春日山・5
「よくもまあ、お人形さんがそんな口を叩けること」
彼女は、失笑するように顔をゆがめた。
「光栄に思わないと。この国の未来のために死ねるのよ?」
「・・・」
狂気だ、と思考する。
彼女は、狂気に犯されている。
「おれは、死なない。死ねない」
「どうして?」
「兄さんが命がけで救ってくれた命。籬たちが守ろうとしてくれた命だから。おれが死ぬのは、戦って負けたときだ」
アヤナは感心したように頷き、ちらりと後ろを見つめた。
まわりを取り囲むように包囲されている。
「おかしいわねぇ。室長、薬の量を間違えたのかしら…?ああ、そういえば――。少尉」
「はい」
彼女の後ろに控えていた、短髪黒髪の男。
見たことがないが、彼女が少尉、と呼んだのだから、たぶんあの男が少尉なのだろう。
「あの薬、今日は飲ませたの?」
「いえ。葵重工から運び出す際に投与したものとは、飲み合わせが悪いとの指摘で…」
「そう。じゃあ、仕方ないわね。どうせ、この後投与するのだから」
薬。
毎日飲まされていた薬は、安定剤だと言われて飲んでいた。
「あれは、いいお人形になるために必要な薬だったのよ」
「…!!」
意思を捻じ曲げ、死を恐れないお人形。
今日初めて切れたその感覚。
ぞっとする。
今更、だろう。今更真は、死に対して恐れを抱いた。
「成程」
ひたり、とした声。
「あ…」
アヤナの後ろに佇む、ひとつの影。
「まが、き…」
彼女のうなじに、鶴丸を宛がっている。彼の表情は影に満ちていて、分からない。
もしかすると、怒っているのかもしれない、と思考する。
「あらあら、護衛さんの登場?」
両手を上げ、ちいさく笑う。それでも、彼女からは殺気が漏れていた。
「そういう訳か。理解した。五室、と言ったな。下がれ。下がらなければ、この女の首を討つ」
「籬!」
籬の声は冷静だ。ほんとうに、彼女の首を討つ気でいる。
止めようとする真の口を、だれかが塞いだ。
「!?」
思わず左腕が出そうになるが、それを止めたのは睡蓮だった。
くちびるに人差し指を当て、しいっと息を洩らす。
「…全員退避」
諦めたように呟いた彼女の言葉を待ち、五室の人間すべて、ひどくゆっくりとした速度で引いてゆく。
だが、彼女だけは残っていた。
腕を組み、余裕を見せる彼女は、口端を上げて笑って見せた。
「今は引くけど、私たちを侮らないことね。合成人間さんたち」
「・・・」
アヤナはウインクをすると、そこから去ってゆく。
「・・・」
姿が見えなくなってから、真はビルの間にいる自分の兄の下へと走った。
「兄さん!にいさ、」
腹を押さえてうずくまっている姿。
こんな弱弱しい兄は初めて見る。胸が痛んで、泣き叫びたい思いに駆られるも、今はそんな事をしている余裕などない。
早く手当てをしなければ。
「籬、睡蓮、兄さんを、」
「了解した。睡蓮は主を頼む」
「任せて」
籬は兄を抱え、そこから跳んだ。
真自身も彼女に抱えられてそこから消え去った。
「申し訳ありません。逃がしました」
高峯は病室の中で、腕を組んでいた。
アヤナからの報告を受けると、重く頷き、続きを促す。
「葵重工の合成人間が保護していると推測されます。いかがされますか」
「雪輪と雪華を向かわせろ。合成人間共は処分しても構わない。お前はいつもどおり、遺物を処理していろ」
「はっ」
敬礼をし、病室から出るアヤナの表情はひどく冷え冷えとし、口端は苦渋にゆがんでいた。




