目覚めたら知らない天井案件の方が良かった
俺が横たわるのは感触的に草むら。
ただし香りが馬房で嗅いだものと似ているので、ここは牧場なのであろうか。
「ブフン」
俺のつむじあたりに大きな何かが当たり、同時に生き物が鼻を鳴らす声。
鳴き声から敵意が無いと分かるが、俺は動けやしなかった。
ここは牧場だとしたら、放たれているのは馬か牛などの大型動物だ。
俺がじっと動かずにいると、そいつは俺を単なる障害物と思ったか、俺を超えて行こうと俺の右脇腹すぐそこに前足を付いた。そしてそいつが前進したがために、俺の視界は空ではなく大型生物の腹部映像に取って代わられた。
……馬でも牛でも無かった。
こいつは一体何者だ。
俺が見上げる生き物の腹は、白色のビロウドのような柔らかそうな毛皮で覆われている。そして少々ぼてっとした印象だが、動くたびに筋肉の動きがわかる。
俺の右わき腹すぐそこにある足は、そんな筋肉質な胴体に相応しい太いものだが、柔軟性のある動きも出来そうだ。
腹と違って滑らかさも無い剛毛そうなモサモサしたの毛で覆われているが、太くて大きな足の形からライオンかトラを俺は想像した。
こいつは絶対にイヌ科じゃない。
でもここは牧場。
も、もしかして、牧場の家畜を襲って喰った魔獣なのか?
俺は息を吸おうとしたが、はひゅっと呼吸にならない音だけ鳴った。
脅えによる過呼吸が起きた?
こんな所で余計な音を立てたら喰われてしまう!!
俺は両手で自分の口元を覆う。
「はひゅ、はひゅ」
ムリ。
「ぐるる」
「はひゅっ」
魔獣が自分の下にいる俺が生き物だって気がついた。
俺の過呼吸音で俺に興味を持ったのか、俺に向かって頭を下げてきたのだ。
腹に噛みつかれる!!
俺はギュウと瞼を閉じる。
……………。
……喰われ、ない?
そろそろと薄目を開けてみれば、……気絶したい。
どうして生き物は生き物の股間や足裏などの臭い匂いを嗅ぎたがるのか。
だから止めて、嗅がないで。犬猫と違ってあなたは魔獣さんでしょやめて。
恥ずいよりも怖い、怖いって。
あああ、これもあの包帯野郎のせいだ。
俺に探して欲しいらしい自分の名前も言わず、俺をどこに飛ばすかも教えず、そしてこんな危険な場所に俺一人にしたあいつのせいだ。
五歳児に見ず知らずを探せって、なに無理ゲーさせてんだよ!!
そう、俺は五歳児なの。
それも転生したので領地改革します!!なんて歩き始めてすぐやっちゃえるような、チート幼児でもないんだよ!!
お前も転生者かもしれないが、転生する前の自分の五歳児時代思い返せよ。ついでにこの世界で、お前が五歳児の時になんかできたか?
自分ができないことを人にやらせんな!!
あとお前ができたとしても、人選が失敗だ。
前世の俺はな、唯一俺を押しつけられても喜んでくれた祖母の死に目にも会えないどころか、ほとんど音信不通にしていたくそ野郎なんだよ。
そんな俺に何かできるわけないじゃない。
もう死んだ。
死んだ方がいい。
死んだら父様達にまた会えるじゃないか。
最後まで俺を見捨てることなかった、今世の家族に会いたい。
お父様達と一緒に死にたかった。
死ねたはずだった。
それを、それを、あの包帯男は!!……いいや。俺はあの時、死ぬのが怖いばっかりだった。死ぬ気なんかそもそもなかったろくでなしだよ。
もう俺なんか死ねばいい。
「ジェニーさん、そこから絶対に動かないんだよ?」
腰に響くぐらい物凄くいいバリトンなのに、なんて情けない口調。
そこにバリトンと言えばテノールが追従してきた。やっぱり情けない感じで。
「踏みつけた後じゃないですよね」
「しっ。ジェニーさんがはしゃいだら危険だろうが。いいか、俺がジェニーさんの注意を向けている間に、そこの幼児をジェニーさんの下から引き出してくれ」
「逆にしません? この子すげーだらってしてます。もう踏んづけちゃった後ですよ。俺のトラウマになりそうなんで、引っ張り出す担当は団長で頼みます」
「じぇにーさあん。ちょっと動かないでくれたら、美味しいお菓子をあげるよ~」
「チッ無視かよ」
団長とやらこそ、俺がジェニーさんに踏まれた幼児の死体だと思っているらしい。
そしてどうやら、ここは幼児をジェニーさんと呼ぶ文化ではなく、魔獣にジェニーさんなんて名前を付けるふざけた文化がある場所らしい。
なんてところに送りやがった、あの包帯男め。もうだめだ。
「ああああ、だらってしてんじゃん。もう死んでんよ、この幼児。もうこれでこれが、俺の一生のトラウマになるって決定。トラウマですからね、団長!!」
「うるせえな。さっさとやれ」
「もう!!」
若い方は俺を馬の下から取り出そうと、横たわる俺へと手を伸ばす。
「あ、こら」
こら、ですね。
俺はいつもの癖で自分に腕を伸ばした人の反対側へと転がったのだ。
こうすると、兄さん達が俺をまた転がし直してくれるから。
……俺は鬱だからじゃなかったようだ。
俺はみんなに甘えたくて、いつだって無気力ゴロゴロしていたのか。
旅すると自分探しができるって本当だね。
俺のくだらない甘ったれがまた一つ見つかったよ。
俺は腕を伸ばしてくれた人へと転がり直そうと――引っ張られた。
服の襟首をつかんで、ぎゅーんずりずりだ。
乱暴な引っ張りのせいで背中やお尻は摩擦で痛かったし、引っ張られた布地が絞首刑の輪っかの代りとなって俺の首は締まった。きっと俺の喉元には、絞殺死体にあるような痣が出来ているに違いない。
俺はとりあえず魔獣に踏みつぶされるか喰われる未来からは生還できたが、助け出してくれた彼に対しては全く感謝の念が湧かなかった。
だって、本気で首が締まって死んじゃうと思ったもの!!
「けほ、けほけほ」
「大丈夫かって、うっそ。団長!!こいつ貴族様の子供だ!!」




