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ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる  作者: 黄札
第五部 戦わない戦い(前編)三章 シーマ
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55話 心の中

 人の心というのは千差万別。文字だらけの空間もあれば、街のようにごった返している所もある。無人でも、一目で本人の顔が思い浮かぶ特徴的な部屋や色彩豊かな自然の風景が広がっていることもある。

 茫洋とした荒れ果てた大地は、初めて見る光景だった。


 ──どうなっているのだ、この女の心は?


 見渡す限り砂漠しか見えず、目印となるものはない。このまま進んで戻れなくなる危険性もあるだろう。シーマはあきらめて、出て行こうかとも考えた。心の中に入る行為は霊力と体力を異常に消耗する。長時間の滞在は危険だ。

 砂漠に一歩踏み出したのは、単に好奇心を刺激されたからだった。身を挺して、ディアナをかばおうとする女の心理が知りたい。どんな心境でヴィナスを殺した毒を調合したのか。真相を暴きたい。荒れ果てた心の先に何があるのか見てみたい。

 気分が悪くなるのは承知のうえだ。女の悪が明るみに出ることで、遠慮なく打ち倒すことができる。


 砂漠の旅はうんざりするほど長く、シーマは何度も()を上げそうになった。狂気というのは伝染するものである。このまま異常な女の中にいたら、自分まで発狂するのではないかと怖くなった。

 いよいよ断念しようかと思った時、蜃気楼のごとく揺れる影が遠くに見え、シーマは駆け出した。


 ──人影!? いや、扉だ!!


 砂漠に突如、扉が出現したのだ。貴族の邸宅にある豪奢なものではなく、庶民の共同住宅に設えてあるような薄い扉である。シーマは後ろに何もないことを確認してから、ノックしてみた。


「誰?」


 尖った声が聞こえて、びっくりする。どう答えるか思案していると、扉がそろそろと開いた。


「ああ、おまえか」


 扉を開けたのはミリヤ本人。ただ、様相が少し異なっていた。眼鏡をかけ、学匠が着るような青いローブをまとっている。今のミリヤより十以上、年上に見えた。


「ダメだろう? (おり)から勝手に出ては」


 扉の向こうには白い漆喰で四方を固められた部屋があった。室内の中央、天井から雫型の檻が吊るされている。鎖を引っ張ることで滑車が回り、檻は下がってきた。シーマの体格では何をどうしても入れない。子供用だ。その檻の中へ当たり前に押し込もうとしてきたので、シーマは抵抗した。


「どうした? 反抗的な態度を取るんじゃない」


 責める言葉と裏腹に、ミリヤはシーマを抱きしめた。ふわっと甘い香りが鼻腔を満たし、愛情深い態度にシーマは混乱する。


「そうだ! いつものあれ、見せてくれるか?」


 シンプルな笑顔に心奪われる。化粧っけのない顔は並の美人が太刀打ちできないほど愛らしい。ぼぅっと眺めていたところ、自分のなかに何かが入り込んでくる感じがし、気味が悪くなってシーマは心の外へ出た。




 戻るなり激しい頭痛とめまいに襲われ、嘔吐する。シーマは拷問室の隅にぶちまけた。心の中へ入ったのは自分なのに、逆に入られそうになった。このような体験はユゼフ以外にはない。それに……


 ──なんだったのだ、今の映像は?


 既視感があった。以前に体験したことがある。シーマはこの女を知っている。ディアナと出会うもっとまえからだ。ひょっとすると、前世?

 吊るされているミリヤのほうを見ると呼吸は浅く、かなり弱っていた。放っておいたら、間違いなく死ぬ。 

 悠長に考えを巡らせていられなかった。

 鉄扉に拳を当てる硬質な音が聞こえてくる。拷問吏が心配になって戻ってきたのだ。


「陛下?」


 控えめに呼びかける声が届き、シーマは焦った。

 拷問吏に任せても、ミリヤは情報を漏らさないだろう。秘密を抱えた女をこのまま死なせるか? 秘密は秘密のまま、女と一緒に塵となって消える。そのあと、シーマは事務的にやるべきことをやり遂げる。ディアナを断罪し、国を一つにする……


「大丈夫だ。問題ない」


 気持ちがはっきりするまえに、声を張り上げ答えていた。拷問吏の足音が去るのを待ち、ミリヤを吊り下げていたロープを断つ。床に倒れたミリヤには意識がなかった。シーマは彼女の体に触れ、傷を癒やした。治癒は最近戻ってきた能力だ。


 ──何をしてるんだ、俺は? こんなことをしては……


 知りたい欲求の他に憐れみを抱いている。良くない兆候だ。




 結局、ミリヤを城の奥まった所にそびえる北の塔の最上階へ運ばせた。ミリアム太后が監禁されていた場所である。

 自殺を恐れてか、三ヶ所あった窓はどれも埋められていた。邪魔者であっても、自殺をされては自分の印象が悪くなるとディアナは考えたのだ。まったく酷いことをする。

 壁に耳を当てると、波の音が微かに聞こえてきた。塔に面するのは崖だ。ミリアム太后が狂ったのは、この環境のせいだろう。


 ベッドに排泄桶。それだけ用意して、シーマはミリヤを鎖でつないだ。魔力と霊力を吸収する特別な鎖だ。それだけでは安心できず、扉には札を貼る。さらに鍵は三重にした。

 この重罪人の管理を誰にも任せず自分一人で行うことにしたのは、逃亡を恐れただけではなく、後ろめたい気持ちがあったからである。誰にも知られたくなかった。

 つねにそばで護ってくれている小太郎にも、護衛兼相談役として信頼しているジャメルにも話さなかった。


 皆が寝静まったあと、そっと抜け出し灯火も持たず、シーマは北の塔へ向かった。  

 危険だというのは承知している。女は暗殺術にも秀でていると聞いていた。気を抜いたとたんに隠し持っていた刃を向けてくるかもしれないし、猛獣のように噛みついてくるかもしれない。

 スリルがあった。ヴィナスとの逢瀬を楽しんでいた時とも似ている。あの時もこっそり会いに行ったのだった。常時、誰かがそばにいる状態から解放され、羽を伸ばせる。秘密を持つことは息抜きになる。


 暗い回廊も衛兵が眠る連絡通路も、楽しい冒険の入り口だ。面倒な見張りはシーマが触れることで熟睡してしまう。治安上の問題は棚上げすることにした。誰もいない螺旋階段は高揚感を高めるのに最適である。縦長の窓から差し込む月明かりが興を添える。

 黒い扉の前でいったん拳を上げ、思い直した。女は人としての権利を持たない。入るのに許可は不要だ。

 シーマは錠を外し、遠慮なく扉を開けた。

 窓のない部屋は真っ暗だった。開けるや否や、臭気が漂ってくる。ベッドの上の女が身構えるのがわかった。シーマも夜目は利かぬほうだが、人間の女からしたら、もっと見えないはずだ。シーマは女のために光の札を壁に貼り、暗闇から薄闇程度の明るさに変えた。

 手枷、足枷で拘束していても、警戒は怠らない。シーマはゆっくり女に近づいた。女にしては低い声が聞こえてくる。


「部屋を移動させたのはどういう理由だ? まえの拷問吏とは違うな?」


 女はシーマが誰なのか気づいていなかった。拷問吏の担当が変わったのだと勘違いしている。薄暗いから銀髪も普通の金髪に見えるだろうし、肥満体となったシーマを見るのは初めてだから無理もない。まさか、国王自らが自分を監禁するとは、考えもしないのだろう。

 シーマは女の勘違いを利用することにした。正体は明かさず、拷問吏として接することにする。


「おや? 女の武器を使って誘惑してこないのか? 一番の得意技だろう?」

「あいにく、ムダな接待はしないんでね? あんたら、拷問吏にはそういうのは通用しないだろ?」

「ふーん。せっかく楽しみにしていたのに……」

「やりたきゃ、やりゃあいい。前任者もぞんぶんに楽しんだ」


 女は投げやりに言う。ぶっきらぼうで、かわいげがない。素の彼女は男みたいだ。

 だが、シーマが触れられる範囲まで近づくと、身を固くした。身体が痛みを覚えているのだ。どんなに忍耐強く、たくましい精神力を持っていたとしても本能には抗えない。心が完全に壊れるまで、恐怖の感情は湧き上がってくる──女の心の動きを感じ取り、シーマは微笑した。


「嫌な笑い方をしやがる……冷酷な奴っていうのは、皆同じ笑い方だな?」


 女はシーマから逃れようと、ベッドの端に移動した。ベッドは壁際に置かれているため、逃げ道はない。シーマは狭いベッドに上がり、女を壁まで追い詰めた。


「さて、どんなメニューがお好みだろうか?」

「豚野郎が……」

「傷も回復したことだし、元気になったから当分は持つだろうね?」


 女はこちらの出方をうかがっている。運よく一人の拷問吏を殺せたとしても逃げられないし、霊力を封じられた状態では拘束を解くこともできない。なおかつ、両足の腱を切られていて、まともに歩くことすらできない。巨漢のシーマに詰め寄られては勝ち目なしと考えるだろう。


 シーマは水筒を差し出した。施しは予想していなかったらしい。どういうつもりだと、女は片眉を上げる。それでも生理的欲求には抗えず、震える手を伸ばした。暴力に何度もさらされた女は臆病になっている。

 ようやく水筒を受け取ると、猛烈な勢いで飲んだ。ひとしきり飲んでから、毒の可能性を考え、ピタッと止まる。止まっていたのは少時。ふたたび、どうせ死んでも構わないさと飲み始めた。シーマには女の心理が手に取るようにわかる。


 女が懸念したとおり、水には睡眠薬が入っていた。

 女が寝たあと、シーマは心の中へ入り込んだ。

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ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる設定集

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― 新着の感想 ―
ぬぬぬ……「好奇心は猫をも殺す」なんて言葉もありますので。 必要以上に好奇心を持つのは危険なのですが、ヴィナスさんの件があるから、どうしても好奇心が沸いてしまうのは仕方がないのかもしれませんね。 た…
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