3話 後編
その日の午後、テオを誘って村のはずれにある畑にやってきた。
畑とは言っても、痩せた土に雑草がまばらに生えている程度のものだった。
マルタの言う「何にもない」の意味を理解した。
「ここ、昔は何か育ててたの?」
「昔はね。今はもう、種を撒いても芽が出ないって、みんな諦めちゃって」
テオが私の服の裾をちょこんと掴んでついてくる。
昨日のバターの件以来、少しだけ懐いてくれたらしい。かわいい。
語彙が「かわいい」しか出てこない。とてもかわいい。
しゃがんで土をひとつまみし、手のひらに乗せてみる。
ぱさぱさだけど死んではいない。水と養分と、ちょっとの手間さえあればきっと…。
——そのときだった。胸の奥がふわりと熱くなる。
例の感覚。何かに引かれるように、私はそっと手を握った。
この畑に、もう一度実りを。そう願いながら。
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握った手を開くと、目の前の空間にすっと光の線が走り、扉が開いた。
メルシー百貨店。けれど昨日とは様子が違った。
入ってすぐの空っぽだった一画に、淡い光とともに新しい棚が立ち上がっていく。
『青果コーナーの一部が解禁されました。』
宙にウィンドウが浮かぶ。
『メルシー百貨店は、お客さまが「今いちばん届けたいもの」を感じ取り、棚を整えます。
あなたが痩せた土に触れ、この村の食を願った——その想いにお応えしました。』
……感じ取ってくれた、ってこと?
『届けた笑顔の数によって、棚は少しずつ開かれます。順番は決まっていません。あなたの想いが、次に開く棚を選びます。』
なるほど。決まった順じゃない。
私が今いちばん必要としているものを、百貨店が選んでくれる。
痩せた畑を前に「育てたい」と願ったから青果が来た。そういう仕組みらしい。
思わず、誰も見ていないのをいいことに、その場で小さくガッツポーズをしてしまった。
すごく嬉しい。届けた分だけ、ちゃんと世界が応えてくれる。
しかも、今いちばん欲しいものを出してくれる。
なんて私に優しい、私だけの百貨店なんだ。最高じゃないか。
残高を確かめる。『メルシー ★6』。昨日のテオとマルタ、ふたりの笑顔がちゃんと積もっている。
六つ。多くはない。でも、ゼロじゃない。
棚の前に立って、私は本気の目で品定めを始めた。ここからは私の本領だ。
「種類はまだ少ないけど……。でも、これがあってよかった」
まずじゃがいも。ごろごろと土つきのまま積まれている。
表面を見て、芽の出かけたものを選ぶ。これなら切って植えれば種芋になる。
育てやすいし、痩せた土でも根を張る。——何よりじゃがバターができる。私は勝利を確信した。
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【商品名】じゃがいも
【品種】イ◯カのめざめ
【説明】強い甘みと、ねっとりとした濃厚な食感が特徴。
【???】???
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相変わらず説明の一部が隠れているが、必要な情報は分かる。
「百貨店というだけあって、じゃがいもも品種がもうお高いやつだな……。◯isixで見たことある品種だ。こういうところに百貨店のワクワクがあるんだよね……」
それから苺。へたの際まで濃く色づいたツヤツヤの粒が、パックに並んでいる。
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【商品名】苺
【品種】あ◯りん
【説明】濃い味わいと甘みと香り、バランスのいい酸味が感じられる。
【???】???
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果物としてテオとマルタに渡す用、そして種を採る用にも買いたい。
表面のつぶつぶ、あれが種だ。乾かして蒔けば芽が出る。
……出るはず。たぶん。え? 出るよね……?
いや、と私は思い直した。普通、苺を種から育てるのは難しいと聞く。
芽も出にくいし、出ても甘い実になるとは限らない。本当なら株分けで増やすものだ。でも…。
『ご安心を。はじめて咲かせる芽だけは、メルシーがお手伝いいたします。
まずは種ですが…苺1パック分(メルシー ★1)を苺の種に加工させていただきます。』
まるで私の不安を読んだように、文字が続いた。
『芽吹きまでは当店が後押しを。そこから先は、あなたとその子の手で。実れば、苺は自分の蔓で増えていきます。きっと、畑いっぱいに。』
……至れり尽くせりだ。
つまり最初の難所である、種の準備と芽出しは、メルシーが手伝ってくれるらしい。
あとは現実の畑と同じ。テオが自分で育てて、自分で増やしていける。
じゃがいもを十個と、パックの苺を二つ両手で抱える。
途端に残高の星が、すっと吸われるように消えていき、苺1パック分が種に変わった。
『残高:メルシー ★3』。
じゃがいも十個に ★1、苺ふたパックに ★2。
同じ青果でも、品や数によって必要なメルシーは違うらしい。
ふっと視界が変わり、私は畑に戻っていた。
腕の中には、たくさんのじゃがいもと真っ赤な苺(現物と種)。
「うわっ、なにそれ!?」
テオが目を真ん丸にして駆け寄ってきた。
さっきまでの遠慮はどこへやら、苺の赤に釘付けだ。
「これは苺っていうの。すごく甘いんだよ。……ひとつ、食べてみる?」
宝石のように輝く一粒を手渡すと、テオはおそるおそる口に入れた。
次の瞬間。
「……あまい! あまいよ、メイ! なにこれ、すごくあまい!!」
ぴょんぴょん跳ねて、全身で甘さを表現している。
昨日まで「どうせおいしくない」と言っていた子がだ。
私は思わず口元を手で押さえた。小さな男の子が喜ぶ姿を見てニヤける二十五歳の姿は、側から見たら絵面がヤバすぎる。
こほん、と一つ咳払いをした後、私はしゃがんでテオと目を合わせた。
「これね、今食べる用だけじゃないの。いつでも苺を食べるために種をここに埋めるんだよ」
メルシーに加工してもらった苺の種を、テオの小さな手のひらにそっと乗せる。
「土に蒔いてお水をあげて待ってると……
いつか、テオの背くらいの苺畑ができちゃうかもしれない。そうしたらいつでも苺が食べられるよ。」
「!いつでも…!」
テオが嬉しそうに手のひらの種と私の顔を交互に見た。
「ふふ。もし良かったら、一緒に育ててみない?」
「ぼくも育てていいの…?」
「うん。テオも。一緒に育てよう」
じゃがいもは切って、芽を上にして土へ。苺の種は浅くそっと。
テオは見よう見まねで、「うんしょ…」と言いながら小さな手で土をかけていく。
最後に私は、両手をそっと畑の上にかざした。
テオに、マルタに、この村に。もう一度、美味しいが当たり前にある暮らしを届けたい。
手のひらから淡い光がこぼれた。そして蒔いたばかりの土にしみ込んでいく。
「……今、光った!」
「ふふ。おまじない、みたいなものかな」
土の中で小さな種が、ぐぐぐ、っと伸びをした気がした。
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その夜。テオを寝かしつけたあと、私はマルタと今日あったことを話していた。
パチパチ…と、薪が小さく爆ぜる。
「でね、テオが苺のこと食べ物なのに飲み物みたいって。これが"瑞々しい"ってことだよ、って教えたの。いつか苺でジュースも作りたいなあ…」
「ふふ。あたしもテオも、果物なんて食べたのすっごく久しぶりだったから。
しかもあんなに甘いものは初めてよ。そのジュース?ってやつもすごく美味しそう」
——ずっと、言っておきたいことがあった。
「ねえ、マルタ。あのさ……私の、あの、変な力のこと」
何もないところからバターや苺を取り出す私を、マルタはずっと見ていた。
怖がらせたかもしれない。気味悪がられても仕方ない。そう思っていた。
「ああ。バター?ってやつとか、苺とか、ぽんって出すやつ?」
マルタはなんてことないみたいに言った。
「スキルなんでしょ? あたしだって生活魔法くらいは使うわよ。
……まあ、食品が出せるスキルなんて聞いたことがないから、メイのはちょっと、桁違いみたいだけど」
スキル。そうか、この世界ではそう呼ぶのか。
生活魔法が当たり前にある世界。なら、私の力もその延長として受け止めてもらえるんだろうか。
「でも、私のは……たぶん、ちょっと変だと思う。だから、内緒にしたほうがいいのかなって思って……」
「言わないわよ、誰にも」
私が言い終わる前に、マルタはあっさり遮った。
「メイがテオを助けてくれたこと。あたしは一生忘れない。あの子がまた笑うようになったの、全部あんたのおかげだもの」
マルタは残り火を見つめたまま、ふっと笑う。
「それに……その力のことでメイが困るようなことになったら嫌だし。
だから言わない。村のみんなにも。メイが自分から話したくなるまで、ね」
「マルタ……」
「気にしないで、好きにやんなさい。あたしはメイの味方。それだけよ」
さらりと言って、マルタは立ち上がり、空になった木の椀を片づけはじめた。
その背中が、なんだかやけに頼もしく見えた。
……あちらの世界で、私はいつも誰かに気を遣って、言葉を選んで、すり減っていた。
でも、この人は違う。難しいことは言わない。
ただ、まっすぐ「味方」だと言ってくれる。
胸の奥がぽっとあたたかくなる。手のひらがふわりと温かい。
メルシーがまた少し積もったのだろうか。
……違う。たぶん、これはそういうのじゃない。
私はマルタの背中を見ていた。
何か言おうとしたが、結局言葉が見つからずに何も言えなかった。
【おまけ】
メイ「ちなみにこっちのじゃがいもも、バターに合わせるとほっぺが落ちちゃうくらい美味しいよ」
テオ「ほ、ほっぺが……!?!?…気になるけど、ほっぺ無くなったらお母さん困るかも…。」
メイ「!!!!!!(再度口元を手で押さえる)」
※本編でカットした部分です。
みんなで美味しいもの食べてほのぼの過ごしていてほしいな…




