ルートナビ
昊星は、昼飯を食べ終えると疾風のように食器を台所に持っていき、疾風の如くに下げた食器を洗って、あれよあれよという間にリビングへ戻り、卓上のパソコンを開いてキーボードに両手を置き、指でキーを打ち始めた。
柊は、昊星の動きに合わせるように身体の向きを変えて椅子の背凭れを前にして座り直した。
「明日から夏休みだよな?」
「うん」
「予定でもあるのか?」
「ううん」
「部屋に閉じ籠ったままか?」
「うん」
「なら、出かけようぜ。これから」
「うん」
柊は、素早くテーブルに置いたスマートフォンを手に取って、電話をかけた。
「うん、俺。予約を頼むわ。……いや、一人じゃなく、二人。……うん、うん。いつもの時間にいつものように。うん、じゃな」
と、電話を切って
「シャワー、浴びてこいよ」
「うん。寝る前にな」
「出かけんぞ」
「一人で」
昊星が、画面から目を離さず突き放すように言った。
「お前もだよ」
「僕は解かなきゃならない」
と言った途端、柊が椅子から立ち上って傍へやってきた。
「早くしろよッ」
と怒鳴って、柊がノートパソコンのふたを勢いよく閉じた。
「イテッ」
キーボードの上に置かれた昊星の両手は、ノートパソコンの本体と蓋に挟まれてサンドイッチ状態になっていた。
正面玄関から出てきた、昊星がまず尋ねた。
「どこへ行くんだ?」
「東京駅」
と、柊が答えると、
「東京駅だな」
と、昊星がスマートフォンのルートナビアプリを開いた。
「そんな面倒くせぇことしなくても、タクシーで」
「近くに地下鉄の駅があるな」
昊星が言うと、
「地下鉄の駅ならあそこに」
柊が指差した。
「あんな所に地下鉄の駅があったのか」
と、昊星が驚いた様子で言った。
日常生活の中で利用することがなければ、目の前にそれがあったとしても、気付かないものである。
それはスマートフォンにもいえることだった。姉の百合にどんなアプリがあって、どんな使い道があるのかは、一応聞かされていたのだが、大学と自宅の行き来しかしない昊星にとっては、電話の機能さえあれば良いのであって、後は無用の長物でしかない。そしてまた、それは柊にもいえたことだった。
「これがあるんだから、使ってみようぜ」
「そうだな。そうしてみるか」
「果して、これで東京駅まで迷わず、誰かに道を聞かずに行けるかどうか」
「お前、大丈夫か?」
「僕は大丈夫さ。君こそ」
「俺だって」
こうして昊星と柊は、ルートナビアプリを使って行くこととした。
眼の前にある地下鉄の駅をルートナビの経路で検索すると、画面上に現在地から目的地までのマップが表示された。移動手段は徒歩。アイコンをタップし、画面の表示に合わせて昊星と柊は歩き始めた。
地下鉄の駅に到着するや否や、地図上の駅をタップして時刻表を表示する。
二人は、切符を買って電車に乗り込んだ。
乗り換え駅に行くために歩く地下通路でも、画面の地図は表示され、昊星と柊はそれに従ってどんどんと歩いて行った。時には、音声で案内してくれるナビ機能を使い、公共交通機関の利用と徒歩で迷うこともなく誰かに道を尋ねることもなく、無事に東京駅の新幹線乗場に到着した。
新しい文明に触れた昊星と柊は、胸のときめき感を抑えることができなかった。まるで見知らぬ広い世界へと足を踏み入れた子供のようにはしゃいでいた。




