遠山・5
真っ赤な目が見開かれる。
知っていた。
分かっていた。
理解していた。
真は、分かっていたし、そうだろうと思ってもいた。
なぜなら、自分は他の観世水の本家、分家にとって、尤も異形なものだからだ。
この髪を、この目を疎む分家の人間など、それこそはいて捨てるくらいいる。
分家の目から守られるように、人目につかぬように育てられた真は、外に出るときは極力目立たぬように出歩き、自分自身を隠しながら生きてきた。
そんな自分が嫌いか好きかも分からず、ただただ呼吸をするように一日一日を過ごしてきた真に、12年前――真が3歳のときに、その「お役目」を与えられた。
未来の人間のための礎。
そんな曖昧で、中途半端な目的の為に、高峯は真を「使った」。
「…なんて事を!」
睡蓮が呻く。だが、このなかで一番冷静だったのは、真本人だった。
分かっていたからだ。最初から、知っていたからだ。
「そうだよ。知ってるよ、そんな事。誰からも愛されなくたっていい。誰からも信じられなくたっていい。でも、おれはおれなんだ。自分以外の誰でもない。だから、おれはおれから逃げない」
――逃げるものか。
歯を食いしばる。愛して欲しい、信じて欲しい。その想いも、すべて真を形成するものだからだ。
「あっ…?」
アヤナのくちびるから、かすかな悲鳴が聞こえる。
琳の刃が、彼女の肩に突き刺さっていた。
血しぶきが上がり、琳の頬に降り注ぐ。
「・・・」
後姿を見せる琳は、容赦なくそのまま屋上から彼女の肩を、「押した」。
アヤナの身体がぐらり、と揺れる。
そうしてあっけなく屋上から落ち、鈍い音が真の耳朶に触れた。
「…アヤナ、姉さん…」
地上二十階建てだ。
決して、生きてはいないだろう。
冷静だった。どこまでも。
「…さて」
琳は何事もなかったかのように、呆然とたちすくんでいる二人の兵士に、顔を向けた。
頬を血で汚しながら、刀の柄を握りしめる。
二人の表情は、ひどく青ざめ、足がぶるぶると震えていた。
「このまま引き下がればよし、引き下がらなければ、私が相手をしましょう」
「…ひっ…」
喉を引きつらせ、二人の男は屋上から無様に去ってゆく。
足音が完全に消え去ると、エ霞が大きなため息を吐き出した。
「はぁ…ようやくひと段落だな。おい籬。生きてるか」
「ああ」
「籬!」
片足で立っている籬を案じて駆け寄るが、大丈夫だとうなずく。
「大丈夫だ。すぐに直せる。…それよりも、雪輪を」
未だ火花を散らせている彼女の体からは、体液が漏れ出している。
意識を取り戻した蝶子と道成寺は、彼女の体を調べる為に、片膝をついて何かを弄っていた。
蝶子が言ったとおり、雪輪はもう、鄭重に弔ってあげた方がいい。
だが、彼女の本名も、彼女の出身地も分からなければ、どうしようもできないのだが。
「真君。大丈夫よ」
目を細め、雪輪の体を見下ろしていた真の肩に、百合子の手が置かれる。
「葵重工が責任を持って、彼女の家のお墓を探し出すから」
「うん…お願いします」
百合子は屋上から落下したアヤナを確かめるべく、フェンスから身を乗り出すが、息を呑む音が直後に聞こえてきた。
「ない…」
「え?」
「死体がない!…生きているはずないのに。…誰かが、助けたって事?」
血痕さえ、ここからでは見えない。
完全に、完璧にそこから消え去っていた。
「…死体がないって事は、生きてるってことよ。百合子。あいつの事は今は忘れて、今は籬の治療と、雪輪の処置を優先しましょ」
「睡蓮…。そうね、今応援を呼ぶわ」
無線で連絡をしている間、真は籬の傍から離れることはなかった。
俯き、じっと立っている。
「ごめんね、籬」
「なぜ、謝る?」
「・・・」
左腕を差し出し、籬の足に触れようとした直後、エ霞がそれを止めた。
「…やめとけ。それはもう、使わなくていい」
「・・・」
「もういいんだ。おまえは、イザヤにもう潜らなくていいんだから」
エ霞は、知っているようだ。
真の、左腕のことを。
琳は、それを遠くから見つめ、ゆっくりと顔をそらせた。




