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Vanitas vanitatum  作者: イヲ
第六章
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睡蓮・4

命とは、何だ?


「…理解、できない…」

「理解できないんじゃねぇ。おめぇは、理解しようとしていないんだ」


エ霞は言い放った後、うしろにいる真を振り向く。

冷えた声色を籬に吐き捨てたその声色に代わり、静かに、諭すように真に視線を合わせた。


「真。おまえもだ。おまえ、死にたいわけじゃないんだろ?」

「…わからない…。おれは、殺されるために生まれたって、聞いていたから」


エ霞の眉がわずかに顰められる。遅かったか、と呻く。


「…エ霞…?」

「また、あの景色を見たくないか」


紅碧の目は、どこかさみしそうにも見えた。

そう見えたのは、真だけだろうか。二度、まばたきをして、思考する。


「…うん。見たい。もっと、色んなもの、見てみたい」


眼下に広がる、きらきらとした灯火。

それがたとえ人工物だろうと何だろうと、真は「きれいだ」と思えた。

その思いに、嘘偽りは決してない。

なかった、はずだ。


今まで毎日繰り返されてきた点滅を、真は初めて見た。

こんなにきれいなものを。

毎日見ている者はたぶん、見飽きてきれいなどと言わないし、おもわなくなるだろう。

だが、違う。

繰り返される当たり前の日常を、真は知らない。

何も、知らない。


「だろ?」


エ霞は、ぱっ、と明るい表情になって、真の手を痛まぬ程度に握った。


「それは、生きなければ見られない。死んだら元も子もないんだ。俺が、一番よく知っている」


一度破壊され、粉々になったエ霞だけが知っている。

『死』の恐怖を。


「…うん!」

「よし。いいな。おっちゃんとの約束だ」

「おっちゃん?エ霞、おじさんなの?」

「馬鹿。言葉のアヤだ。おじさんなんて言ったらこうだ!」


エ霞は片手で真の頬をぎゅうっと摘む。

無論、痛まない程度だが。

そこで、ようやく籬が声を荒げた。


「主に何をしている!」

「いひゃい、いひゃい」

「いいじゃねぇか。コミュニケーションだ。コミュニケーション」


真は笑いながらエ霞の腕を叩く。


「おい、煩いぞ!」


隣の部屋で休んでいたらしい男の研究員が、怒鳴ってきた。

エ霞が「すんません」と謝ると、男は鼻息荒く自らの部屋に帰ってゆく。


「エ霞の所為で怒鳴られてしまった」


ぶつぶつと文句を言っているが、真もエ霞も気にしていない。

壁にもたれかかっている籬に、小走りで走り寄った己の主が問うた。


「籬は、おれが生きているとうれしい?」

「…うれしい…かどうかは分からないが、死んでしまったら困る」

「…うん。そうだよね」


真はどこか残念そうに、肩を落とす。

その意味が分からず、籬は真を見下ろした。

それでも、先刻エ霞に言われた『理解しようとしない』という言葉を反芻し、思考してみる。


「・・・」


真は、籬を用無しにはならないと断言した。

百合子や、エ霞たちにさえそんなことを言われたことはない。

言葉には責任が問われるからだ。

無責任な言葉を、二人は決して言わない。


だが、

しかし、真はいとも簡単に言ってのけた。


――籬は、用無しにはならない。


と。


今までそんな不確かで、あいまいな言葉を言った者がいただろうか。


(いない。)


それがどんなに無責任な言葉でも、籬はどこか、「ふっ」と体が軽くなったのを感じたのだ。

鉛のように重かった、己の身体。

それでも、

それでも?


「…主」

「?」


たっぷり1分間、籬は思考の渦に埋もれてようやく答えを見つけた。


「…自分は、貴殿が生きている事は、うれしい、とおもう」

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