深淵の更に底 2
トンネルの出口の周辺はトランお爺ちゃんがあらかた均しておいてくれて、私はどうにか穴の中から這い上がった。
私たちが今までいた暗闇よりも空気の動きがはっきりしていて、微風が時折髪を靡かせていく。暗闇の中で遠かった音が、いまやはっきり聞こえるようになった。
バチバチと何かが弾けるような音に交じって、悲鳴のような動物の鳴き声。
「ね、猫ちゃん?」
「うううむ、ありえんなー」
トランお爺ちゃんは否定するけど、鳴き声は猫にしか聞こえない。しかもこの高い声は、子猫なんじゃ。
「猫ちゃん・・・」
辺りをキョロキョロ見回すと、開けた空間の中央で、地面にぽっかり丸く穴が開いていて、その穴から青白い火花が何度も何度も弾けて吹き上がっていた。バチバチとした音はここからだ。
そして助けを求めるような鳴き声も地面の穴の中から聞こえてくる。
「トランお爺ちゃん、あの火花、何?」
「魔素の渦じゃな。かなり大きいのぅ」
この世界の魔石は魔獣や魔物の中から取れるものと、地中の鉱床から取れるものの2種類があり。魔素の渦がどうして発生するのかは分かっていないけど、魔素の渦の近くでは鉱物が魔力を帯びて魔石になり、鉱床が広がっていくのだそう。
「魔素の渦って、近付いたら危ない?」
「まあ、あの火花を体に浴びれば、低魔力者は全身大やけどじゃな」
「おう・・」
魔力の無い私なら、即死レベルなんじゃ。
「ナツちゃんは当代の結界があるから大丈夫じゃろうがの」
「トランお爺ちゃんは?」
「ちょっと、ヒリヒリする位かの?」
「近づいてみてもいい?」
「・・・ちょっとだけじゃよ」
火花が吹き上がっている穴の淵を少し覗くだけ、とトランお爺ちゃんの許しを得て、私達はそろそろと魔素の渦へ近づいた。
慎重に近づいたのだけど、穴の淵までもう少しと言う所で吹き上がった火花が無秩序に跳ねて、なんとトランお爺ちゃんの後ろにいた私を直撃した。
「うわ!」
「ナツちゃん!!」
「・・・・」
「・・・大丈夫かの?」
まったくもって、全然大丈夫だった。
「トランお爺ちゃん、私平気そう。お爺ちゃんは私の後ろにいてね」
「ナツちゃんは勇ましいのう」
火花が跳ねてきたら、私がトランお爺ちゃんの盾になれば大丈夫そう。
線香花火の火花って、触っても熱くないんだよね。あんな感じかと思うと、あの火花に近づくのは少し面白そう。バチ、バチ、と飛んでくる火花を体の前面で受けたり、頭で受けたりしながら、私はトランお爺ちゃんと魔素の渦巻く穴に近づいて行った。
穴の淵に到着して、私とトランお爺ちゃんはそーっと穴の中を見下ろした。
「いた!猫ちゃん!!」
魔素の火花が乱舞する渦の中心に、悲痛な鳴き声を上げる猫がいた。
体に対して頭が大きい。大人猫じゃなくて、やっぱり子猫だ。
子猫は火花に打たれては痛々しい鳴き声を上げている。穴の底で蹲っているから、だいぶ弱っているのかもしれない。
「トランお爺ちゃん、子猫だよ!助けてあげないと!」
「待て待て、ナツちゃん」
「そんなに穴も深くなさそうだから、私行ってくる」
「待て待て、わしも行くわい」
穴の淵からはぐるぐる回りながら、螺旋階段みたいに下に降りられそうだった。
穴の中は、火花が激しく弾けていたけど、お爺ちゃんを壁側にして気を付けながら慎重に穴の底へ向かっていく。
「ん?思ったより、深いね」
すぐに子猫の所まで降りられると思ったのだけど、想定の数倍の距離をトランお爺ちゃんと降りることになった。
「んん?」
一歩一歩子猫に近づいていく。
あれ、遠近感がおかしい。子猫が、なんか、大きい。
穴の底に降り立って、上を見上げると思った以上に深かった。
「子猫・・・。大きい子猫だねぇ」
穴の底で火花がバチバチしている中でミャアミャア鳴いている子猫(仮)。10メートル位離れて見ているけど、でかい。私よりは小さいと思いたい。
「そうじゃのう。あと、ナツちゃんは火花を吸っとる」
「えっ?!」
吸う?!どうやって?!
辺りを見回すと、あれだけ派手にバチバチしていた火花は子猫(仮)の周りだけになっていて、穴の上に吹き上がるほどの火花はもうなかった。
「魔素の渦は?」
「あの獣の周囲くらいにしか残っていないのう。どれ、獣の様子を見てみようか?行儀が悪ければ、わしが躾けてやるからの」
トランお爺ちゃんはザックザックと穴の底の死ぬほど硬い岩盤に杖を突き差し、ウォーミングアップをするかのように足元の岩を砕いている。
「多分子供だから、優しくしてあげたいなぁ」
優しくしてあげたいけど、きっと私よりも力も強いだろうし、ガブーっとヤラれそうだったらトランお爺ちゃんにお任せしよう。
私とトランお爺ちゃんは子猫(仮)を怖がらせないように、ゆっくりと近づいて行った。
「ンナゥン。ニャアーン」
声はまんま猫。
弾けて飛んでくる火花に掌を向けながら進んでいくと、周りの火花がどんどん消えていく。
子猫(仮)の目の前にようやくたどり着く。
その子は蹲っていても、目線は私の胸元位まであるビッグサイズだった。これ、立ち上がったら2メートル越すんじゃじゃなかろうか。造形としては、ぶっとい足に大きい頭、白銀の毛皮と青い目、おまけにピンクの鼻という、100点満点の可愛い子猫だった。この子はもっともっと大きくなるなー。
「ニャッ!ニャー」
子猫の毛皮が青白く膨らんでいて、毛が逆立っている。
魔素の火花がまだ体に纏わりついているのかも。静電気が帯電している感じかな。
「怖くないからねー。触るよー」
どちらかというと、私の方がちょっと怖い。
可愛いけど、大きすぎると猛獣と変わらないと思う。
掌をそっとピンクの鼻に向ける。子猫はフンフンと私の手の匂いを嗅いで、挨拶してくれた。
「痛かったねー。頑張ったねー」
しっとりした鼻からほっぺに手を滑らせて、逆立った毛並みを撫でるように首の下に下ろしていく。
「ゥゥウナン、グルルル」
すごい。すぐに喉をゴロゴロしてくれた。懐っこい。
「よーしよしよし」
子猫の顔だけで私が一抱えする位ある。子猫の大きな体を、魔素の渦の残滓を払うように一生懸命撫でていく。全身筋肉痛でクタクタだけど、撫でれば撫でるほど子猫の体が楽になっていくようだったので、体に鞭打って頑張る。
「ふう、こんなもんかな」
子猫の全身をくまなく撫で繰り回すと、子猫は地面に寝そべり満足そうに毛づくろいを始めた。私は達成感と共に大きく息をつく。
「ナツちゃんお疲れー」
トランお爺ちゃんがペットボトルのスポドリをくれたので、子猫のお腹を背もたれにして休ませてもらうことにした。私とトランお爺ちゃんがお腹に寄り掛かっても、子猫はそのまま大人しくしている。とてもいい子だ。
「ほっほっほ。ナツちゃんの魔力が凄いことになっておるよ」
「んえ?」
私の魔力?
「これほどの巨大な鉱床を生み出した魔素の渦を、全て一飲みにしてしまったからのう。純粋な魔力だけ見れば、初代魔王を凌ぐくらいじゃ。これは凄いのう」
「ええー?」
トランお爺ちゃんは一体何を言っているんだか。
「ふーむ」
トランお爺ちゃんが私の手をつかんで、指を広げたり、ニギニギしたりする。
「ナツちゃん、魔法を使えたりせんかの。言ってごらん、ウォータ」
「うぉーた」
トランお爺ちゃんに手を掴まれたまま、聞いたことがあるような呪文を唱えてみる。
「ほっほっほ。使えんかあ」
「もうー、使えるわけないじゃん」
「ふーむ、ではどうしようかのう。まあ、後は当代に任せるか。どれ」
トランお爺ちゃんが立ち上がって、私にも手を貸してくれる。
一休みして、私の体力も少し回復した。そろそろ動かないと。
私達にお腹を貸してくれていた子猫に話しかける。
「猫ちゃん、自分で帰れるかな?」
「ンナン」
うん、何を言ってるかはわからない。
どうしてここで魔素の渦に捕まっていたか分からないけど、気を付けてお帰りね。
バチバチと火花を散らして渦巻いていた魔素は、すっかり消えてなくなっていた。
トランお爺ちゃんは、私が吸ったとか、丸飲みにしたとか言っていたけど、そんな凄いことした覚えはない。
よくわからないけど、子猫を苦しめていた魔素の渦が無くなってよかった。
「猫ちゃん、元気でねプ」
子猫とさよならしようとしたら、大きな頭をグイと子猫が押し付けてくる。
「どうしたの。帰っていいんだっプ」
帰るよう促す度に、子猫がフワフワの額の和毛で私の口を塞ぎに来る。嬉しいけども。
「どうしたのかな」
「懐かれたのう」
「ンニャウ、ンナンアンンナゥ」
子猫が一生懸命お話しながら、今度は私のお腹を額でグリグリ押してくる。
「はあ、かわいい」
名残惜しくて子猫の頭に抱き着くと、子猫が私を頭にのせたままグイーンと上体を起こす。
「・・・その獣、ナツちゃんを乗せてくれるんじゃないかの」
「ええー、まさかあ!・・・マジで?」
トランお爺ちゃんの言葉に、私は子猫にしがみ付いて宙に浮いたまま少し考える。
野生の大型獣に乗って移動。そんなこと、是非やってみたい。
相手は限りなく赤ちゃん臭い大型獣なのだけど。
「・・・猫ちゃん。乗せてくれる?」
「ンナナン」
「・・・・失礼しまーす」
私は子猫の頭を乗り越えて、子猫の背中に到達してから体の向きを変える。
猫ちゃんはおりこうさんにジッとしていてくれる。
私はどうにか子猫の背中にまたがった。
「ンニャン」
子猫は可愛く一声鳴くと、トトトッと私達が降りてきた穴の壁に沿う螺旋の道を上に向かって駆け上がり始めた。体が大きいから移動速度は結構なものだ。
「トランお爺ちゃん!」
「ほいきた!」
トランお爺ちゃんが飛び上がり、私の後ろに着地する。
トランお爺ちゃんが相乗りすると、子猫は更にスピードを上げて走り出した。
だけど鞍も何もない裸の動物に乗るなんて、運動神経が飛びぬけて良くもない私には無茶な話だった!
どこに捕まればいいのか分からない。毛を掴むなんて、子猫が痛そう!
「お、落ちるう!」
「ナツちゃん、固定してやるからの」
トランお爺ちゃん言うやいなや、私の体がふっと包まれたように安定した。子猫の筋肉と毛皮の動きに振られたりしなくなって、ホッと一息つく。
「トランお爺ちゃん、魔法が」
「うむ。魔素の渦が無くなって、ちょっとだけ使えるようになったの。助けはまだ呼べんから、ほれ獣、頑張って地上に連れて行っておくれ」
「ンニャアン」
子猫は果たしてどこに連れて行ってくれるのか。
青い星が瞬くドームの中から、あっという間に子猫は飛び出してしまった。上に下に、右に左に。子猫は縦横無尽に走り続ける。もう真っ暗闇の空間から脱出したようで、薄暗い洞窟を子猫はひたすらに走り続ける。
「ちょっと気持ち悪くなってきたかも」
「ナツちゃん、目を閉じていていいぞ」
結構上下の振動がきつかったので、私はトランお爺ちゃんの言葉に甘えて目を閉じた。
そのうちウトウトしてしまったようで、トランお爺ちゃんから優しく起こされると、世界は一変していた。
辺り一面が濃い緑。鬱蒼とした森の中に私達は居た。
子猫のお腹をまたもお借りして、私はしばらく眠っていたようだった。お尻の下にはフカフカの苔の絨毯があった。とても寝心地がよかった。
「すごい・・・。屋久島みたい」
苔むした巨木が何本も立ち並んでいて、日の光はわずかしか届かない。
何だか厳かな雰囲気で、森の主でも出てきそう。
「深淵の森じゃの。昔から変わらんのぅ。ナツちゃん、もう一度笛を吹いてごらん」
「あっ、うん」
そうでした。地上に出たら助けが呼べるんだった!
私はもう一度、銀色のホイッスルを鳴らす。
「よし、ドッドの爺と繋がったの。しかし、ちいと距離があるのう。ここで助けが来るまでしばし待とう」
「うん、わかった」
呼び出しの笛がドッドお爺ちゃんに届いたとの事で、ホッとした。
いったいこの森の中で何日彷徨っていたのだろう。
私達は山中の洞窟に落とされたようで、山頂から延々と落下して最初の地点に到着したのだそう。一生懸命に上を目指そうとしていたのだけど、子猫が山中の洞窟を真横に突っ切ってくれたようで、地中から脱出ができた。
「猫ちゃん、ありがとう」
「ンニャン」
子猫はご機嫌のようで、ずっと喉をグルグル鳴らしている。
この振動、疲れも相まってまた眠くなってくる。
子猫の体の振動に身を任せて、またもトロトロと意識が眠りに沈もうとした時、突然辺りに低い獣の鳴き声が響き渡った。
私は驚いて鋭く息を吸い込んだ。
「近い」
トランお爺ちゃんが私達を庇いながら、鳴き声がした方に向かって素早く杖を構える。
こんなに森の奥深くに居るんだもの、何か動物が生息していてもおかしくない。
むしろいるでしょう!
「ンナーン!」
子猫が結構な大きさで突然鳴いて、口から心臓が飛び出すかと思った。
「猫ちゃん、しーっ!」
「ンニャウ、ンナニャウン」
小声でお願いするも、子猫はずっとお喋りを続ける。
「お願いだから静かに」
「グルガアアアア!」
私は恐怖のあまり身動きが取れなくなった。目だけを動かして、どうにかその声の正体を確認する。
巨木の間からとうとう声の主が現れた。
それは見上げるほどに大きな、白い四つ足の獣だった。
青く光る瞳が私達をひたと見つめてくる。
自分の心臓の音がうるさい。息が上手く吸えず、私は浅い呼吸を懸命に繰り返す。
「ナツちゃん、じっとしておれよ」
トランお爺ちゃんと白い獣の睨み合いが続く中、私の背後の子猫が突然に前方に躍り出て、白い獣に向かって走り出した。
「猫ちゃん!!」
「ナンナンナーン!!」
白い獣は子猫を待ち構えるように、大きな前足をゆっくりと上にあげる。
子猫は白い獣に向かって飛び上がった。
私は見ていられずに両手で顔を覆った。
「グルガウ!」
「ニャアーン!」
なんてこと。せっかく魔素の渦から助け出したというのに。
あの体格差では、子猫はひとたまりもないだろう。
「ガウ!」
「ニャアアーン!!」
子猫の悲痛な声が響き渡った。
本調子ではないトランお爺ちゃんと私では、子猫をとても助けられない。
「うう、猫ちゃん・・・!」
私はこらえ切れず、トランお爺ちゃんの背中にしがみ付いた。
「ガーウ」
「ンニャアン、ンナンナンナゥーン」
「・・・ナツちゃん、見てみぃ」
「・・・ん?」
そういえば、子猫はいまだにナゴナゴ鳴いている。どうなってるの?
私は恐る恐る子猫と獣の様子を見てみた。
「グルル」
「ンニャアン」
白い巨大な獣に子猫はお腹を見せている。その子猫のお腹に白い獣は顔を埋めていた。
た、食べられ?
「グルルル」
「ミャアーミャウー」
子猫は初めて聞くような高い鳴き声をしきりに上げている。
「・・・毛繕いしてあげてるね」
「うむ」
白い獣は子猫の毛繕いを止めると、おもむろに子猫の前でお腹を見せて横たわった。
すかさず白い獣のお腹目掛けてとびかかっていく子猫。あちこちまさぐって位置を定めると、子猫は獣のお腹を両手でモミモミしている。
「乳を吸い始めたな」
「そ、だね」
白い獣は子猫のお母さんという事が確定した。
「お母さんかあ・・・」
しかし、子猫と同じように子猫のお母さんが私達に友好的とは限らない。
「トランお爺ちゃん、どうしよう」
「今のうちに、逃げようかのう」
とりあえず、子猫は親の元へ返せた。さよならしても大丈夫だろう。
私達は子猫とそのお母さんを見ながら、そーっと距離を取ろうとした。
「ンナン」
それまで一心不乱にお母さんのお腹にくっついていた子猫が、クリンとこちらを振り向いた。
いやいや、こちらは気にしないで、ごゆっくりお食事をどうぞ。
その気持ちを込め、子猫にニッコリと微笑み、私とトランお爺ちゃんは更にそっと後ずさる。
「ニャニャン」
私の想いは全く伝わらず、子猫はお母さんから離れてこちらに駆け寄ってくる。
くっ、判断が遅かったか。
子猫がグルグル喉を鳴らしながら私のお腹に顔を押し付けてくる。ミルクの匂いがするー。まごうことなき、この子は赤ちゃん猫だった。
「お母さんと会えて良かったねえ。気を付けて帰ってね」
最後に思いっきり頭をわしゃわしゃ撫でまわして、よいしょとお母さんに向けて子猫の体を押す。押しているつもりだけど、子猫全く動かない。
「う、ぐぐぐ」
押すよりは走って逃げた方がよいのか。ダメだ、すぐ追いつかれるに決まっている。
迷っていると、私と子猫の上に影が差した。
「っ!!」
気が付くと、子猫のお母さんが至近距離でこちらをのぞき込んでいた。
子猫のお母さんがどんな動きをするのか判断がつかず、私とトランお爺ちゃんは相手を刺激しないようにじっとしていた。
子猫のお母さんは二歩三歩と更に私達と距離を詰めると、再びゴロンとお腹を見せて横たわった。そして子猫のお母さんは前足で、子猫ごと私とトランお爺ちゃんを引き寄せるとお腹の上に抱き込むように乗せた。
「ふ、フワフワ」
子猫のお母さんのお腹の毛は毛足が長く、程よい柔らかさ。触ると手がすっぽり毛皮に埋まってしまう。子猫は再び子猫のお母さんのお腹をまさぐり始めた。
横たわった子猫のお母さんが少し顔を起こすと、私の顔面を大きな舌でベロンと舐め上げる。涎まみれになることもなく、ピンク色のしっとりしたビロードに顔を撫でられたような気持ち良さだった。子猫のお母さんはベロンベロンと顔に続いて私の頭、服の上から全身を舐め回す。
「うっ、うう。猫母さん、お構いなく」
大きい舌に舐められる度に子猫のお母さんのお腹の上を転がらないように耐える。
ちなみに私の隣にいるトランお爺ちゃんは一切舐められない。なんで。
「もう、好きにして!」
踏ん張るのも疲れたので、私は子猫のお母さんのお腹の上にうつ伏せで突っ伏した。好きにすることにした子猫のお母さんは、それから気が済むまで私を毛繕いしてくれた。
とりあえず、子猫のお母さんは私とトランお爺ちゃんとも仲良くしてくれるみたいで一安心した。
「この親子がおれば、大抵の魔獣の類は避けて通るじゃろうて」
私はうつ伏せで子猫のお母さんのお腹に顔を埋めたまま。私の隣で、トランお爺ちゃんも子猫のお母さんのお腹の上に座っている。
お迎えが来るまで、あとどれ位かな。
トランお爺ちゃんと、可愛くて強そうな猫の親子も一緒。心強い。
研究室から飛ばされて、緊張し続けていた気持ちがふっと緩んだ時だった。
「良くやった、トランウイッシュ」
「すまなんだな、当代。だが、かすり傷一つ付けず、お返しするぞ」
低い、落ち着いた声。
お城の中では厳格な王様の口調だけど、私とちーちゃんの前では柔らかい言葉でたくさんお話してくれる。
私の頭を撫でる大きな暖かい手。
「奈津」
不思議とセイに名前を呼ばれると、きちんと日本語に聞こえるんだよ。
「奈津」
うつ伏せの体がぐんと持ち上げられる。くるりと体を返された。
「良かった、奈津」
ぬいぐるみよろしく、いつでも何処でも抱き上げてハグしてくる。
でも、クルム君のハグとは少し違うって、最近気が付いたんだよ。
ちーちゃんとも、こんなハグはしない。
私とだけなんだって、気が付いたんだよ。
セイが私を掲げるように抱き上げて、下から見上げてくる。
絶世のイケメンが、泣き笑いみたいな顔をしていた。
「セイッ・・!!」
「奈津、ごめん。怖い思いさせた」
私はセイに思い切りしがみ付いた。
しゃくり上げながら、どうにか嗚咽は堪える。
でも多分、涙と鼻水で顔は酷い事になっている。
セイがいつもしているように、私の背中を一定のリズムでトントン叩いてくれる。
セイの少し私より高い体温。微かなシトラスの香り。
しなやかな筋肉がついた腕が、私をしっかりと抱きしめてくれる。
セイが迎えに来てくれた。もう大丈夫。
やっとそう思えた。




