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Vanitas vanitatum  作者: イヲ
第九章
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遠山・6

真の左腕は、イザヤと繋がっている。

巨大な脳であるイザヤのすべては、コード化されており、「どこに何があり」、そして「それをどうすればいいか」という概念を、自在に操ることが出来るのだ。


それこそが真が言う、「何でも願いを叶えてくれる」左腕だった。


それを操る事ができる為、アヤナシが狙い、はては遺物までも狙っている。

だからこそ、真を守る為に葵重工に護衛を依頼したのだ。

ただ、真の脳と左腕はリンクしているため、左腕だけを持ち帰ってもそれは発動しない。

逆に、脳と左腕さえ持ち帰れば死んでいようとなかろうと、それは勝手に発動する。


「……そういうこと」


真は、すべてを話した。

睡蓮がうなずき、顎に手をあてる。


「だから、遺物が真を狙うのね。エ霞、あんた何で知ってたのよ?」

「そりゃ前に五室に潜った時に、表面だけだが分かったんだよ。俺から言うのもおかしいだろ」

「ま、そうね」


重工内の工事は既に始まっている。

二階はすべて立ち入りは禁止されて、今いる三階にも工事の振動が響いていた。


「……エ霞、睡蓮」

「ん?」


真は居住いを正して、頭を下げてくる。


「ごめんなさい。迷惑をかけて」

「…真」

「顔を上げてよ。私たちはね、真の迷惑だったら幾らでもかぶるつもりなんだから」


彼女は胸を張って、そう言い切った。

ゆるゆると顔を上げ、それでも目を伏せたままの真の頬を、ぎゅっとつねる。

驚いたように目を見開いた真の目の前には、睡蓮の微笑があった。


「そりゃ、いやぁな奴の迷惑なんてかぶりたくないわよ。でもね。真はとってもいい子だって、私たちは知ってる」

「・・・」

「大丈夫!雪輪のときは結構苦戦しちゃったけど、私たちだって強いんだから!」

「ありがとう……睡蓮」


赤い目が、わずかに揺れる。

泣く事など、兄の前でしかしなかったのに。

喉が苦しくなって、目が熱くなる。


「・・・」

「わー!わー!泣くな!泣くんじゃない!琳に殺される!」

「う、うん、ごめん」


エ霞が大げさに叫んで、気を紛らわせてくれた所為で涙は出なかった。

それでも目をこすったせいで、瞼の辺りが赤くなってしまう。


「馬鹿!馬鹿じゃないの!エ霞のバァァアアカ!!」

「ひ、ひどい!馬鹿馬鹿連呼するなぁ!」


青筋を立てている睡蓮から逃れるように、真の後ろに隠れるように移動した。


「こういうときはねぇ、泣いてもいいぞ、って言うのよ!女心が分かってないんだから!」

「おれ、男だけど…」

「いいのよ。真は。白いし、ちっちゃいし、かわいいし…!」

「うれしく、ない……」


休憩室のソファーに体を埋めて、呻く。

確かに、真は「小さい」。

15歳にしては、平均よりも低い方に入るだろう。

琳も高峯も、身長は高いほうに入る。

だが、真だけが小さいことに、疑問をいだいていたのも事実だ。


「どうして、おれだけ背が低いんだろう?」

「ううん。そりゃ、何でだろうなあ。牛乳は飲んでるか?」

「嫌いじゃないし、普通に飲んでると思うけど」


いつもの真に戻ったような気がして、内心二人は安堵の息をつく。


「真のお母さんは、背は低かったの?」

「母さん?……母さんのことは、おれ、まったく覚えてないんだ。父さんも兄さんも、母さんのこと、口に出した事はないし」

「そうなの……」


真自身、母親に会いたいだの、会いたくないだの思ったことはなかった。

今思えば不思議だ。

顔も、名前さえも知らないことに違和感さえ覚えていなかったのだから。


「そういえば、母さんの名前……」

「ん?どしたの、真」

「……考えたことなかったな、って。おれの母さんは、どんな人だったんだろう?」

「琳に聞いてみたら?」

「うん……」


あいまいにうなずいて、さて、と立ち上がった睡蓮を見上げる。


「籬の治療もそろそろ終わったでしょ。私はちょっと見に行ってくるわ。真とエ霞は琳のところに行ってて」

「おれも……」

「そんなに気にしないでって。籬だって、弱ってるところを見られたくないのよ。あいつってば、変なところで格好付けなんだから」

「……うん。分かった」


睡蓮が休憩室を出て行くと、僅かな沈黙が通り過ぎてゆく。

ソファーに座った真は、足をぶらぶらと遊ばせながら、エ霞に顔を向けた。

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