11話 哀れな魔女も愛している
エゼキエルが速度を上げたところで、またサムのストップがかかった。
「待て!! キメラの気配を探ってみろ! 近くにいないか?」
「どうして……」
「皆まで言わせるな。ユゼフなら、言われるまえに気づく」
ユゼフと比べるなと腹が立ったものの、兄には頭が上がらず、エゼキエルはおとなしく従った。
要は、移動中のディアナを助けることはできないということだ。人間どもは虫食い穴で移動する。飛空隊を連れた状態では、追いつけない。だいぶ移動してしまったし、この位置からだと、先回りも不可能。ディアナの救出は百日城へ入ってからになる。百日城へ潜入するには、サウルとザカリヤの協力が不可欠というわけだ。
瀝青城襲撃の知らせを受け、慌てて南下しているのだろう。キメラはかなりの高速で移動している。エゼキエルは珍獣の心の中に入った。四つの心が溶け合わずに主張し合い、入り乱れている。操作しようとしても、すぐに締め出されてしまった。複雑な思考をする人間と同様だ。
エゼキエルは呼びかけるのを諦め、翼をすぼめた。全速力になるだろうが、追いつける範囲内にいる。
急降下による加速。その勢いで浮上し、思いっきり羽ばたく。そして、ふたたび急降下、再加速──エゼキエルは空中を波状に上下した。
置いてけぼりのサムは致し方あるまい。サムを乗せたバジリスクでは、近い速度を出すのは不可能だ。
冷気を切り裂き、氷の火花を飛び散らせる。エゼキエルは発光し、空気の成分まで変化させていた。
前世の力が完全に戻っていなくとも、短時間なら能力を高められる。
異様な気配に感づいたキメラとザカリヤは向きを修正し、翼をバタつかせ、迎え撃つ姿勢となった。
突如、凍った粒を飛散させたエゼキエルが現れたのには、度肝を抜かれただろう。サウルを乗せたキメラはバランスを崩して、落下しそうになった。
「エゼキエル!!」
「ディアナは瀝青城にはいない!! 説明は飛びながらする。朕に続くがよい!」
旋回せず、エゼキエルがクルッと背を向けると、背後で息を吐く音が聞こえた。エゼキエルは鳥ではない。翼のあるなしに関係なく、浮揚力あればこその方向転換だ。
キメラとザカリヤが横に並ぶのを、減速して待った。
「ディアナのもとにおるカッコゥの目で見た。ディアナは大軍と共に時間の壁を渡らされていた」
「そんな……どうやって」
冷静沈着なサウルも狼狽えている。隠しても、いずれバレるだろうから、エゼキエルは正直に答えた。
「リゲルだ。リゲルが寝返ったのだ」
「リゲルが!? おまえの眷属ではなかったのか?」
「愛人でもあった。ディアナに嫉妬し、ナスターシャ女王に手を貸したのだ」
恋愛に疎いサウルは二の句が継げないようだった。しばらくして、エゼキエルに対して怒り始めた。
「リゲルがいるのに、どうしてディアナに手を出したんだ? 二人に対して、不誠実ではないか?」
「両方、愛していた。リゲルは朕にとって必要な女だし、ディアナは特別な女だ」
「ふざけるな」
見た目だけでなく、サウルは心も少年なのかとエゼキエルは疑った。王が複数の妻を持つのは至極当然なことである。今回、責められるべきは愛情の偏りにより、片方を蔑ろにしてしまったことだ。
「ふざけているのはどっちだ? ディアナを置いて城を留守にし、敵の思うがままにした。強くて有用なキメラを人間に戻すことが、そんなに大事か?」
サウルが長期間、城を空けなければ、こんなことにはならなかった。青い鳥との交渉はともかく、キメラのことをエゼキエルに頼むのは私用だ。悔やんでいるのか、サウルは言い返さなかった。
キメラは、グリフォン、獅子、ドラゴン、人間の首が獅子とドラゴンを融合させた胴体についている。
四つの要素が複雑に絡まり合い、一つの個体となっているため、元に戻すには核の状態へ遡る必要があった。そのあと、各々の時間を進ませ、進化の過程をたどるので、相当の手間がかかる。エゼキエルはグリンデルの件を片付けてから、試してやると回答していたのだった。
サウルは四者会談の功労者だし、グラニエを奪ってしまった罪悪感もある。前世の恨みは氷解しているというのに、寒空の気温はどんどん下がっていった。
出しゃばりの父親がサウルの代わりに反論した。
「恐れながら、陛下。ディアナ様はサウルの求婚を断られたのです。情が断たれても、相互利益のため協力は致しますが、それまでの関係です。サウルが、自身のことを優先させるのは当然かと」
不手際を暗に責められた気がして、エゼキエルは苛立った。白い翼をはためかせる美男は、瘴気を発するエゼキエルにも動じない。サウル以上に不愉快な男だ。
サムが合流しなければ、喧嘩別れしていたかもしれない。四者会談の成果が水泡に帰すところだった。
エゼキエルたちが追いつくのを待って、ゆっくり飛行するバジリスクは泰然としており、サムは英雄の貫禄を見せつけた。
「我が王に付き合ってくれて、感謝する。この中で一番遅いのは我なので、合わせてもらえると助かる」
サムは背を向けたまま、礼を言った。尊大なサムにしては低姿勢だ。サウルとザカリヤは矛を収め、それから先は飛ぶことに専念した。ディアナを助けたい気持ちは全員同じだ。
北上するうちに、ぽつぽつと火が見えてきた。
オートマトンとの戦闘を終えた主国騎士団かと思われる。後始末に追われているのだろう。木の倒れる音が微かに届き、立ち上る煙が寒気に混ざった。
急ごしらえの防壁と投石機が、うっすら見えてきた。金属で頑丈に守られたオートマトンには、重量で勝負したのか。人間の知恵には毎度感服させられる。
風が感情をさらっていき、瞬く間に焼け跡を過ぎた。峻厳な山々を越えた先に、時間の壁が見えてくる。
先頭を飛ぶサムのバジリスクは大きくカーブし、時間の壁に沿って西へ移動した。
地平線まで続く闇の集合体を横目に低空飛行する。穏やかな農村地帯を過ぎ、草原を越え、やがて森に入った。
行きすぎないように、エゼキエルは体内時計でだいたいの距離を測った。森の始まりから、魔国の国境までのちょうど中間がポイントだ。そこを北上した所に百日城がある。
サムがバジリスクを降下させたのは、エゼキエルがそうと思った地点と変わらなかった。
サウルたちは翼を休めず、そのまま壁に突っ込んでいく。時間の壁は不死の水を飲んだサウルを避ける。
エゼキエルは魔紋伝令の意識を探った。飛空部隊には、壁の前で待機してもらおう。彼らを待つ時間が惜しかった。
壁を裂くとき、エゼキエルはリゲルを案じた。
エゼキエルの力の百分の一も使えないリゲルが、十万もの兵に壁を渡らせるのは大変だっただろう。
今頃、魔力を使い果たして死にかけているに違いない。用済みとなったリゲルをナスターシャ女王はどうする?……イアンから聞いた研究施設のモルモットにされる可能性もある。キメラや死んで蘇った英雄のように体をいじくり回されて、別人に変えられるかも……それより酷いこともある。
残虐な女王は、魔女を兵士たちの慰み者にするかもしれない。飽きたら手酷く虐待され、身も心もぼろぼろにされたあげく、雑巾のように捨てられる。
自分を裏切ったリゲルの悲しい末路を想像して、つらくなった。手を離れた小鳥を守ってやることはできない。
ディアナにばかり執心して、哀れな魔女を顧みなかった罰だ。そのせいで、ディアナまで奪われようとしている。




