12話 草原の窪地
陰鬱な森が途切れ、丘の上にそびえる百日城が見えてきた。
各所に置かれた松明が、徐々に高くなっていく建築群を浮かび上がらせる。象徴的な四つの尖塔が黒い刃先を夜空へ突き立て、円環状に連なった外郭が奥の内郭へと続いている。懐古もあり、不気味とも美しいとも取れる光景だった。
百日城には結界が張られている。
魔力に依存する者たちには不利な環境だ。戦力をもぎ取られ、身体能力も低下する。人間と変わらぬ状態にまで弱体化すると、エゼキエルはイアンから聞いていた。
エゼキエルとサムはサウルを追って、草原の窪地に降り立った。踏み入れると地面がふっと沈み、外界の気配が一段遠のく。溶けずに残った雪が一歩進むごとに、ぎゅっぎゅっと音を立てた。
頭上で生い茂る草が安心感を与えてくれた。雲が流れ、昇ったばかりの弓張り月が淡い光を投げかける。
音を気にして、エゼキエルは指先から温波を出し、雪を溶かした。
ささやかな窪地は、四人が輪になるだけで満員だ。入り切らぬキメラとバジリスクは、魔瓶に封じた。
ここで、作戦会議となった。
エゼキエルはすぐにでも潜入しようとサウルを急かした。それに対しサウルは一晩休み、情報収集をすべきだと主張した。
「魔力が自由に使えないうえ、百日城は迷宮だ。無計画で動いても助けられない」
「ディアナの居場所はカッコゥがいるからわかる。囚われている間に危害を加えられたら、どうする? 危険は承知で入り込むべきだ」
ナスターシャ女王の行動が予測しにくいこともあり、サウルは不承不承うなずいた。
ところが、エゼキエルがカッコゥの気配を探ったところ、いやに近い。不審に思い呼び寄せると、瞬時に移動させることができた。
空中に現れた青い小悪魔は怒られることを予測し、コウモリの翼をすぼめて地面に降下した。縮こまる姿はイアンの鳥を想起させる。
「どういうことだ? なぜ、ディアナのそばにいない!?」
「マ、マジツシに見つかりそうになりまシタ……それで、逃げて……ソレデ……」
マジツシとは魔術師とのことか。外海の錬金術が発展したグリンデルでは魔術師は追いやられ、青い鳥に吸収されたと聞いていたが。魔力が制限されているというのに、城内にいるのか……
カッコゥの様子から、ディアナを見失ったことは聞かなくてもわかった。消え入りそうな声で答える小悪魔を、エゼキエルは鋭く見据えるしかなかった。
サウルが間に入った。
「カッコゥは悪くないよ。俺が逃走した時に学んだんだろう。相手も馬鹿じゃないさ」
エゼキエルは意気消沈したのを悟られぬよう、強い視線をサウルへ移した。サウルは平然と視線を返してくる。宿敵が落ち着いていることで、エゼキエルはなんとか平常心を保てた。
サウルとて、思い通りにいかず苛立っているにちがいない。自分も王らしく振る舞うべきだと、エゼキエルは思った。
「ナスターシャ女王の護衛には魔術師が二人いる。城に結界を張っているのだって魔術師だしな? 魔術が完全に使えないわけではない。呪札なら大きな魔法も扱えるし、地下や城内の一部では魔力を解放できる」
住んでいたサウルは、城内に詳しい。膨大な魔力を扱えないだけで、人間がささやかな魔術を使うのは問題ないらしい。
「カッコゥを容易に放てぬということか」
「俺がいた時より、注意が必要ってこと」
仕切り直しとなり、ディアナがいそうな場所をサウルが地面に書いた。
風食で削れたところに何度も雨水が流れ込み、えぐれたのだろう。窪地の底は草がまばらで、適度に湿っている。
サウルは木の枝で、器用に簡易な見取り図を描いた。
「以前は、淫婦の塔と呼ばれる尖塔の一つに監禁されていた。今回も四つある尖塔のどれかにいる可能性が高い」
「塔であれば、飛んで行って助け出せるではないか?」
「逃げるとき、矢で攻撃されるのは覚悟したほうがいい」
「どのみち、連れ出すのには危険が伴う」
塔の他に考えられるのは地下の牢獄、主殿の奥部屋、隠し部屋などだが、忍び込んで行くのには準備がいる。
「塔のどの部屋に監禁するか、わかるのか?」
「以前、いた部屋以外は確実じゃないけど、だいたいの目星はつけられる」
サウルいわく、窓に鉄格子がはめられていたり、板で塞がれてあったりするところが怪しいという。以前と同じ部屋でない時は、探し回らねばなるまい。
話し合いはエゼキエルとサウルの二人で進め、サムとザカリヤは後ろで見守っていた。申しわけないことに、サムの出番はあまりない。
城内では魔力が使えず、翼を持たぬサムは獣に乗らなければ、上空からの侵入も難しい。さらにはデカい図体に加え、禍々しい骸骨の見た目だ。内偵には向かない
「塔には見張りがおります。我々が気づかれずに調べるのは、無理でございましょう」
ザカリヤが口を挟み、
「俺たちの存在を知ったら、警戒を強める」
サウルが言葉を付け足した。
皆の視線が、宮廷仕様のお仕着せを着た青い小悪魔に集中した。
カッコゥはぴょんと飛び上がって飛空すると、サウルの首の後ろに隠れた。
なぜ、宿敵に懐いているのだ? エゼキエルは、細眉を寄せた。
「俺はまず、カッコゥに探らせてから、救出に向かうべきだと思う」
と、サウル。
「塔に必ずいるという保証はございません」
父親が後押しする。
ことあるごとに、出しゃばる父親と子供っぽいサウルの顔をエゼキエルは交互に見た。種類が違うように見えて、顔の中身の配置や皺の寄り方、表情を作り出す筋肉の動きなど、そっくりだ。似たもの親子である。
ザカリヤが話し合いに参加したことで、サムも数歩前に出た。
「焦って動いては失敗する。ここは慎重にいくべきだ」
頭蓋をエゼキエルのほうへ傾けた。猪突猛進型のエゼキエルを諫める態度だ。エゼキエルはユゼフになったつもりで、感情を押し込めた。
──前世では思慮が足りなかったため、大切なものを失った。ここではサムがいて、忠告してくれる。ありがたいことだ
肉親の尊さを知ったエゼキエルは強かった。歯を食いしばることもなく、ユゼフのように平静を装い、指示を出した。
「承知した。カッコゥに調査へ向かわせる。塔にいた場合は朕が助けに行こう。その時は、そなたらは空で待機せよ」
サウルは満足そうにうなずき、ザカリヤに目配せした。ザカリヤは、「飛べる私が援護いたしましょう」と。エゼキエルは了承した。
「ディアナがなかなか見つからず、朝を迎えてしまったら、俺とザカリヤは城下で情報収集しようと思う。少し、寝てもいいだろうか?」
サウルがあくびを堪えているのを見て、エゼキエルは休むことを許可した。
完全に覚醒していないのはお互いさまだが、現世のサウルは弱すぎる。自分を殺した英雄王とは思えなかった。指二本で息の根を止められそうな細い首を眺め、こんな少年に恐れを抱いていたのかと、エゼキエルは過去の自分を笑いたくなった。現世の宿敵は恐るるにたらず。
ただちにカッコゥを闇へ放ち、調査に向かわせた。
その間、エゼキエルは森の精霊に呼びかけ、簡易な椅子を人数分こしらえさせた。椅子といっても、手頃な高さの歩く切株だ。切株はひょこひょこ歩いてきて、適度に間隔を空けて根を下ろした。草原の窪地は素朴な会議室となった。
切株に腰掛け、まぶたを閉じると、カッコゥの見たものが頭の中へ入ってくる。瞑想状態へ入るまえ、エゼキエルはサムに謝った。
「すまぬ。そなたの出番はなさそうだ。ディアナの居場所に関係なく、城外で待っていたほうがよかろう」
「王であり、弟でもあるおまえを守るのが我の使命。城内へ忍び込む際は兜に面頬を付ければよい」
面頬を付けて顔を隠そうが、大柄なのは変わらない。こんなにも存在感のある骸骨といたら、目立つこと間違いなしだ。エゼキエルは兄の厚意を無下にできず、ディアナの監禁場所が塔であることを願った。
ザカリヤは切株の上に両手両足をつき、猫の体勢で翼を閉じている。寝顔は彫刻のようだった。一方のサウルは窪地の斜面にもたれかかり、仮眠した。
サウルは数分も経たぬうちに、寝息を立て始めた。
月灯りが幼い寝顔をぼんやり照らし出していた。頭脳明晰、強気な性格との差が激しい。あまりにも無防備で保護心を掻き立てられた。
同意を求めるつもりで、エゼキエルはサムに話しかけようとしてやめた。うちの兄は厳格過ぎる。呑気な親子だと呆れる反面、護ろうとするザカリヤの気持ちが少しわかった。




