現に、一番幸せ
「お嬢様!! 遅れてしまい申し訳ありません……!」
私は食堂に料理を運んで行った。料理を運ぶための荷台を握りしめ、急ぎ足で、ガタガタとはしたなく音も立てていた。
食堂は涼しく、早朝の明かりが天井の窓から差し込んでいた。
私が起床してからたった時間は120分程度。もちろん、時間を止めた中でさらに20分くらいのことはしていたのだが、やはり現在は起きてから2時間後である。
朝日が順調に登り、赤い食卓が鮮やかに照らされていた。
お嬢様が一番向こうの食卓に、ちょこんと座っていた。朝食が遅れたことに起こっているかもしれない。
私は、食卓を駆けて、土下座したい気分だったが……それをクッと堪えた。
マナーを守りつつ、食事を運ぶ。荷台から必要以上の音がしないように、冷静にお嬢様の元に駆けつけた。
「少し遅わかったわね、咲夜」
「申し訳ありません、お嬢様……私が至らないばかりに……」
「誰だってそれくらいのことはあるでしょ? 気にしないでいいわ」
お嬢様は大きな赤い椅子に腰掛けていた。
小さなお姿のお嬢様。赤の色が好きなはずなのに、お召し物はほとんどが薄いピンク色。ぷっくりした手に、ぷっくりした頬。清涼な水色の短い髪の毛。幼稚園児のような印象すら受ける彼女こそ、紅魔館の主。レミリア・スカーレットである。
私は彼女の前に、銀のフォークとナイフを並べ始めた。次に、本来は紅魔館であまり使わないのだがフィンガーボウルという指を洗う水を置いた。
その時、お嬢様が冷たい瞳で私を見つめた。
「そんなことより、咲夜。一つお願いしたいことがあるのだけれど……」
「はい、どのようなことでなさいましょうか?」
「とある人物を朝食に招待したわ。隠れてないで出てきなさい、赤塚」
「赤塚……!?」
私は食卓の隅から隅まで見渡した。だが、どこにもいない。
赤塚とは、魔理沙の協力者のことだろう!? 一体なぜ……
すると、お嬢様の向こうで、クリーム色のテーブルクロスが盛り上がった。下から、黒い髪の毛をした、ショートヘアの音が這い出てくる。
「あー、どっこらしょっと。こんにちは」
黒髪の男は、先ほど見た黒いスーツを着ていた。この男が魔理沙と一緒に紅魔館に侵入した人間であろう。
つまり、敵である。
「一体なんのつもりですか!?」
私はすかさず青いナイフを構えた。振りかぶって、いつでも男の首元に狙いを定める。
男は、冷静に手を挙げた。困っている顔で、あろうことかお嬢様を見やる。
「どうしましょう、レミリアさん」
「咲夜、ナイフを下ろしなさい」
「ですがお嬢様!」
「いいの、彼の素性は知ってるわ」
素性を明かしたのか? それならなぜこの男を庇うのだろうか。
「一体どういうわけでしょうか、お嬢様」
「まあ、そんなに殺気立たなくてもいいわよ。いいかしら? 彼は、私の前に無防備で現れたのよ? そんな人間を今殺そうが後で殺そうが、一緒じゃないの」
「ですが……」
「まあ、僕も悪気があったわけじゃないですし。許してあげてもいいんじゃないですかね?」
ちょっと待って。今、誰がどの口で言ったのかしら……にわかには信じられない言葉だったなのだけど……
男は平然と言って私を眺めていた。今、目の前には自分より強い存在が二人もいるはずなのに、まるで動じていない。
それどころか、お嬢様に気に入られてしまうだなんて。只者ではない。
……いや、待って。それどころか、お嬢様が操られている可能性は? 時間停止が効かなかったのだ、それくらいの魔法が使えても不思議ではない……
だが、それなら逃げ回る必要などもっとないような気も……
私はもう少しだけ様子を見ることにした。
「お噂どうり、お強い方ばかりでしたね。外から来た人間にはなかなか信じられないのではないでしょうか」
「ええ、それもそのはずね。なにせ、紅魔館は幻想郷の中でもより強い人間や妖怪たちが集まっているのだから」
「しかしまあ、あの図書館は大きかったですね。あれほどの設備も、この幻想郷にはなかなかないのでは?」
「もちろん最高峰よ。ところで、あなたは図書館に何の用があって襲撃したのかしら」
「ああ、簡単な話ですよ。魔理沙さんが欲しい本を一緒に探してくれって言ったんです。それだけの理由でして」
「へー、じゃあ、あなたは魔理沙と知り合いなのね。なら、博麗の巫女にも面識があるのかしら」
「まあ、一応。彼女の知り合いには、あなたで全員」
「あら、失礼しちゃうわね。この私を最後まで後回しなんて」
「いいえ、最後にとっておいたのはこうやってゆっくり話したかったかですよ」
「うまく言いつくろったわね」
「現に、一番幸せですよ? 今」
「ところで、あなたは幻想郷にどうやってきたの?」
「ああ、それはですね……」




