春日山・4
弾丸は、真の肩をかすめた。
琳を押しやり、自ら受けたその弾丸は床に着弾し、煙を上げている。
「・・・」
真っ白な入院着に血がにじみ出るが、気にならない。今、しなければならないことは、このエントランスを突破することだ。
「金居中尉!」
「煩い!」
止めようとする五室の人間を彼女は、その腕を振りほどき、真っ直ぐにこちらへと向かってくる。
小銃を向けたまま歩いてくる彼女の表情は、今まで見てきたなかで見紛う程に恐ろしいものだった。
真の唾液が呑み込む音が、自身の耳を攫う。
「どきなさい。真君」
「いやだ!兄さんは、渡さない」
「…そう、じゃあ、すこし痛い目を見ないとね」
ひゅっ、
頬を駆け抜ける風。
兄を庇って動く事は困難だ。よって、真はアヤナの行動の先を読み、左へ跳ぶ。
その直後、右の床は穴ぼこが開いていた。
そのままひた走る。
うしろから、アヤナが追ってきている。早くここから出なくては。
前は、銃を持つ五室の兵士。
だが真はスピードを緩めずにそのまま突っ込むように足を踏み出した。
五室の人間は驚愕して、エントランスから体をずらせる。
その隙を見計らい、真と琳は外へ出た。
まだ、明るい。
それでも人の姿はなかった。
たぶん、通行止めにでもしているのだろう。
人も車も通らない、死んだようなビル街。
すぐ後ろまで来ている。
「…っ」
入院着では、上手く走れない。
兄をビルとビルの間に押しやって、足を止める。
「真君」
息切れ一つしていない、アヤナの目はまるで亡霊のようだ。
「…渡さない。兄さんは、おれを守ってくれた。だから、おれも兄さんを守る」
「立派な覚悟ね。でも、反逆は反逆よ。私たちはその男の首を取らなければならない」
――消えた。
アヤナの姿が、一瞬にして消えた、が。
真もそれと同じに、そこから駆けた。
左腕が、ぎちぎちと撓る。
「…!」
アヤナの眉がわずかに顰められた。
足を、一歩踏みしめる。その直後、彼女の頬を一陣の風が吹いた。
真の左腕だった。
手刀で頬を切り裂いたのだ。そもそも真の左腕は、戦闘用ではない。
『機械、或は遺物にしか』通用しない。
だからこそ、彼女は驚いたのだ。
ただの人間に対して、攻撃できる筈はなかった。なかったが、真の訓練の賜物か。その腕は主を助けるためだけに動いている。
「感心ね。ちゃんと、訓練してたんだ」
「・・・」
頬に手を当てて拭うと、確かにそこには一閃の切り傷があった。
「でも、女の顔を傷つけちゃ駄目でしょ?次はマナーを教えてあげなくちゃね!」
とっ、とそこから足を踏み出し、真っ直ぐ走ってくる。
姿勢を猫のように下げたまま、真は「そこ」から跳んだ。
彼女の後ろへ、走った、つもりだった、が。
「ッ!」
彼女はそれを読んでいたのだ。
体を捻り、足を軸にして蹴りを入れられる。
反射的に左腕で庇ったが、向かい側の道路にある電信柱に体を打ち据えた。
「感心感心。ちゃんと庇えたのね。偉い偉い」
「・・・」
胃から熱いものが送り込まれるが、すんでのところで呑み込む。
「…そんなに、殺したいの?」
かすかな、枯れた声。
息を切らせ、それでも目は生命力を失わせぬ。
赤い、猩々の目。
「そんなにおれたちを、殺したいの…?アヤナ姉さん」
「私としては、あなたに殺意はないわ。だって、未来への礎なんでしょう?でも、その男は違う。室長を傷つけた。私は、あの男を殺さなければならない」
「・・・」
冷え冷えとした、冷たい声。
真はそれを聞き遂げると、くちびるを僅かに噛んだ。
「おれは…おれたちは、国のお人形なんかじゃない!!!」
ただ、生きていたかった。
幸せなど、望んでいなかった。
ありふれたことを、したかった。
ただ、それだけだった――。




