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アプローチ

 朝食の後、お嬢様は赤塚という男と別れて、自室にお戻りになられた。少しはずんだようなステップで、何かを大切に抱きかかえているのだ。


 お嬢様の手元にあったのは、パンダのぬいぐるみ。幻想郷では作れないほど精密なふわふわのぬいぐるみだった。


 可愛いものが好きなお嬢様は、誰にも見られていないところでニヤニヤするのだった。さすが、プライドの壁が高い。


 その頃、魔理沙は紅魔館の正門から寂しげに立ち去っていた。私は、その姿を窓から眺めると、胸のあたりに鋭い感情を感じた。


 私はまた赤塚と鉢合わせる。


「どうしたのかしら? あれからずっと食堂にいたの?」


 赤塚は食堂の椅子に、お尻を寄せて、上のステンドグラスを眺めていた。暖かな光は、絵本の中の太陽のようだった。部屋の中、一人だけ暖かく照らされていて、不覚ながらも美しさを感じてしまった。


 彼の顔に讃える少し寂しげな目は、そっと私を見つめていた。


「ああ、咲夜さん。お久しぶりです。30分ぶりですね」


「ええ、できればこれ以上関わらないでもらいたいけどね」


「いやはや、これは辛辣」


 彼の顔から、寂しげな瞳が姿を消したように、今はおどけた瞳がある。


「一つ聞いてもいいかしら?」


「はい? 何でしょうか?」


「一体なんのためにこの屋敷に泊まるなんて言ったの?」


 彼は微笑んでいる。極めてリラックスしているようだった。


「さて、なんででしょう」


「とぼけないでほしいわね。理由がなければそんなことはしないもの」


「では、あなたは『こんな屋敷、理由もなければ誰も泊まらない』、とおっしゃるのですね?」


「……とぼけないでって言っているのよ」


「……すみません」


 私の警戒がようやく通じたのか、彼は少ししょんぼりとした。肩を小さくすくめて、斜め下を眺めている。


「何がしたいの? 魔理沙もかわいそうよ、あんなの……」


「いいえ、いずれはそうなる予定だったので」


「へー、元からたぶらかすつもりでいたような言い方ね」


「そうなのですが、実は……少し違います」


 彼はステンドグラスを背に、白いテーブルクロスの机を眺めた。ポケットに手を入れて、暖かい太陽の光を肌で感じていた。


「実は、私がこの幻想郷に来たのは、とあることが原因で山に迷い込んだことがきっかけでした。そのあと、一番初めにお世話になったのが、あの霧雨魔理沙さんです」


 なるほど、それが馴れ初め……いや、初対面というわけか。


 というか。今、自分のことを私といったのだろうか。先ほどまでは僕と言っていただろうに。


「あ、気にしないでくださいね。私は職業柄、真面目な話をするときは自分のことを私っていうことにしているんですよ。これは、相手の印象を変える大切なテクニックです」


 あ、っそう……心を読まれたのか??


「その後、私は魔理沙さんのお家にお泊りさせてもらうこととなりました。つまり……一つ屋根の下二人で……ということになります」


 確かに……見知らぬ男とはいえ、一瞬でお嬢様に取り入れるほどの話術を持つ男性ならば、一つ屋根の下で暮らすなら恋愛の一つや二つは起こるのだろう。


 だが、彼はそれを重々承知しているはずだ。となると、わざと彼から魔理沙を誘ったということだろう。


 ……やはりいけ好かない。


「初め、魔理沙さんはすごい素敵な女性でした……ですが、決定的な違いを見つけてしまったんです」


 彼は深いため息をついていた。思い出したように、目をそらす。


「それが何かわかりますか? 咲夜さん……」


「さあ、私は男の人の考えることはあんまり知らないのよ」


「そうですか……? でも、私はあなたの考えることがよくわかりますよ?どうせ今そうめん食べたいですよね?」


「はっ倒すわよ……?」


「眉間ってそんなしわくちゃになるものでしたっけ?」


「いいから、さっさと話しなさい」


「ウ〜ン、それは興味ありということですね……わかりました、お話ししましょう」


 すると、急に彼がこちらを振り向いた。黒いスーツで、両手をポケットに突っ込んだ姿が、太陽に照らされる。赤い絨毯に、彼の影がそっと伸びた。


 私の方を向いて、ポケットから手を抜いた。両手を前に広げて、自分の全面を見せながら、私に尋ねる。


「どうですか咲夜さん? あなたは、男の人と付き合った経験は?」


「ないわね、興味すらないわ」


 赤塚は私の瞳をじっと見つめた。細い切れ目のような視線だ。


「……さすがです。実に正しい、ですが、それは間違いだ」


「何がかしら?」


「あなたは、興味がないのではないんです。実のところ、男性が嫌いなのではないでしょうか? 強欲で、ずる賢く、そのうえ頭が悪いと思っている、違いますか?」


「……まあ、そうかもしれないわね」


「あとそうめん食べたいと思っている」


「ちがうわ」


「これまた辛辣だぁ」


 彼の言ったことは確かだった。私は、この屋敷の仕事はほとんどこなしている。だが、そこに手伝いなど必要と感じたことはない。


 それは日常生活にも同じだ。誰の力を借りずとも、十六夜咲夜は健康で健全に生きられる。そうやって生きてきた。


 その反面、男性は女性がいなければ家事もできない。できる男性もいると聞くが、その前に傲慢だと突き放していた。冷静じゃない。そんな人間に、なんの魅力を抱くのだろうか。


「さて、では少し考えてみましょうか。魔理沙さんからあなたの話は聞いています。実に思慮深い女性である、と。そんな咲夜さんならば、私のことは理解する気にならなくも、魔理沙さんの気持ちを理解する気にはなるでしょう」


 なるほど、確かにそうだ。


「では、もしあなたが魔理沙さんで、私が実に魅力的だとしたら。それはなぜですか? どのような仕草にときめくのか、どのような姿にときめくのか、どのような顔が好きなのか。わかりますか?」


 ……これは、まさか。


「さあ、お答えください」


 私は、心の中で舌打ちをした。こいつは魔性の男だと。


「やめてくれないかしら。私を洗脳するような真似は」


「おや? 一体なんのことでしょうか?」


「私に魔理沙の気持ちを想像させるために、そういうことを言ったんでしょ? 確かに、それなら魔理沙の気持ちがわかるかもしれないけれど、同時にあなたの印象もよくなってしまうわ」


「さすがですね、咲夜さん……そこまでわかってしまうのですか……」


「なめないでもらいたいわね」


彼は首を傾げて目を逸らした。静かにそっと考える。その次にそっと私を、また見つめた。


「ですが、それでは咲夜さんが私を良く思ってしまうと言っているようなものでしょう。別に、警戒しているのならば、ずっとしてればいいじゃないですか」


「……そうだけど」


「それとも、何か私を好きになってはいけない理由でもあるのですか? 険悪よりマシと思うのですけど……」


「す、好き……? そうね、その通りよ……いいわよ、そんなことであなたを好きになるはずがないわ。わかったかしら?」


「では、ご想像を」


 彼はそっと前に体を倒して、上目づかいになった。眼鏡をかけているのならば、その上からそっと眺める形だ。


「魔理沙さんはあなたの思っているよりもお強い女性です。ですが、なぜか惚れてしまった。それは、明らかに僕がアプローチをかけたのが原因ですが、私自身そのようなことは基本的にはしません。その段階では、彼女にそれほどの魅力があった、と、いうわけです」


 私はそっと目をつむった。彼が目の前にいるのはわかっている。想像には問題ない。


 魔理沙を彼の隣にそっと置いて、どうすれば喜ぶかを考えればいいだけの話だ。


「もしあなたが人を愛しているとして、一体誰のことを好きになるでしょうか?」


 私なら……いいえ、魔理沙ならどうだろうか。彼女は押しに弱い。もし、急に接近されでもしたら……ドキドキして恋に落ちるかもしれない。


 少し力ずくで手を引っ張られるような、それくらいの男性を……


 先ほどのことを思い出してみよう。彼は、魔理沙の肩を抱いていた。少し力づよく、そっと身を寄せている。


 彼は彼女の手をリードしていた。まるで、階段の上から手を差し伸べるように。シンデレラが手を引かれるように。彼の少し小ぶりな手が、魔理沙の手を強く引っ張る。


 なるほど、だいたいわかってきた。


 私はゆっくりと目を開けた。


「どうしましたか? 咲夜さん?」


「きゃあ……!」


「ふふふ、楽しいですね。あ、すみません。目をつむっている間に目の前まで近づいてしまいました」


 ……こいつ…………


「いいですか? 咲夜さん? 魔理沙さんは、しっかりとした、自分をリードしてくれる男性が好きなんです。それは、彼女が優しげな顔をすることが多く、なのに天真爛漫だから。おそらく、幼少期に自分をリードしてくれる存在が少なかったのでしょう。私は、だから手を差し伸べた」


 なるほど……確かにそうだ。一つ屋根の下で暮らしていただけはある。だが、そこに漬け込むのもどうかと思う。振るならばなおさらだ。


 彼の顔は相変わらず私の目の前にあった。


「では、ここからが本題です。もし、そこまでアプローチをかけた私が魔理沙さんをなぜか振るとしたら、それはなぜですか?」


「それは、なぜ……?」


 彼は私が剣を感を抱く前に、そっと一歩後ろに下がった。さらに、一歩下がって、私が後ろに下がる機会を与えない。急な安心感があったのだ。


「さて、どうしますか? 答えますか?」


 ……ここにきてそれを聞くのか。いいでしょう、答えましょう。


「どうしてかしら……今の話だと、断る理由がないのだけど……」


「いいや、とても明白なものがあります。そして、それは私の気持ちになればあっという間にわかります。ですが、咲夜さんはそういうことをしないでしょうねぇ……クックック、わたしが、好きになっちゃうから、フフフッ!」


「このぉ……! わたしはあなたを絶対に好きにはならないわよ」


「あー、だからさっきも言ったじゃないですか。険悪にするよりよっぽどいいですよ。レミリアさんもその方がいいって、『言ってませんでした』よ?」


「たとえお嬢様がそう言っていたとしても……私は」


「え? だから『言ってなかった』んですよ? さっさと好きにしてください」


「こ、こいつ……」


 ペースに乗せられている。さっさと答えなければ……しかし、魔理沙は可愛いし強いし良い女の子だ。彼女を振るというのだから、よほど男の目がないのか、新しい女ができたのか……普通考えるなら後者である。


「あなたが他に好きな人ができた? とかかしら」


 彼は口をとんがらせてものを言った。目の前に腕をクロスして、手刀でバツのマークを作る。


「ぶっぶー、さっきも言ったでしょ? 彼女は魅力的だ、と」


「……ならなんだっていうの? それ以外考えられないわよ」


「やはり、それはあなたがわたしになりきっていないからです。と言っても答えを言わないと信用しないでしょうけどねぇ」


 その通りだ。それじゃあ、まるで私が人の心がわからない人間のようじゃないだろうか。


「では、復習です。魔理沙さんは子供の頃から誰かに引っ張って行ってもらいたい女性でした。しかし、周りに彼女に見合う男性がおらず、彼女は自ら自分を引っ張っていくことになります。そこに、私がリードする形で、彼女にアプローチした。そう、私が彼女ならば、すごくときめくでしょう」


「さっき聞いたわ……まるで、あなたには彼女がよくわかるっていう口ぶりね」


 彼は目を丸くした。少し驚いているような気がする。


「答えは……」


 赤塚はそういうと、そっとわたしの手を引いた。


「あっ!? すみません!!」


「はっ!?」


 私の手を、彼が急に引っ張った。右手で私の右手を、対角線を結ぶように手を掴む。自分の肩と私の肩をこするように、急な接近をしてきた。


 空いた左手で、私の肩に手を伸ばす。頬をかすめて、優しく入り込んできた。


「このっ!?」


 私は慌ててナイフを取り出した。青い柄のナイフを、左の太ももから取り出す。彼の首筋絵と即座にあてがった。


「離しなさい!!」


「あ〜、取れた取れた。ごめんなさいね急に。糸が付いていて、つい」


「あっ……」


 彼は急に私の手を離して、肩からそっと離れた。また、数歩後ろに下がる。


「まあまあ、そう気を立てないでください。まさか、銀髪が肩に乗っているだけとは思わなかったんです」


「……次からは気をつけなさいよ」


「はい、かしこまりました」


「う〜ん、綺麗だ」


「はあ!?」


「あ、髪の毛のことですよ?」


 彼は私の短い銀髪をそっと宙へと手放した。ひらひらと輝いて、私の銀髪が絨毯に降りてく。


「ではシンキングタイムは終わり。今度こそ、答え、わかりましたか?」


 そうだ、さっきからその話をしている。なのに、どうして私の髪の毛の話に。


 そもそも、この男が魔理沙を振った理由なんて、本当にでどうでもいいというのに。ここまで時間をかけて何をしているのだろうか。


「では。答えです。魔理沙さんはリードしてくれる人を探して今したが、それは私も同じだったということです。つまり、わたしはリードするよりされたい、ということですね」


 ……なるほど、そういう男の人もいるのか。……なんで今感心してたんだろう。


「ところで咲夜さん。そろそろ、散歩にでも行ってきていいですかね? まだ挨拶も済んでないので」


 彼は優しい顔で笑い、女の子のように体を斜めにした。後ろで手を組んでモジモジしているように見える。


「ええ、好きにしてください。迷惑はかけないように」


「はい、わかりましたよ」


 彼が背を向けて食卓から出て行く。赤い絨毯に黒い靴で進んで、単発の黒い髪の毛の下からうなじを見せて、私に何かを告げている気がした。


 たくっ……まだドキドキしてる。





「あーー! 赤っちだ〜!!」


「あ、フランちゃん。こんにちは〜」


「ここで何してるの?」


「あのね、今日からしばらく、僕はこの屋敷に住むことになったんだ。よろしくね?」


「えぇ!? やったああ!! 赤っち優しいから好きぃ!」


「え……しまったな、ロリコンの毛はないんだけど……」


「なに? ろりんこ?」


「いや、なんでもない! ありがとー、嬉しいよお」


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