睡蓮・7
司令はヘリに乗り込み、さっさと去っていったようだ。
エ霞は内心舌打ちをしながら、籬へ無線を開いた。
『どうやら、お相手さんは"任務完了"らしいぜ』
『…ヘリを墜落させるには、彼女が必要だ』
『おいおい、そこまでしなくてもいいだろ。被害の方が多くなる』
その巨体は、人間に似ても似つかない背丈をしている。
身体の構造は確かに人間を模している。
しかし――。
「…遺物じゃないよ。こいつ」
「…みたいだな。こりゃ、単なる戦闘兵器だ」
太い、まるで丸太のような腕が、真を直接狙って振り落とされる。
「主」
籬が音もなく走り、その腕を鶴丸で受け止めた、が。
みしり、とコンクリートの床が沈み込む。
両手で受け止めたものの、更に硬い音をさせながら、それは更に力を込めた。
ヘリから落ちてきた二体の遺物は当たり前のように籬が庇っている真へと走ってゆく。
「させるかっての!」
エ霞は二体の遺物の前へと跳んで、手刀で喉笛を突く。
喉を貫通した遺物を右手でぶらさげたまま、もう一体の足を掬う。
どっ、と床に倒れる音がして、エ霞の足が遺物の頭部を"踏み潰して"破壊した。
ごみくずを扱うように右手にぶらさがっている遺物を振り払い、巨体へと突進する。
自らの武器、走龍を"抜いた"。
ばぎん、と音がして、巨体の腕を『それ』で穿つ。
エ霞の武器は、短刀ではない。
自らの身体能力だ。
リミットを解除する事によって、己の持つ力量を80パーセントに跳ね上げる。
エ霞の手が巨体の腕を貫き、そこからさらに高電圧を流し込む。
金属が軋む音、その音を聞いた直後に、籬の体が吹き飛んだ。
「籬!」
広い屋上の、貯水タインクにめり込み、水が吹き出る。
ばちっ、と火花が飛び散っている。
「籬」
かすかな、枯れたような声。
つぶやいた声は、まるでちいさな子供のようだった。
親に置いていかれたような、かわいそうな程の。
「・・・」
エ霞が流し込んだ電流で、その巨体が停止する。
突き刺した腕を抜き去り、とっ、とぼろぼろになった床に着地した。
「真!逃げろ!!」
暴発しそうになっている巨体は、おそらく自爆装置がついている筈。
左腕以外は生身の真では、ひとたまりもないだろう。
真は逃げるどころか、そのまま歩いて巨体へと近づく。
「真!」
左手が、巨体の足に触れた、
「!!」
音さえたてず、その巨体は暴発も自爆もせず、静止する。
まるで、建築物のように動かない。
完全に死んでいた。
「…こいつは…」
「籬!」
貯水タンクに穴を開けられ、水溜りになっている床を躊躇うことなく蹴って、真は縋りつくように籬の前に座る。
エ霞は巨体はすでに死んだと確認し、二人の下へ歩み寄る。
「大丈夫だ。俺らはこんくらいじゃ死なねぇよ」
「でも、怪我をした」
「こんなもん、怪我のうちに入らないって。おい籬、いつまで寝てんだ」
ばちん、と大きく火花が上がると、籬の腕がわずかに動く。シャットウダウンしていた脳が、ようやく目覚めよと信号を出したのだ。
「…ある、じ」
「うん」
「大事ないか」
「うん」
「そうか」
籬はゆるくかぶりを振って、凹んだ貯水タンクに手を預けながら立ち上がる。
とうとう、救急信号を受け取ったはずのもう一人の合成人間は来なかった。
予想はしていたが。
あれは極度の面倒くさがりやなのだ。合成人間のくせに。
「アヤナシか…」
次の日、未だ立ちはだかっている巨体を百合子と他の研究員たちが調べる中、帽子と眼鏡をかけた真は、貯水タンクをじっと見つめていた。
その傍らには、籬がいる。
「・・・」
呟いた真の言葉の真意を汲み取ることなく、籬はそのちいさな背を見下ろした。
「…ごめんね」
「何がだ?」
「籬に怪我をさせたから」
「…主が気にすることはない。それが自分の役割だからだ」
役割だから、だ。
籬はそう理解しているし、これからもたぶん、変わらないだろう。
だが、殺されるために生きているその哀れな生物。
弱くて、なされるがままの少年だったなら、それも分からない。
「・・・」
しかし、真は戦った。
総計して3体の遺物を破壊したのだ。
人間、それも子供としては考えられない。
しかし。
強い理由も分からない。
それに、真が直々に言ったのだ。「父さんや兄さんみたいに強くない」と。




