睡蓮・3(挿絵有)
真を他の研究員と無線を開いたままの籬に預け、エ霞と百合子は狭い部屋に篭った。
「ほんとうなの?それは」
「ああ。あいつらが動いた。この弾頭体。間違いない。エ霞シリーズを壊した張本人だ。こんなに早くお出ましとはね」
百合子はこめかみに手をあて、きつく眉を顰めた。エ霞から取った写真が数枚机の上に散らばっている。それに手をとって、ため息を吐き出した。
「まったく、こっちは相手をしている暇がないってのに…」
「アヤナシ共は、真を狙っている。それも間違いはないだろうな」
アヤナシとは暗殺部隊の総称で、人間は無論、遺物さえも使い、「裏」で人間の命を奪い続けている。
葵重工とアヤナシは無関係だが、護衛する人間がアヤナシに狙われる場合は無論敵対するのだが、以前敵対した所為でエ霞を破壊されていた。
百合子はそれを苦々しく覚えている。
無残に破壊されたエ霞の身体を、百合子は泣きながら見下ろしていた。
ただ、ほんの救いになったのはメモリーだけはバックアップしていた、ということだけだろうか。
「百合子。俺を、真の護衛につかせちゃくれねぇか」
「!」
「リベンジ…とはいかねぇが、どうしても気になんだよ」
「何を?」
「真だ。あいつの周りにゃ、色んな陰謀が積もりに積もっている。今日もアヤナシの下っ端とやりあった。籬一人じゃ、俺も心配だからな」
「…心配、ね」
百合子はちいさく笑い、そのあとに内線を繋ぎ、一言二言相手に伝えると、すぐに切った。
「あいつに連絡を取ったわ。あいつも忙しいみたいでね、了解、とだけの伝言よ」
「…あいつって、あんたのコレかい?」
親指を立てると、百合子はどこで覚えたの、と呆れて何度目かのため息を吐き出す。
だが、間違ってはいない。
百合子は、エ霞の担当である近江と親密な関係にあった。
プライベートでも、よく一緒に出かけているらしい。
「あいつ、折角もぎ取った休日、一日寝過ごしたのよ…!」
ぎりぎりと机の上を引っかく百合子の顔は、鬼より怖い。
エ霞はそそくさとその場を後にして、籬と真がいる部屋に向かうことにした。
『籬。聞こえるか』
『ああ。どうだった?』
『了解は取った。ったく、遺物についでアヤナシと来たか…』
『何故、それほどまでに主を…』
『ああ、…そりゃ、色々、な』
『色々とは何だ』
詰め寄る籬に、一人廊下を歩くエ霞は大きくため息を吐き出す。
言っていいものか。
エ霞とて、薄皮一枚破っただけではない。
五室に潜ったとき、もう少しのところで人工脳を焼ききられるところだった。
その情報をもったいぶっているわけではないが。
『…おまえだけ知らないってのも、おかしな話か。まあいい。真も知っている事だ』
『主も知っている?では何故、言わない』
そりゃ言いたくないさ、と囁く。
『…いいか。真は人間だ。それは間違いない。おまえも確認しただろ?』
『ああ』
『あいつは普通の人間だ。何もかも知っているし、何もかも知らない。真っ白な画用紙みたいなもんだ。遺物ってのも、知らなかったんだろ?』
無言は、肯定と取る。
『真はな、使い捨ての人間なんだよ』
『!』
籬の息を呑む音が聞こえた。
使い捨て。
人間を使い捨てる者が人間だとでも言うのか。
『イザヤ。あれが完成するとき、真は殺されるだろう。100パーセント、必ずな』
『…では、何故自分を護衛としてつけた?』
『そりゃ、完成させるまでに死んじまったら台無しだからさ。名実共に、"未来の礎"だな』
籬は、それ以上何も話さなかった。
エ霞も、何も話そうとはしない。
地下3階。
そこは、研究員達の寝床となっている。
その空き部屋の一室に、籬と真はいた。
無言のまま。
「あら、どうしたの」
エ霞は努めて明るく問うが、籬は床を見据えたまま、動かない。
「エ霞…。籬が、なんか動かないんだけど…」
「…思考中ってか。ま、放っておけや。そのうち再起動すんだろ」
「…?う、うん」
たぶん、処理できていないのだろう。
いずれ殺される命を守るべきか否か。
しかし――
エ霞「自身」は、真は死ぬべきでないと判断している。
これはエ霞の「意思」だ。
合成人間という枠を超えた、意思である。
エ霞は、ほぼ人間と同じ思考回路を持っていた。
完成品なのだ。
一代前の記憶を持って、それを苦悩しなかったといえば嘘になる。
そう、苦悩するのだ。
「…籬」
ふいに、冷えた、底冷えのする声が真の耳朶を穿つ。
ぞわり、と真の背筋が凍った。
視線だけを合わせ、エ霞は囁く。
「降りてもいいんだぜ」
「・・・」
「おまえにとって、真の命は何だ?」
命とは、何だ。




