『彫りの職人をとらえる山家のはなし』
くっちまえ
そのことばがまるで化け物をうちのめしたかのように、かたちがくずれてまた彫り師の男の姿になると、猫のからだ中の毛がさかだって ――
『 ―― きづけば、おれは、虎になっておってな。 そうして、目の前におるコッパの男がくいたくてたまらんかった 』
「ああ、それで、その木屑でできた男を?」
ダイキチがきくと、猫はこたえるかわりにナウと鳴いた。
「 ―― して、その『くえ』と命じた男は、お坊さまだったのでございますか?」
『 さあなあ。だが、その坊主がな、木っ端の男を喰って、なんともいえぬほど力があふれたこのおれをたやすくとらえて、あの墨染の布で包みよった。あの坊主がおらなんだら、おれがなにかの祟神になっておったかもしれぬわなあ。 ―― それからおれは、あの家から出られぬようにされてな。ふだんは黒い布につつまれた木彫りの猫で、動けるのも夜だけよ。そこからまた百年に一度ほどは迷い込んでくる職人の男はあったがな、どの男も家が気に入って彫り物をはじめるが、おれが声をかけると、ばけものがでたと逃げだしてしまうような者ばかりよ 』
「そうそう、なぜ、あなたさまはキヘイジさんに持ち帰れなどと?その、しばられている家から連れ出してもらうだけでよかったのでは?」
『 まあな。だがな、おれを包んだ坊主がな、このさきに、キヘイジという男が来たら、その男に連れ帰ってもらうよう頼んでみろと、とな 』
「ほう。 予見されておられましたか」
『 いや、なにやら変わった坊主でな。それからときおりおれのところに顔を出すようになってな。あの家が気に入ったのかもしれんな 』
「 それはまた、変わったお坊さまがおられるものでございますなあ」
おもわずダイキチはにんまりとしてしまった。
『 おうよ。それでな、その、キヘイジにつれかえってもらったら、寺にでもおさめてもらえとすすめられたのよ 』
「はあ~、それで、キヘイジさんにも、寺におさめるようにすすめられたのですなあ」
『 これがおれのはなしよ。 あとはどこぞの寺にでも持ちこんで、焼いてくれれば終わるはなしだ 』
猫はなにかを見つめるように、座布団の前にある、中身がぬけて、平たく残る黒い包みを見つめた。
「 ―― いや、これまためずらしいおはなしをいただき、ありがとうございました」
ダイキチは膝に手をおき、ふかく頭をさげた。
「 ―― では、先生、これにて、『彫りの職人をとらえる山家のはなし』はしまいということで」
うなずいた『先生』が立ち上がり、蝋燭の火を吹き消すと、猫のよこに膝をつき、中身のぬけた黒い布をとりあげた。結び目をほどいてひらくと、てばやくたたんでたもとへしまいこんだ。
「 さあ、ではいっしょにお寺にまいりましょうか。 おさめてくださるお坊さまに心当たりがございます」
ダイキチがにっこりとうけあった。
つぎの章でおわります




