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ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる  作者: 黄札
第五部 戦わない戦い(前編)三章 シーマ
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54話 情緒不安定

 (シーマ)


 ヘリオーティスの掃討には手間がかかる。退治しても次から次へと湧いてくるものだから、シーマは閉口した。ちっぽけな小蟻のくせに徒党を組んで、立ち向かってくるとは生意気だ。潰したところで増殖し、ぼんやりしている間に広がっていく。悪とはたわいないにもかかわらず、隙を与えると、じわじわ侵食していくものである。

 残党が集う拠点を叩いたのは、ディアナ征伐の布石だった。現在、ヘリオーティスは瀝青城に集結しているため、たいした打撃ではないだろうが、焦らせる効果はある。あと、予期せぬ収穫があった。


 朝の仕事を終え、ささやかな朝食を済ませたシーマは鼻歌を口ずさみ、地下牢へ向かった。シオンの言う通りにしているが、なかなか体重は減らない。

 ちょっとした気晴らしのつもりだった。少々、情緒不安定なのは、シオン(イアン)が失踪したせいだ。

 

 後悔先に立たず。ユゼフの従者をそばに置くべきではなかった。

 ユゼフに仕えていた小生意気な少年はシオンをそそのかし、逃亡の手助けをした。大切な一人息子は純粋だから、丸め込むのは容易(たやす)かっただろう。事前に想像力を働かせられなかった自分をシーマは責めた。

 シオンが激しやすく、わがままな性格というのは知っていた。並の側仕えでは耐えられぬと耳にしていたので、打たれ強そうな例の従者が抜擢されたのである。シオンの世話をさせるには、彼はうってつけだとアスターも言っていたのだ。

 少年ラセルタは主を失い、宙ぶらりんの状態だった。騎士団で雑用をしたり、アスター家の手伝いをしたりして過ごしていた彼は二つ返事で世話係に飛びついた。シーマとシオンに関わる事情も知っているし、最適な人選のはずだった。


 逃亡は無理だと、思い込んでいたのも悪かった。他人に言われると腹が立つが、シオンは馬鹿だ。無防備で世間知らず。人の言葉の裏を読むことができない。子供の心のまま、大人になってしまった。

 しかし、息子が馬鹿でもシーマは落胆しなかった。むしろ好都合だと思った。脳みそが空っぽでも、シオンには王侯貴族らしい特性が備わっている。楽器の演奏技術や抜きんでた美的感覚は平民育ちには得難いものだ。我が子でなければ妬んだだろう。シーマはシオンを誇らしく思った。知恵や機転など、守られる者には不要。あの子は高い場所に鎮座させ、愛でるのがよい。必要なことは下々にさせれば済む。


 拒絶されても平気だったのは、懐柔できる自信があったからだ。案の定、信頼を勝ち取るまでに時間はかからなかった。

 逃亡防止策として、魔力は封じた。肉体の変異を抑える薬と偽れば、疑わずにシオンは飲んだ。ヴィナスと同じく無垢だ。

 すっかり油断していたのである。囚われの蝶は騙されやすい。悪人の手が伸びぬよう、完全に囲ってやらねばならなかった。わかりきっていたのに、注意を怠ったシーマの過失だ。


 地下の階段は冷たい。足元から冷気が上がってきて、身震いしてしまう。臭気のこもる地下牢を抜け、さらに下りると拷問室に着く。

 重々しい鉄扉を前にして、シオンがどこかに囚われていないかと不安で堪らなくなった。エゼキエルかディアナか、ヘリオーティスか。彼らは息子の再生する肉体をおもしろがり、痛めつけることだろう。シーマはギリギリと奥歯を噛み締めた。愛する女が残した子を悪漢どもの手に渡らせてはならない。早く見つけなければ……


 愛する女──ヴィナスのことは当初、遊びのつもりだった。愛のない結婚生活に嫌気が差して、今と同じような憂さ晴らしのつもりだったのだ。肌を重ねるうちに、自分に執心する愚かな女が愛おしくて(たま)らなくなった。彼女はシーマが亜人だろうが、偽物だろうが、気にしなかった。シーマ自身を嘘偽りのない心で愛してくれたのである。

 ヴィナスが命がけで残したシオンのことは絶対に守らねばならない。幼いシオンとヴィナスを奪った悪女を成敗して、必ずや仇を討つ。シーマは固く心に誓っていた。


 呻き声や悲鳴が聞こえないということは、休憩中かと首をひねる。鉄扉が開かれ、拷問吏が姿を現した。


「やや、陛下! 自らお越しくださるとは……」


 前歯のない拷問吏は背の低い醜男で、顔も体もどことなく歪んでいる。外で見たら官職とは思えないほど、みすぼらしかった。拷問吏の容姿が特徴的なのは、日に当たることが少なく、不健康な生活をしているせいかと思われる。


「吐いたか?」

「いいえ、何も……そろそろ、お迎えが来るかもしれません」


 拷問吏は悔しそうに歪んだ顔をいっそう歪めた。情報を得ることが手柄の彼らにとって、口を割らせられないのは働かなかったことと同じだ。


「相手が相手だ。仕方あるまい。死にそうなら俺が代わろう。憎い仇にとどめを刺してやりたいのだ」


 供も連れず、王が忍んでやってきたということは、相応の理由があると汲んだのだろう。拷問吏はおとなしく引き下がった。

 錆びた鉄扉を押し、血の匂いに満ちた拷問室へとシーマは入る。入る直前、アスターの忠告が脳裏をよぎった。


 ──直接対面して話そうとはするな? 見た目どおりの小娘ではないのだよ。即座に殺してしまったほうが、いいかもしれない。危険な女だ。


 背中で編まれた銀髪がほつれていないか、確認する。髪に血や体液がついては厄介だ。

 拷問室は狭かった。使用人の部屋ぐらいの広さだろうか。壁や台車には目を覆いたくなるような道具の数々が並べられている。

 女は部屋の中央の低い天井から吊り下げられていた。全裸の傷だらけだ。切られるだけでなく、火傷や殴打の痕もある。下腹部の出血は乱暴に辱められたからだろう。


 シーマはちょうど自分の顔の位置でうなだれていた女の顎を持ち上げた。

 意外にも顔の損傷は少なかった。頬が腫れている程度だ。拷問吏の背が低いため、台に乗らないと手が届かなかったか、美しい女を傷つけたいという性的な欲求のためか、それとも最後の砦として取っておきたかったのか。

 女の意識は朦朧としており、薄目でシーマを見るのがやっとの状態だった。なるほど、かわいい顔をしている。この顔で、さんざん男を食い物にしてきたのだろう。ディアナより美人だ。


「ミリヤ……」


 シーマは女に呼びかけた。

 ディアナの後ろにいつも隠れるようにいた地味な装いの侍女。ディアナが妻だったころ、シーマもうっかり彼女を見てしまうことがあった。男なら誰しもそうなる。美人を見慣れていようが、卓越した美には目を奪われる。そんな時、ミリヤはうつむき、目を合わせようとはしなかった。


「いや、女王アフロディーテの守人、エリスというべきか?」


 とうとう、捕まえた。ディアナの手足となり、裏で糸を引いていた女狐を。

 ミリヤはシーマのつぶやきには無反応だった。聞こえているのか、いないのか。確かめるため、シーマは尋問を開始した。


「ヴィナスに毒を盛れと指示したのは、ディアナで間違いないな?」

「ちがう……全部わたしが仕組んだことだ……ディアナ様は関係ない……」

「嘘を言うな! そんなことをして、おまえになんの利がある?」

「ディアナ様をお守りするためだった。脅すだけのつもりだったが、解毒が間に合わなかった」


 女は今にも消え入りそうな細い声で答えた。嘘を言っているようには思えない。


「残存しているヘリオーティスの拠点を教えろ!」


 この質問には答えない。ミリヤは責めを予期してか、瞼を閉じた。


 ──口をつぐもうが無駄だ。


 シーマは白いうなじに手を当て、心の中に入った。

 始めからこうしていれば、余計な労力をかけさせずに済んだのだ。過度に用心深いアスターが対面するなと言ってくるから──必要な情報だけ得て、あとは殺すだけ。単純なことだというのに。


 だが、ミリヤの心の中に入ったシーマは愕然とした。

 そこには何もなく、果てしない砂漠が広がっているだけだったのである。

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ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる設定集

cont_access.php?citi_cont_id=495471511&size=200 ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
クリープ……( ´ー`)やはり目立たないのねw エゼキエルがかなり和解寄りな感じでほっとしつつ! あとアスターへの気遣いが、切ない…… シーマは丸くなってもちょっと怖いのね(;^_^A こうしてみ…
うわ~~~ん!! みんなして、イアン君馬鹿馬鹿言うなぁ~~~!! (੭ु;∀;)੭ु⁾⁾ぽかぽか そうやって、みんなして簡単に馬鹿馬鹿言うけど。 馬鹿は何をしでかすかわからないから、意外と侮れないんで…
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