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恋に落ちる瞬間

「お嬢様、失礼します」


 私は魔理沙を連れて食卓に戻った。このとき、私は内心、とても驚いていたのだ。


 お嬢様は、食事をお言えるとすぐ自室へと戻る。しばらくしたら、ベランダに出て、私が紅茶を出すのだ。これを、約5年。私がお嬢様にお支えしたときからまったく欠かしてはいない。


 だが、魔理沙を連れてお嬢様の部屋を覗いても、そこにお姿はなかった。


「どこにいるのぜ!!」


「うるさいわね、こっちもびっくりしてるんだから黙ってなさい」


 道中、魔理沙がしびれを切らして、私に言いがかりをつけ始めた。彼女には私が寄り道をしたと思ったのだろう。


 そのとき、私は冷や汗をかいていた。もしまだ、食卓にお嬢様とあの男がいたとするならば……時間を忘れるほど楽しい、ということだろう。


 そうなれば前提が崩れかねない。部外者を監視するために、この屋敷に赤塚を泊めるというのは、逆効果の可能性もある。しかし、お嬢様があの不審者にたった数分で惚れ込んだというのは、考えられない話だが……


「おい! どこにいるんだ赤塚は!?」


「あー、あんた、なんかおかしいんじゃない? あんな男ほっとけばいいのに」


「なっ! そんなことできるわけないだろ!!」


「なんで?」


「友達だからなのぜ!!」


「へー、本当に……?」


「う……そうなのぜ」


「ま、いいわよどうでも」


 食卓についてみると、私の様相は当たった。


 私が離れてからまったく変わらない立ち位置で、ずっと話し込んでいるお嬢様の姿が。ステンドグラスからの光を背に、赤塚の方へと斜めに体を向けている。青い服装に光がかかって、小さな妖精のように八重歯を光らせている。


 その前に、極めてリラックスした赤塚の姿があった。黒いスーツはずっと黒いスーツのまま、何の変哲もない男。私からしても恐れ多いはずのお嬢様に、なぜか対等な顔をしていた。


 私の隣で、魔理沙は拳を震わせている。少し俯いていた。やはり、彼女らしくない……まるで惚れているかのようだ。


「あ、赤塚……無事だったのぜ?」


「ああ、魔理沙さん。私はこの通り、すごいいい待遇を受けていますよ」


「そ、そうのようだな……それはよかったぜ」


 魔理沙は少しおびえているようだった。なにか、言われたくないような言葉があるかのようだ。慎重に、そのスイッチを押さないよう言葉を選んでいた。


 ピンクの唇から、静かに言葉を出した。


「か、そろそろ帰ろうぜ? 赤塚……」


 黒い帽子の下から、自信なさそうに斜め下をぞのく。ためらったような口ぶりに、私はやはりかと感づいた。


 霧雨魔理沙は、彼に恋をしている。


 黒い帽子を深くかぶっていた。この屋敷は少々暗めのはずなのに、そのようなことまでして、顔を隠していた。静かに息を吐いて、抱きしめるように手を前へと回した。


「帰ろう……赤塚」


「魔理沙さん……チョット渡したいものがあるんですが」


「え?」


「手を出してください……そう、両手です」


 魔理沙は赤塚の前に小さく歩いて寄り添った。両手前に、水をすくうような手つきで出した。


「はい、これをあなたに」


「え……? どういうことなのぜ?」


 魔理沙の手に置かれたのは、黒くて分厚い本だ。革張りの、しっかりとしたもので、六防錆が描かれている。


 私の頭の中に、赤塚の考えがよぎった。それは、彼に恋している魔理沙にとって、酷いことだとすぐ気付く。赤塚に否定するような視線で、私は自分の首を左右に振った。銀髪が追随する。


「どういうことなのぜ……?」


「僕、この屋敷にしばらく泊めてもらうことになったんです。ですので、この本だけでも渡したくって」


「ま、待つんだぜ!? 私の家に帰るつもりは……!?」


「安心してください。レミリアさんに話は通してありますから」


「そんなのどうでもいいのぜ、早く帰ろう!!」


「あ〜、そうですね。ずっとお世話になるのも悪いので、僕がいない間は久しぶりにゆっくりしてくださいよ。ね? 魔理沙さん」


「私のことは気にしなくていいのぜ!? だから帰ろう、な? な!?」


「いえいえ、お気になさらずにどうぞ」


 この男……下衆か……女の気持ちをいくら踏みにじれば気がすむのだ。彼女がここまで引き止めているというのに、そこまでしてなぜこの屋敷に……


 ここはやはり、彼を屋敷から追い出すべきか。


わたしと魔理沙、そして赤塚の発言が交錯する。


「お嬢様、どうやら彼には必要としている人もいらっしゃるようですし、今回のお泊まりはなかったことにしても良いのではないでしょうか?」


「そ、そうなのぜ!? ここには女しないないから、男はチョット野蛮なのぜ」


「うわ〜、僕のこと獣かなんかだと勘違いしてますよね〜。あはははは」


 魔理沙の言い分には少し矛盾もある。そこを気にするならなぜ自分のうちに止めるのか、と言いたくもなるが、それくらい彼が好きだということだろう。


 さすがに、お嬢様も引き止めたしはしないはず……


「何か勘違いしてないかしら、昨夜、魔理沙」


 お嬢様は、冷静に言い放った。そういえば、先ほどからまったくこっちを見ていない。まるで、興味がないかのようだ。


 冷静に、ずっと紅茶を手にしていた。口の前に構えて、遠くを見つめている。


「な、なんだぜ急に!?」


「お嬢様、どのような意味でしょうか?」


「私は彼に泊まって欲しいなんて一言も言ってないわよ? 彼が泊まりたいならなら泊まればいいって言ってるのよ」


 ……なるほど、お嬢様はあくまでも赤塚の意思を尊重するというのですか。主人として、私からは文句のつけようない発言です。


 しかし、上手いこと言っているようにも聞こえる。とはいえ、色恋沙汰に興味がないというのも、お嬢様らしいといえばらしい……


 もう少し様子を見ましょうか。


「では、赤塚さん。あなたが決めていいとのことです、私はお嬢様の意思を尊重いたしますので」


 魔理沙が私の裾をつかんだ。強く引っ張り抗議する。


「咲夜……!」


「魔理沙、仕方ないわよ」


「でも……」


 魔理沙の目に涙がたまっていた。潤んだ瞳で私の下から覗き込んでいる。彼女の背は低いわけではないが、これほどまでに幼く見えたのは初めてだった。


 ハロウィンで迷子の、そんな姿を思い描く。


「大丈夫ですよ、魔理沙さん」


 ふと、赤塚が声を上げた。立ち上がって、彼女の両手を掴む。その拍子に分厚い本がどさりと絨毯に落ちた。


「私は絶対戻りますから。安心してください」


 赤塚は黒いスーツの手をそっと魔理沙の後ろへと回した。髪の毛を撫でて、擽るように諭した。


「すぐ戻ります。きっと」


「いつ……いつ戻るのぜ!?」


「10日です。10日で戻ります。いいですよね? 魔理沙さん」


「……わかったのぜ。絶対に戻ってっくるのぜ?」


「ああ、わかってるよ」


 最後のタメ口が、魔理沙の心を揺さぶったのが、手に取るように変わった。赤塚は背が高い方ではない、だが、魔理沙より大きく見えたのも確かだ。


 魔理沙はそのまま彼の胸に身を寄せようとしていた。だが、赤塚は身をそっとそらして、肩に手を回す。


「すぐ戻ります。それまでしばしお待ちを」


「わかったのぜ、でも、すぐ遊びに来るのぜ。それまで元気でやってろよ!!」


 魔理沙は吹っ切るように、にっかり笑った。


「はい、わかりました」


 赤塚の手つきはいつになっても優しく柔らかい。女性が恋に落ちる瞬間を、私は初めて目撃したのだ。





「なんとか、なんとかして元の世界に戻らないと……」


「ケリをつけないといけないことがあるんだ」


「この世界で忘れ去られている場合じゃないんだ……」


「まだ、誰にも気づかれてない」


「よかったよ、女性ばかりで……女性は強い、やさしい、僕の何倍もだ……」


「だからこそ、絶対まだばれてはいけないんだ……魔理沙、ごめんな」


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