睡蓮・2
地下にある五室。
無論窓などあるわけもない。暗く、冷たい黒が横たわっているだけだ。
ただ、申し訳程度に植木鉢がわずかにある。
室長室の扉をノックしたのは金居アヤナだった。
高峯の鋭い目がアヤナを見据える。
「どうだった」
「は。どうやら、ご子息が対象二体に接触したようです」
敬礼をし、アヤナはぞっとするほど冷たい目で報告をした。
対象とは無論、真と籬のことである。
高峰は冷めた視線を受け止め、口もとをゆるく上げた。
「して」
「これをお聞きください」
取り出したのはボイスレコーダー。
研究所のミーティングルームで琳と籬の会話を全て録音していた。
それを聞き遂げ、高峰は失笑するように口はしをゆがめる。
「なるほど。葵重工を手なずける気か。まあ、いい。所詮単独の行動だ。どうとでもなる。こちら側の雪輪と雪華はどうなっている」
「順調です。あと二日もすれば本格的に起動できるでしょう」
「そうか。遺物共も二体が起動すれば一掃できるかもしれない。充分に注視しろ」
「は」
アヤナは再び敬礼をし、室長室を出る。
外はひどく冷え込んでいた。
しかし、五室の人間はそれを知る術は、ない。
籬、エ霞、真は葵重工の天辺、屋上にいた。
屋上は封鎖されているが、エ霞が蹴破ったのだ。
「寒い…」
それはそうだろう。
すでに夕刻。風は冷え、容赦なく真の体を舐め回している。
「寒い?ああ、そうか。そりゃ考えてなかった。ほれ」
エ霞は自分が羽織っていた猩々緋の羽織を真に羽織らせた。エ霞の身長は170センチを越えているが、真は150センチほどしかない。
どうみてもぶかぶかだ。
それでもないよりはましと、羽織紐を結ぶ。
「どうだ。広いだろう?」
東京は。
「…うん」
眼下に広がる光景。闇がそろそろ本格的に降りようとしている時分、ちらちらとわずかな明かりがともり始めていた。
初めて見た。
こんなに広いんだということを。
エ霞は広がる人工物を見下ろして、静かに笑った。
「きれいだね。ね、籬」
「…そう、なのか?」
「おいおい、籬!ロマンも分からないようじゃ駄目だぜ!」
大げさに、まるで嘆くように眉間に手を当てる。
「ロマンなど、自分に関係などない」
「これだから堅物は!そんなんじゃ――」
ちらっ、と隣のビルの屋上から何かが光った。
籬は真の腕を掴み、自分の懐に隠し、エ霞は腰に差していた短刀で「それ」を弾く。
ちいさな金属が転がる軽い音をたてて、それは落ちた。
ごくごく小型の弾頭体。
それが転がって、籬のブーツに触れた。
「…どういうことだ。エ霞」
「そりゃ俺が聞きたいね。誰かが、俺らがここに来ることを知っていたんだ」
ちら、とエ霞が隠されている真を見下ろす。
朱塗りの短刀を構えながら、隣のビルにいる筈の「それ」を視認しようと視覚調整を行った。
「…ん…?」
あれは。
あれは遺物ではない。
人間だ。
ショットガンの弾丸は、明らかに真を狙っていた。
狙っていた、というのは既にその人影は退避したのか、姿かたちがかったのだ。
「・・・」
エ霞はビルに背を向けて、隠されている真と視線を合わせた。
手招きをして、耳打ちをする。
無論、籬には聞こえているが。
「いいか。今日はこのまま観世水に戻らないで、葵重工に泊まっていけ」
「う、うん。分かった」
「よし、いい子だ。おまえの家には回線入れとくから心配するな」
『籬。どうやら、狐共のお出ましのようだ』
無線で籬に伝えると、驚いたように顔をこわばらせた。




