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Vanitas vanitatum  作者: イヲ
第七章
32/56

春日山・5

「よくもまあ、お人形さんがそんな口を叩けること」


彼女は、失笑するように顔をゆがめた。


「光栄に思わないと。この国の未来のために死ねるのよ?」

「・・・」


狂気だ、と思考する。

彼女は、狂気に犯されている。


「おれは、死なない。死ねない」

「どうして?」

「兄さんが命がけで救ってくれた命。籬たちが守ろうとしてくれた命だから。おれが死ぬのは、戦って負けたときだ」


アヤナは感心したように頷き、ちらりと後ろを見つめた。

まわりを取り囲むように包囲されている。


「おかしいわねぇ。室長、薬の量を間違えたのかしら…?ああ、そういえば――。少尉」

「はい」


彼女の後ろに控えていた、短髪黒髪の男。

見たことがないが、彼女が少尉、と呼んだのだから、たぶんあの男が少尉なのだろう。


「あの薬、今日は飲ませたの?」

「いえ。葵重工から運び出す際に投与したものとは、飲み合わせが悪いとの指摘で…」

「そう。じゃあ、仕方ないわね。どうせ、この後投与するのだから」


薬。

毎日飲まされていた薬は、安定剤だと言われて飲んでいた。


「あれは、いいお人形になるために必要な薬だったのよ」

「…!!」


意思を捻じ曲げ、死を恐れないお人形。

今日初めて切れたその感覚。

ぞっとする。

今更、だろう。今更真は、死に対して恐れを抱いた。


「成程」


ひたり、とした声。


「あ…」


アヤナの後ろに佇む、ひとつの影。


「まが、き…」


彼女のうなじに、鶴丸を宛がっている。彼の表情は影に満ちていて、分からない。

もしかすると、怒っているのかもしれない、と思考する。


「あらあら、護衛さんの登場?」


両手を上げ、ちいさく笑う。それでも、彼女からは殺気が漏れていた。


「そういう訳か。理解した。五室、と言ったな。下がれ。下がらなければ、この女の首を討つ」

「籬!」


籬の声は冷静だ。ほんとうに、彼女の首を討つ気でいる。

止めようとする真の口を、だれかが塞いだ。


「!?」


思わず左腕が出そうになるが、それを止めたのは睡蓮だった。

くちびるに人差し指を当て、しいっと息を洩らす。


「…全員退避」


諦めたように呟いた彼女の言葉を待ち、五室の人間すべて、ひどくゆっくりとした速度で引いてゆく。

だが、彼女だけは残っていた。

腕を組み、余裕を見せる彼女は、口端を上げて笑って見せた。


「今は引くけど、私たちを侮らないことね。合成人間さんたち」

「・・・」


アヤナはウインクをすると、そこから去ってゆく。


「・・・」


姿が見えなくなってから、真はビルの間にいる自分の兄の下へと走った。


「兄さん!にいさ、」


腹を押さえてうずくまっている姿。

こんな弱弱しい兄は初めて見る。胸が痛んで、泣き叫びたい思いに駆られるも、今はそんな事をしている余裕などない。

早く手当てをしなければ。


「籬、睡蓮、兄さんを、」

「了解した。睡蓮は主を頼む」

「任せて」


籬は兄を抱え、そこから跳んだ。

真自身も彼女に抱えられてそこから消え去った。








「申し訳ありません。逃がしました」


高峯は病室の中で、腕を組んでいた。

アヤナからの報告を受けると、重く頷き、続きを促す。


「葵重工の合成人間が保護していると推測されます。いかがされますか」

「雪輪と雪華を向かわせろ。合成人間共は処分しても構わない。お前はいつもどおり、遺物を処理していろ」

「はっ」


敬礼をし、病室から出るアヤナの表情はひどく冷え冷えとし、口端は苦渋にゆがんでいた。

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