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Vanitas vanitatum  作者: イヲ
第七章
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春日山・4

弾丸は、真の肩をかすめた。

琳を押しやり、自ら受けたその弾丸は床に着弾し、煙を上げている。


「・・・」


真っ白な入院着に血がにじみ出るが、気にならない。今、しなければならないことは、このエントランスを突破することだ。


「金居中尉!」

「煩い!」


止めようとする五室の人間を彼女は、その腕を振りほどき、真っ直ぐにこちらへと向かってくる。

小銃を向けたまま歩いてくる彼女の表情は、今まで見てきたなかで見紛う程に恐ろしいものだった。

真の唾液が呑み込む音が、自身の耳を攫う。


「どきなさい。真君」

「いやだ!兄さんは、渡さない」

「…そう、じゃあ、すこし痛い目を見ないとね」


ひゅっ、

頬を駆け抜ける風。

兄を庇って動く事は困難だ。よって、真はアヤナの行動の先を読み、左へ跳ぶ。

その直後、右の床は穴ぼこが開いていた。

そのままひた走る。

うしろから、アヤナが追ってきている。早くここから出なくては。


前は、銃を持つ五室の兵士。

だが真はスピードを緩めずにそのまま突っ込むように足を踏み出した。

五室の人間は驚愕して、エントランスから体をずらせる。

その隙を見計らい、真と琳は外へ出た。


まだ、明るい。

それでも人の姿はなかった。

たぶん、通行止めにでもしているのだろう。

人も車も通らない、死んだようなビル街。


すぐ後ろまで来ている。


「…っ」


入院着では、上手く走れない。

兄をビルとビルの間に押しやって、足を止める。


「真君」


息切れ一つしていない、アヤナの目はまるで亡霊のようだ。


「…渡さない。兄さんは、おれを守ってくれた。だから、おれも兄さんを守る」

「立派な覚悟ね。でも、反逆は反逆よ。私たちはその男の首を取らなければならない」


――消えた。

アヤナの姿が、一瞬にして消えた、が。

真もそれと同じに、そこから駆けた。

左腕が、ぎちぎちと撓る。


「…!」


アヤナの眉がわずかに顰められた。

足を、一歩踏みしめる。その直後、彼女の頬を一陣の風が吹いた。


真の左腕だった。


手刀で頬を切り裂いたのだ。そもそも真の左腕は、戦闘用ではない。

『機械、或は遺物にしか』通用しない。

だからこそ、彼女は驚いたのだ。

ただの人間に対して、攻撃できる筈はなかった。なかったが、真の訓練の賜物か。その腕は主を助けるためだけに動いている。


「感心ね。ちゃんと、訓練してたんだ」

「・・・」


頬に手を当てて拭うと、確かにそこには一閃の切り傷があった。


「でも、女の顔を傷つけちゃ駄目でしょ?次はマナーを教えてあげなくちゃね!」


とっ、とそこから足を踏み出し、真っ直ぐ走ってくる。

姿勢を猫のように下げたまま、真は「そこ」から跳んだ。

彼女の後ろへ、走った、つもりだった、が。


「ッ!」


彼女はそれを読んでいたのだ。

体を捻り、足を軸にして蹴りを入れられる。

反射的に左腕で庇ったが、向かい側の道路にある電信柱に体を打ち据えた。


「感心感心。ちゃんと庇えたのね。偉い偉い」

「・・・」


胃から熱いものが送り込まれるが、すんでのところで呑み込む。


「…そんなに、殺したいの?」


かすかな、枯れた声。

息を切らせ、それでも目は生命力を失わせぬ。


赤い、猩々の目。


「そんなにおれたちを、殺したいの…?アヤナ姉さん」

「私としては、あなた(・・・)に殺意はないわ。だって、未来への礎なんでしょう?でも、その男は違う。室長を傷つけた。私は、あの男を殺さなければならない」

「・・・」


冷え冷えとした、冷たい声。

真はそれを聞き遂げると、くちびるを僅かに噛んだ。


「おれは…おれたちは、国のお人形なんかじゃない!!!」


ただ、生きていたかった。

幸せなど、望んでいなかった。

ありふれたことを、したかった。

ただ、それだけだった――。

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