睡蓮・5
「アヤナシ」
琳が、呟く。
「はい。アヤナシ共が襲ったようです」
「・・・」
「それと雪輪と雪華が起動出来るようですね。五室もとうとう、合成人間を…」
「口が過ぎる。あれは、合成人間に似ても似つかない」
一蹴すると、部下の男は冷や汗を垂らしながら首も垂れた。
『雪輪』と『雪華』について事細かに書かれている点字の書類を冷めた目で見下ろす。
学校での仕事が終わり、与えられた一室で琳はただ、腕を組んでその書類の表紙ばかりを見ていた。
真が、アヤナシに襲われた。
アヤナシは、この国の裏の部分をよく知る団体だ。
高峯は無論、琳の存在はアヤナシに筒抜けているが、真だけはその存在を隠していた。
意図的に。
真の存在を知ったアヤナシは、「何者か」に依頼されて狙ったのだろう。
アヤナシは、依頼されなければ行動を起こさない。
それに、危険を伴う場合では「それなりの」金を積まれなければ、動かないのだ。
だからこその、暗殺部隊だ。
「・・・」
だが、琳の敵はアヤナシではない。
己の天敵は、父、高峯なのだから。
サイレンが鳴る。
赤く点滅するランプが葵重工内すべてを染め上げた。
「!!」
籬とエ霞が顔を上げる。
『警告。警告。葵重工が何者かに攻撃されている。警告。警告。速やかに避難せよ。繰り返す。速やかに避難せよ』
緊張が走る二人の顔を見上げて、真もわずかに眉を顰めた。
無線で百合子につなぎ、指示を仰ぐエ霞に背を向けて、籬は真と視線を合わす。
「主は、自分と行動しろ。決して、傍から離れるな。いいな」
「エ霞は?」
「外敵と戦う。今現在戦えるのは、自分を抜かしてエ霞だけだ」
サイレンが鳴り響き、寝床から起きた研究員たちはあわただしく地下に潜ってゆく。
「一人じゃ危ないよ!」
「大丈夫だって。俺は結構、強いから」
思考する。
エ霞が強いことは知っている。
それでも。
「…籬、エ霞。おれも行く」
「は!?おい、無茶言うなって、おまえ…!」
「大丈夫。自分の身は自分で守るから」
自身が着ていたぶかぶかのニットを脱ぎ、シャツに着替える。
「推奨しない。危険だ」
「大丈夫」
籬の手が、真の腕を掴む。痛まないはずなどないその力。
痛みに顔をゆがませることなく、淡々と呟く。
「たぶん、相手はおれがここにいることを知っている」
「…そりゃ、何でだ」
「だって、おかしい。葵重工ほどの会社が、易々と攻撃を受けるなんて」
「ま、そうだな」
「狙いは、おれだ」
完璧に、言い放つ。
真の目には、恐れも、怒りも、なにもない。
ただただ、恐ろしいほどに冷静であった。
とても、15歳がする目ではない。
ぞっとするほど、血の通わない目。
「・・・」
エ霞は、わずかに恐怖を覚えた。何故、なにをすればこんな目を、人間が出来るのだろう。
おそらく、今日は真は死なない。
籬やエ霞がいるからではない。
単純に、真が「強い」からだ。
「籬。仕方ない。連れて行こう」
「…推奨しない、が。了解した。主は自分が守る」
「ありがとう。足手まといにならないようにするよ」
微笑んだ真のその心中は静かだった。凪いでいた。
まるで、風のない海のように。
『敵は何とする』
『100パーセントの確率で、アヤナシだろうな』
『…アヤナシと主を戦わせるのか?』
走りながら、エ霞と無線で会話をするが、どうにも静かだ。
音が聞こえない。
熱源もない。
『ああ。仕方ない。どうせ俺一人じゃたかが知れていた。あいつが来るまで、59パーセントの確率で破壊されてただろうな』
『…救急信号を出したのか?』
『出した。けど、ま、大丈夫だろ。おまえもいるし、俺もいる。真は死にはさせない』




