睡蓮・6
上の階へ上るにつれて、熱源がわずかにキャッチしてゆく。
だが、それはほんのわずかなものだ。
人間一人分と考えてもいい。
「熱源は屋上だ。真、本当にいいんだな?ついてきて」
「うん」
籬に抱えられながら階段を駆ける彼の表情は、確かに覚悟をしているようだ。
それにしても、籬はよく引き止めなかったものだ。
だがよく考えれば、籬の主は真だ。真の命令は絶対なのだから、当たり前と言えば当たり前か。
エ霞はそこまで思考すると、一気に『跳んだ』。
階段を階ごとに飛ぶ。
そうすれば、約20秒で着くはずだからだ。
段々と音が聞こえてくる。
防音を施してあるようだが、合成人間の聴覚では筒抜けだ。
屋上の床を打ち壊しているように聞こえた。
「おいおい、何やってんだ、あいつらは」
「…屋上の床を壊している。…理由は、理解できない、が…」
息も切らさず、二人は会話をしている。真はそれを聞きながら、首をかたむけた。
「…一つ、思いあたることがある」
「何だ?」
「先刻、自分たちは屋上にいた。そして、奇襲をかけられている。その際、弾頭を拾っただろう。その弾頭は、攻撃目的ではなく、他の目的があったのかもしれない。あくまで推測だが」
「なるほど。それも考えられる。それにしても、乱暴だねえ」
舌打ちをして更に階段を跳び越え、屋上に続く扉に手を当てる。
「いいか。真。今からこの扉を突破する」
「うん」
うなずくその目は、恐怖も、怒りも、何もない。
ただ、そこに必然とあるだけだ。
『エ霞。おそらく、この先は、人間の司令が一人、その他は遺物と見て間違いない』
『おう。じゃ、真のお手並み拝見と行くか』
無線を切り、エ霞の手が扉のノブを捻った。
瞬間、雨のような銃撃がこちらを襲う。
籬は真を後ろ手で庇い、そしてもう一人、エ霞は空を跳んだ。
満月の光を背負い、飛翔したエ霞は、遺物の数を一瞬のうちに数える。
『人間一人。遺物は18体確認。おそらく、司令の脳波で遺物を抑えているんだろう。司令を潰せば遺物は役に立たなくなる。籬。おまえは司令を潰せ。俺は残りの遺物を片付ける』
「了解」
銃弾を浴びている籬の体は、傷一つつかない。
ごくごく普通の銃では、合成人間の身体に傷つけることは出来ないのだ。
そう設計されているのだから。
「主。自分が道を開ける。決して、前に出るな」
「うん」
「参る」
鶴丸に手をかけ、床を蹴る。
遺物がこちらに視線を向ける、直前にはすでにその首は取っていた。
「!?」
だが、首を取ったのはエ霞でも、籬でもない。
真だった。
その左腕が兇器と化していると判断したのは、首が落ちた直後。
だがそれに驚愕している場合ではない。
残数17、遺物が司令を守るように前に出た。
たっ、とわずかな床を蹴る音が聞こえる。
真の速度は、決して籬やエ霞と比べると、ひどく鈍い。鈍いが、その体の使い方では比べ物にはならなかった。
身一つ。
それも、人間の身、だ。
「誰でもいい!そいつを捕縛しろ!!」
司令であろう、男が叫ぶ。
その言葉で、真へと遺物が流れ込んでくるが、立ちはだかった籬とエ霞によってそれは遮られた。
鶴丸が唸り、まるでエサを求めるように自ら蓄電された電流を遺物に流し込む。
遺物の口から血のような、うす赤い体液が流れ出て、倒れてゆく。
銃弾を使い果たしたのか、遺物は身一つでむかってくる。
エ霞は遺物の顎に膝蹴りを送り込んで後ろにいる遺物をふっ飛ばし、籬は下段から斜めに袈裟斬りを送る。
「残数、3」
籬の呼気。
「…!」
その直後、ぬっ、と出てきたのは巨大な、3メートルはあろうかという巨体。
今まで、一体どこに。
「上!」
真の、声。
上空に、音さえさせずヘリが飛んでいた。
「…ったく、俺らにどうしろってんだ」
「主を退却させたることを優先する」
「だな。おい、真…」
「おれは引かない。引いたら、だめだから」
丁寧にステルスを使ったヘリから、更に二体の遺物が飛び降りてくる。
真を突き動かすのは何なのか。
二人は、まだ知らない。




