れん。お前たちの考えなど知りたくもないが、今後二度と同じ轍を踏むわけにはいかぬからな。何故陛下の宝珠に手を掛けたのか、理由を申してみよ」

 別の衛兵が罪人たちに近寄り、その体を覆う様に衣服を装着させていく。

 あれは動力部で着用する魔防服だな。セヴェルカルムの魔圧の影響が緩んだのか、罪人共が口々にセヴェルカルムに向けて申し立てを始めた。

「陛下!誤解なのです!陛下の御身を思えばこそなのです!!」

 一人の発言にセヴェルカルムの眉が微かに寄る。

 人形のように整った魔王の顔が微かに動いたことに、男達は歓喜の色を浮かべる。

 なんだ、こいつら。

 今の自分たちの状況を理解できているのか、正気が疑われる。

 嬉々として真ん中の小太りの男が続けて口を開く。

「陛下は若く、お美しく、歴代の魔王陛下の中でも随一の強大な魔力をお持ちの尊いお方でございます。先代魔王以上の更なる魔国の繁栄を!この先長きに渡る魔国の繁栄を必ずや成し遂げられるでしょう!」

 男は熱に浮かされたようにしゃべり続ける。

 ただただ不快でしかないが、宰相の意図を汲んで文武幹部達は男が囀るに任せている。

「偉大なる魔王陛下に並び立つに相応しい者は、歴史ある家門の血を引く由緒正しい娘達でございます。魔力もない平民の娘などでは陛下をお支えするなど、出来るはずもありません!我々は魔王陛下とその娘の誤った状況を正すべく手伝わせて頂いたまで!」

「・・・その娘は、深淵の森に飛ばされたそうだが」

 酷く平坦な声で宰相が口を挟んだ。

「左様でございましたか。不相応な立場に立つことは、本人も周囲も総じて不幸でございます。重責から解放されてその娘も喜んでおりましょう。その結果の命の有る無しは些末な事」

 驚くべきことに、男は本心からの発言をしているようだった。

 世の中にはどうしても分かり合えない相手がいる。まさに目の前の男達のような。

 セヴェルカルムは微動だにしないし、幹部連中の呼吸音すらしない静寂の中、男は尚もしゃべり続ける。

「陛下、まずは先代様と同じく、御妃様を数人娶られませ!私の娘にも年頃の者がございますが、数名の妃候補をご用意してございます。お好みの娘をどうぞお選びください。血筋の良い者と御子を成せば、この先も偉大なる魔国の揺るがぬ泰平の世が続く事でしょう!」

 魔王至上主義の狂信者かと思ったが、狂信的な俗物だったようだ。

 男は言いたい事を全て言った様子で、満足気に魔王を見上げている。

「・・・・ブラン」

「はっ」

 男を静観していたセヴェルカルムがようやく口を開いた。

「この者達の一族郎党、親交ある者、その家の下男下女に至るまで全員を俺の前に連れてこい。一人も逃すな」

「御意に」

 宰相が静かに魔王の側を離れていく。

「お前、名は」

「ア、アーノルド・ブロンコと申します!」

 魔王に名を尋ねられた喜びに、男は顔を上気させてブルブルと体を震わせた。

「ブロンコ・・・。爵位は?」

「・・・3000年ほど前に伯爵位を当時の魔王陛下より賜りましてございます」

 爵位を尋ねられ赤ら顔の男の鼻に一瞬不快そうに皺が寄るが、慇懃に男は首を垂れる。

 この野郎・・・。思い違いも甚だしい。

 いい加減ぶっ飛ばしていいだろうか。

 トーコの足元の大理石も、気が荒ぶるままに放射状に何処までもひび割れていく。

「ブロンコの隣、お前。名と爵位は」

「ふぃ、フィリップ・モーゼズと申します!2000年ほど前に伯爵位を賜り」

「その隣」

 セヴェルカルムはこの場にいる男共の名、爵位を答えさせていく。

 この場の5名の男、全員の名乗りが終わった。

「・・・この者共はいずれも歴史ある家門に連なる、ということか」

「さ、左様でございます!!」

「では、本日をもって魔国身分制度を全廃とする」

「・・・えっ・・」

 再び静寂が謁見の間に満ちた。

 男達に至っては、呼吸も忘れて固まっている。

「本日をもって魔国身分制度の全てを廃止する。よって、お前達はもう自分を貴族とは名乗れない。お前達とその家族に至っては家門を名乗る事も許さん。お前は今日からただのアーノルドだ。その隣はただのフィリップだ。魔王の慈悲をもって、お前達の極刑は免除してやろう。しかし、家門を名乗ればその者は即刻死刑とする」

 魔王の宣告に、男達の顔は最早青を通り越して土気色になった。

 これは、惨い・・・。

 古い家門が唯一の自己証明だっただろう男達に、死ぬよりも辛い罰が与えられる事となった。

「陛下、まずはこの者共の家族、親族を連れて参りました」

 城内に捕らえられていたのか、姿を消していた宰相が再び陛下の隣に戻ると、開かれた正面扉から衛兵に指図され男共の妻や子、年老いた親など、様々な年代の者達がおどおどと謁見の間に入ってくる。

「お前達の考えはよくよく分かった。後はお前達とその家族、親族、使用人に至るまで、お前達と全員が同じ想いであるのか、直接確認してみよう。まずは一人目」

 魔王に従い衛兵が先頭の婦人を連れて進もうとするが、婦人は魔王の遥か手前数十メートルで気絶してしまった。

「そのままでいい」

頬杖を付いた魔王が軽く前方に右手を伸ばす。

「あ・・!がっ・・?!」

 気絶して衛兵に抱えられた婦人が突然ビクビクと体を痙攣させ、後にぐったりと弛緩した。

「・・・いい気になっている黒髪の、地味でパッとしない小娘とは、誰の事であろうな」

「さて、黒髪の愛くるしい独楽鼠なら存じておりますが」

 のんびりと言葉を交わす魔王と宰相の目の前で、心当たりがあるのか男達の内の一人がガタガタと震えだしている。

「過去の発言についての不敬は問わん。俺は心優しい魔王だからな。だが、俺の最愛への悪感情の一切を消去する。手違いで付随する記憶や感情も少しばかり消されるかもしれないがな。なに、多少人格が変わることもあろうが、命を取る訳ではない。些末な事であろう?」

 魔王の美しい笑顔が恐ろしい。

 セヴェルカルムはこの男達に関わる全ての者に対し、精神干渉をするつもりだ。

 最初の婦人は目を覚ましたものの、うっすら口を開いて何の反応も示さなくなり衛兵が退室させていった。

「ブラン、身分制度の廃止について魔国全土に通達を。身分制の廃止は旧貴族の私財を没収するものではない。領地ある者はこれまで通り領主であればいい。王宮の役職に就くものは、その責務に励むといい。しかし身分の上下はなく、これよりは全国民が等しく魔王の臣下である」

「御意に」

 宰相は魔王に一礼をして御前を下がった。

「次」

 魔王セヴェルカルムは淡々と精神干渉を続けていく。

 罪人共は今や床にくずおれて、様子の変わってしまった家族達が退室していくのを力なく見続けている。

 罪人達とその家族は恐怖に体を震わせているが、文武幹部達の顔色も実は余りよくない。

 例えば火、水、風などを使った属性攻撃魔法ならば、どれほど強力な物でも理論上の想像もつくし驚きはしない。

 しかし精神干渉など、これまで聞いたことも見たことも無い。

 攻撃、守護、治療の3系統の魔法理論のどれにも当てはまらない。

 異質すぎるのだ。

 いったい、我らが魔王はその膨大な魔力をもって何処までの事が出来るのか。

 界渡りを自由にすること自体が歴代の魔王と比べても規格外のことだ。

 目の前の当代魔王の御業を、幹部達は無言で見つめ続けていた。


 それから七日間、魔王セヴェルカルムによる無血の大粛清が行われた。

 主に罪人達が関わる古くからの名のある家門が一族纏めて王宮に召集され、城から帰される時には身分が高かった者ほど正気を失っていた。これには主達の帰りを屋敷で待っていた使用人達が恐怖で震えあがった。幾つかの家門は当主の代替わりが行われ、王都の旧貴族達の混乱はしばらく続いた。

 魔王の裁きを受け、元高位貴族が多数廃人となった。

 この話が、真偽はさておき元貴族共の使用人の間から瞬く間に魔国中に知れ渡っていく。

 魔王セヴェルカルムには絶対に逆らってはいけない。

 魔王セヴェルカルムの逆鱗に触れた者は物言わぬ屍とされてしまう。

 畏怖の王セヴェルカルム。

 この二つ名が国内に広まるまで、そう時間はかからなかった。



 それからしばらくして、その畏怖の王は人目も憚らず、俺の目の前で取り返した宝玉を膝に乗せたまま夕飯のカツカレーをモリモリ食べている。次代のクルム様は寝落ちて、俺の隣に敷かれた座布団の上に転がっている。宰相の父はカウンターで小鉢をつつきながらマス酒を楽しんでいる。フロントゥイネは父の隣でモツ煮とビールをぐいぐいやっている。いつもの閉店間際の「清川」の風景だ。

 セヴェルカルムとナツはまあ、進展があったようで前にも増して仲睦まじい。

 この二人を兄妹の様だとは、もう誰も言わない。

 今現在、若干ナツの目が諦めがちにぼんやりしているが、あんな大事件があった後だ。

 王の心の安寧の為に、王の多少の我儘は聞いてくれると助かる。

「おい、畏怖の王。お前、魔国民から滅茶苦茶怖がられているぞ」

 そう話を振ってみると、セヴェルカルムはちらりとこちらに目線をくれてからポツリと呟く。

「どうでもいい」

 だよな。

 お前は本当は、魔国なんて、魔国民なんてどうでもいいよな。

 でもヴィント様から引き継いだから、そしてクルム様に渡す為に、今王として立っている。

 貴族制度にしがみついていた者達は、祖先の資産を食いつぶしながら過去の栄光を懐かしみ、家門の歴史の長さだけを誇りとするどうしようもない者共だった。

 城内の各部門への一般国民の幹部・官吏登用は先代のヴィント様の代から進められており、身分制度の廃止は時間の問題でもあった。

 父が「ヴィント様の目くらましは良く効いた」と言っていた。

 ヴィント様は何十人もの寵姫を貴族家から娶り、各家に何かにつけ小金をばら撒き、寵姫の実家の虚栄心を満たしてやった。そして、それと並行して貴族恩給を緩やかに廃止した。その結果、能力のある者達は実力で身を立て、小金に騙されていた者達は気付けば魔国内での発言力も影響力も無くなっていた。

 今回の事は、成るべくして成った時代の変化でもあるだろう。

 だが、セヴェルカルムの逆鱗に触れなければ、もうしばらく形ばかりの貴族制度は継続していたかもしれない。セヴェルカルムは貴族にも一般国民にも、等しく関心が薄かったのだから。

 馬鹿共が自爆した、という結果だと思う。

 魔国の王制に関してはもうしばらく継続する。

 父があの後セヴェルカルムに念押ししていた。

 少し不服そうではあったが、「クルム様の為に緩やかな移行を」と言われ、セヴェルカルムはコックリ頷いた。

 身内認定した者には、セヴェルカルムは優しいし心を配る。

 これまでは近づける者が限られていた為、セヴェルカルムのそのような一面は一部の者にしか知られていなかった。しかし、ナツとチヒロさんがセヴェルカルムの側に居るようになって、セヴェルカルムの庇護の翼が二人を支点にどんどん広がっていく。セヴェルカルムの周囲が賑やかになっていく。

 良かったな、と思う。

 しみじみと物思いに耽っていると、俺の目の前に小皿がそっと置かれる。

 つやつやの大ぶりのラッキョウが三個。

 セヴェルカルムが俺を見つめてコックリ頷く。

 コックリじゃない。

 ラッキョウはカレーの合間に食べるから旨いんだぞ。

「・・・・」

 俺は立て続けに三個、ラッキョウを口に突っ込んだ。

 歯触りの良いラッキョウを噛み砕いていると、セヴェルカルムの膝の上のナツがこちらを見てクスクス笑っている。

 まったく、この二人は。

 俺になら何をしてもいいと思っているだろう。

 だが俺にだけ見せるこの二人の、時折見せる他愛もない振る舞いをその都度仕方がないなと許してしまう。

 その時点で俺の負けだ。

「セイちゃん、ラッキョウ大丈夫だったー?」

 カウンターの向こうのチヒロさんに謎の見栄を張り、セヴェルカルムはコックリ頷く。

 大丈夫じゃなかったろうが。

 フッと力が抜けた。

 俺の隣で眠り込んでいるクルム様の寝息は、規則正しく穏やかだ。

「平和だ」

 思わず口からこぼれた呟きは変なタイミングで店内に響いてしまい、カウンターの父とフロントゥイネがこちらを振り返る。

「尊いですわ。何でもない日常の幸せを噛み締めて、閣下、乾杯いたしましょう」

「ははは」

 俺を肴にカウンターの2人とチヒロさんが楽しそうに乾杯している。

 別に揶揄われてムキになる年頃は過ぎているので、俺は全然気にしない。

 気にしないといったら気にしない。

 カツカレーを食べ終わったセヴェルカルムは、膝に抱えたナツの頭頂に鼻を埋めて目を閉じている。

 ・・・コナツを吸っている俺はあのような感じなのか。

 セヴェルカルムに吸われているナツと目が合う。

「平和が一番だね」

 セヴェルカルムに好きにさせたまま、ナツが目を細めて笑う。

「そうだな」

 良いことは起こらなくていい。

 もう悪いことが起こらないで欲しい。

 それと、何でもない平和な一日は、コナツを吸わないと終わらない。

 俺は人の振りを見て我が振りを直したりしない。

 やりたいことをやる。

 俺は確固たる足取りで、ガラス戸の向こうで待ち構えているコナツへと向かった。  



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