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ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる  作者: 黄札
第五部 戦わない戦い(後編)二章 エゼキエル
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11話 哀れな魔女も愛している

 エゼキエルが速度を上げたところで、またサムのストップがかかった。


「待て!! キメラの気配を探ってみろ! 近くにいないか?」

「どうして……」

「皆まで言わせるな。ユゼフなら、言われるまえに気づく」


 ユゼフと比べるなと腹が立ったものの、兄には頭が上がらず、エゼキエルはおとなしく従った。

 要は、移動中のディアナを助けることはできないということだ。人間どもは虫食い穴で移動する。飛空隊を連れた状態では、追いつけない。だいぶ移動してしまったし、この位置からだと、先回りも不可能。ディアナの救出は百日城へ入ってからになる。百日城へ潜入するには、サウルとザカリヤの協力が不可欠というわけだ。


 瀝青城襲撃の知らせを受け、慌てて南下しているのだろう。キメラはかなりの高速で移動している。エゼキエルは珍獣の心の中に入った。四つの心が溶け合わずに主張し合い、入り乱れている。操作しようとしても、すぐに締め出されてしまった。複雑な思考をする人間と同様だ。


 エゼキエルは呼びかけるのを(あきら)め、翼をすぼめた。全速力になるだろうが、追いつける範囲内にいる。

 急降下による加速。その勢いで浮上し、思いっきり羽ばたく。そして、ふたたび急降下、再加速──エゼキエルは空中を波状に上下した。


 置いてけぼりのサムは致し方あるまい。サムを乗せたバジリスクでは、近い速度を出すのは不可能だ。

 冷気を切り裂き、氷の火花を飛び散らせる。エゼキエルは発光し、空気の成分まで変化させていた。

 前世の力が完全に戻っていなくとも、短時間なら能力を高められる。


 異様な気配に感づいたキメラとザカリヤは向きを修正し、翼をバタつかせ、迎え撃つ姿勢となった。

 突如、凍った粒を飛散させたエゼキエルが現れたのには、度肝を抜かれただろう。サウルを乗せたキメラはバランスを崩して、落下しそうになった。


「エゼキエル!!」

「ディアナは瀝青城にはいない!! 説明は飛びながらする。朕に続くがよい!」


 旋回せず、エゼキエルがクルッと背を向けると、背後で息を吐く音が聞こえた。エゼキエルは鳥ではない。翼のあるなしに関係なく、浮揚力あればこその方向転換だ。

 キメラとザカリヤが横に並ぶのを、減速して待った。


「ディアナのもとにおるカッコゥの目で見た。ディアナは大軍と共に時間の壁を渡らされていた」

「そんな……どうやって」


 冷静沈着なサウルも狼狽(うろた)えている。隠しても、いずれバレるだろうから、エゼキエルは正直に答えた。


「リゲルだ。リゲルが寝返ったのだ」

「リゲルが!? おまえの眷属(けんぞく)ではなかったのか?」

「愛人でもあった。ディアナに嫉妬し、ナスターシャ女王に手を貸したのだ」


 恋愛に疎いサウルは二の句が継げないようだった。しばらくして、エゼキエルに対して怒り始めた。


「リゲルがいるのに、どうしてディアナに手を出したんだ? 二人に対して、不誠実ではないか?」

「両方、愛していた。リゲルは朕にとって必要な女だし、ディアナは特別な女だ」

「ふざけるな」


 見た目だけでなく、サウルは心も少年なのかとエゼキエルは疑った。王が複数の妻を持つのは至極当然なことである。今回、責められるべきは愛情の偏りにより、片方を蔑ろにしてしまったことだ。


「ふざけているのはどっちだ? ディアナを置いて城を留守にし、敵の思うがままにした。強くて有用なキメラを人間に戻すことが、そんなに大事か?」


 サウルが長期間、城を空けなければ、こんなことにはならなかった。青い鳥との交渉はともかく、キメラのことをエゼキエルに頼むのは私用だ。悔やんでいるのか、サウルは言い返さなかった。


 キメラは、グリフォン、獅子、ドラゴン、人間の首が獅子とドラゴンを融合させた胴体についている。

 四つの要素が複雑に絡まり合い、一つの個体となっているため、元に戻すには(コア)の状態へ(さかのぼ)る必要があった。そのあと、各々の時間を進ませ、進化の過程をたどるので、相当の手間がかかる。エゼキエルはグリンデルの件を片付けてから、試してやると回答していたのだった。


 サウルは四者会談の功労者だし、グラニエを奪ってしまった罪悪感もある。前世の恨みは氷解しているというのに、寒空の気温はどんどん下がっていった。

 出しゃばりの父親がサウルの代わりに反論した。


「恐れながら、陛下。ディアナ様はサウルの求婚を断られたのです。情が断たれても、相互利益のため協力は致しますが、それまでの関係です。サウルが、自身のことを優先させるのは当然かと」


 不手際を暗に責められた気がして、エゼキエルは苛立(いらだ)った。白い翼をはためかせる美男は、瘴気を発するエゼキエルにも動じない。サウル以上に不愉快な男だ。

 サムが合流しなければ、喧嘩別れしていたかもしれない。四者会談の成果が水泡に帰すところだった。


 エゼキエルたちが追いつくのを待って、ゆっくり飛行するバジリスクは泰然としており、サムは英雄の貫禄を見せつけた。


「我が王に付き合ってくれて、感謝する。この中で一番遅いのは我なので、合わせてもらえると助かる」


 サムは背を向けたまま、礼を言った。尊大なサムにしては低姿勢だ。サウルとザカリヤは矛を収め、それから先は飛ぶことに専念した。ディアナを助けたい気持ちは全員同じだ。


 北上するうちに、ぽつぽつと火が見えてきた。

 オートマトンとの戦闘を終えた主国騎士団かと思われる。後始末に追われているのだろう。木の倒れる音が微かに届き、立ち上る煙が寒気に混ざった。

 急ごしらえの防壁と投石機が、うっすら見えてきた。金属で頑丈に守られたオートマトンには、重量で勝負したのか。人間の知恵には毎度感服させられる。


 風が感情をさらっていき、瞬く間に焼け跡を過ぎた。峻厳な山々を越えた先に、時間の壁が見えてくる。

 先頭を飛ぶサムのバジリスクは大きくカーブし、時間の壁に沿って西へ移動した。


 地平線まで続く闇の集合体を横目に低空飛行する。穏やかな農村地帯を過ぎ、草原を越え、やがて森に入った。  

 行きすぎないように、エゼキエルは体内時計でだいたいの距離を測った。森の始まりから、魔国の国境までのちょうど中間がポイントだ。そこを北上した所に百日城がある。


 サムがバジリスクを降下させたのは、エゼキエルがそうと思った地点と変わらなかった。

 サウルたちは翼を休めず、そのまま壁に突っ込んでいく。時間の壁は不死の水を飲んだサウルを避ける。

 エゼキエルは魔紋伝令の意識を探った。飛空部隊には、壁の前で待機してもらおう。彼らを待つ時間が惜しかった。


 壁を裂くとき、エゼキエルはリゲルを案じた。

 エゼキエルの力の百分の一も使えないリゲルが、十万もの兵に壁を渡らせるのは大変だっただろう。

 今頃、魔力を使い果たして死にかけているに違いない。用済みとなったリゲルをナスターシャ女王はどうする?……イアンから聞いた研究施設のモルモットにされる可能性もある。キメラや死んで蘇った英雄のように体をいじくり回されて、別人に変えられるかも……それより酷いこともある。

 残虐な女王は、魔女を兵士たちの慰み者にするかもしれない。飽きたら手酷く虐待され、身も心もぼろぼろにされたあげく、雑巾のように捨てられる。


 自分を裏切ったリゲルの悲しい末路を想像して、つらくなった。手を離れた小鳥を守ってやることはできない。 

 ディアナにばかり執心して、哀れな魔女を顧みなかった罰だ。そのせいで、ディアナまで奪われようとしている。

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ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる設定集

cont_access.php?citi_cont_id=495471511&size=200 ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
揉めてはいますが、傾向としては悪くないんじゃないかなぁって思います。 なんせ、怒ったり、揉めたりするって事自体が今回の四者会談が如何に強固なものなのかを示している訳でもありますからね♪ それだけに、あ…
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