睡蓮・1
「久しぶりね、真君。元気にしていたかしら」
「はい」
スツールに座っている百合子は、メンテナンスルームに連れて行かれた二人の書類を手にして、微笑んだ。
真はわずかに緊張しながらも、うなずく。
「籬とはどう?うまくやれてる?」
「はい。籬は、すごいです」
遺物から守ってくれたことを話すと、百合子はまるで自らの弟の話を聞くかのようにうなずきながら耳をかたむけた。
色素が削げ落ちている頬を赤く染めながらも、身振り手振りで離して聞かす真の様子は、観世水邸にいたころよりも生き生きとして見える。
「そう。…そう言ってもらえるなら、私もうれしいわ。籬は堅物だけどね」
「籬は、すごく優しいひとです」
「…優しい?」
百合子の眉がわずかに上がる。
今まで合成人間を雇った人間が『優しい』と言ったことは一度もない。
特に籬は、いや、籬シリーズは元から堅物で、面白くないと言って他のシリーズに乗り換えるという事も多々あった。
それを見ていたからか、彼の言う「優しい」はどこなのか知りたくなる。
「どこが優しいのかしら」
「えっと」
今までのことを必死に言葉を選んで聞かす真の情報を、聞き漏らすまいと百合子はうなずきながらボイスレコーダーに記録した。
「…籬が?」
以前、籬は戦闘自体を『誇れることではない』と言っていたらしい。
正直、百合子は驚いた。
籬が何故そんなことを口走ったのか、理由が知りたいと思う。
意味がない言葉を話すことなど、籬シリーズはまずない。
かならず、理由があるはずだ。
「なにか、おかしいんですか?」
考え込む百合子をいぶかしむ真に慌ててかぶりを振り、スツールから立ち上がる。
「真君。よかったら、籬とエ霞のところに行ってみない?今頃、メンテナンスも終わったでしょう」
メンテナンスルームから出てきた籬とエ霞は、珍しく言い争いをしているようだった。
「だから、いいんじゃねぇか。そんくらい」
「駄目だ。おまえは信用ならん」
「っかー!だから籬シリーズってのは…っと」
エ霞はこちらを見て、口を閉ざした。
腕を組み、まるで拗ねるようにあらぬ方向を見ている籬に、真が駆け寄る。
「どうしたの?」
「い、いや…」
「ちょうどいいじゃねぇか、籬。真に聞いてみたらどうよ」
「?」
珍しく言いよどむ籬を観察しながら、百合子と真は首を捻った。
にやにやと真と籬の顔を交互に見るエ霞を見上げ、「どうしたの」と再び問う。
「いんや、ちょっとばかし、真を貸してくれよって話だ」
「おれを?」
「…エ霞」
低く唸る籬を手で制しながら、続ける。
「真。おまえ、その左腕。『特殊な』義手だよな?」
「う、うん…」
「なんですって?」
「潜ったのさ。五室に」
「な…!エ霞、何てことを!」
百合子の悲鳴が、狭い廊下にこだまする。
四人もいれば窮屈になってしまう廊下は、幸い誰も通り過ぎてはいなかった。
「もし五室にばれてしまえば、あなた、廃棄処分になるわよ!」
「なぁに、バレねぇように何重にも『エサ』を撒いといたさ。俺だってバレやしねぇよ。にしても、真。驚いたぜ」
「?」
紅碧の瞳が、静かに細められる。
まるで、哀れなものを見るかのように。
骨ばった手が、真の頭に乗せられて、ぐしゃぐしゃとかき回した。
「…哀しまねぇんだな。おまえ」
「どうして?」
「似てるんだよ。俺ら合成人間と、おまえは」
「・・・」
「エ霞、何を…」
「いいからちっと黙ってろ、籬」
音がしそうなほどゆっくりと、視線を下げる。
真は、分かっていたのかもしれない。
籬と、自分自身が似ている、ということを。
だからこそ、馴れ合いたかったのだろうか。
「所詮、俺たちは『ヒトの為』だ。自分たちのために生きているわけじゃない。でも、な。この世界にゃ、色んなことがある。俺は、その『色んなこと』を見てきた」
「いろんなこと…」
「そうだ。楽しいことも、うれしいことも、この世界にはたくさんあるし、勿論逆もある」
エ霞は廊下に膝をつけて、真とおなじ目線で言い聞かせるようにうなずく。
「…よく分からないよ」
「…だろうな。ってわけで、籬。ちょいと真を借りるぜ」
「なっ!!待て、エ霞!!」
真を小脇に抱えてあり得ないスピードで走ってゆく二人を、百合子は呆然と見送った。




