睡蓮・4
命とは、何だ?
「…理解、できない…」
「理解できないんじゃねぇ。おめぇは、理解しようとしていないんだ」
エ霞は言い放った後、うしろにいる真を振り向く。
冷えた声色を籬に吐き捨てたその声色に代わり、静かに、諭すように真に視線を合わせた。
「真。おまえもだ。おまえ、死にたいわけじゃないんだろ?」
「…わからない…。おれは、殺されるために生まれたって、聞いていたから」
エ霞の眉がわずかに顰められる。遅かったか、と呻く。
「…エ霞…?」
「また、あの景色を見たくないか」
紅碧の目は、どこかさみしそうにも見えた。
そう見えたのは、真だけだろうか。二度、まばたきをして、思考する。
「…うん。見たい。もっと、色んなもの、見てみたい」
眼下に広がる、きらきらとした灯火。
それがたとえ人工物だろうと何だろうと、真は「きれいだ」と思えた。
その思いに、嘘偽りは決してない。
なかった、はずだ。
今まで毎日繰り返されてきた点滅を、真は初めて見た。
こんなにきれいなものを。
毎日見ている者はたぶん、見飽きてきれいなどと言わないし、おもわなくなるだろう。
だが、違う。
繰り返される当たり前の日常を、真は知らない。
何も、知らない。
「だろ?」
エ霞は、ぱっ、と明るい表情になって、真の手を痛まぬ程度に握った。
「それは、生きなければ見られない。死んだら元も子もないんだ。俺が、一番よく知っている」
一度破壊され、粉々になったエ霞だけが知っている。
『死』の恐怖を。
「…うん!」
「よし。いいな。おっちゃんとの約束だ」
「おっちゃん?エ霞、おじさんなの?」
「馬鹿。言葉のアヤだ。おじさんなんて言ったらこうだ!」
エ霞は片手で真の頬をぎゅうっと摘む。
無論、痛まない程度だが。
そこで、ようやく籬が声を荒げた。
「主に何をしている!」
「いひゃい、いひゃい」
「いいじゃねぇか。コミュニケーションだ。コミュニケーション」
真は笑いながらエ霞の腕を叩く。
「おい、煩いぞ!」
隣の部屋で休んでいたらしい男の研究員が、怒鳴ってきた。
エ霞が「すんません」と謝ると、男は鼻息荒く自らの部屋に帰ってゆく。
「エ霞の所為で怒鳴られてしまった」
ぶつぶつと文句を言っているが、真もエ霞も気にしていない。
壁にもたれかかっている籬に、小走りで走り寄った己の主が問うた。
「籬は、おれが生きているとうれしい?」
「…うれしい…かどうかは分からないが、死んでしまったら困る」
「…うん。そうだよね」
真はどこか残念そうに、肩を落とす。
その意味が分からず、籬は真を見下ろした。
それでも、先刻エ霞に言われた『理解しようとしない』という言葉を反芻し、思考してみる。
「・・・」
真は、籬を用無しにはならないと断言した。
百合子や、エ霞たちにさえそんなことを言われたことはない。
言葉には責任が問われるからだ。
無責任な言葉を、二人は決して言わない。
だが、
しかし、真はいとも簡単に言ってのけた。
――籬は、用無しにはならない。
と。
今までそんな不確かで、あいまいな言葉を言った者がいただろうか。
(いない。)
それがどんなに無責任な言葉でも、籬はどこか、「ふっ」と体が軽くなったのを感じたのだ。
鉛のように重かった、己の身体。
それでも、
それでも?
「…主」
「?」
たっぷり1分間、籬は思考の渦に埋もれてようやく答えを見つけた。
「…自分は、貴殿が生きている事は、うれしい、とおもう」




